バルサはなぜ朝令暮改を繰り返すのか シャビ監督解任の顛末を歴史からひもとく
FCバルセロナは、今や数少なくなった「人間味を感じるビッグクラブ」なのかもしれない。マネジメントの土台に、ロジックよりもフィーリングがある、と言えばいいだろうか。今回の監督人事は、まさに象徴的だろう。
今年1月、シャビ・エルナンデス監督はビジャレアル戦での逆転負けがよほど腹に据えかねたのか、激情の赴くままに退任を発表した。クラブと打ち合わせなしの、青天の霹靂だった。ところが、指揮官が退路を断ったことで選手たちも意気に感じ、結束して勝ち星を重ねた。結局はチャンピオンズリーグ(CL)の準々決勝でパリ・サンジェルマン(PSG)に、ラ・リーガでもレアル・マドリードに敗れたが、クラブとシャビは再び手を取り合い、笑顔で来季の監督続行を発表した。
ビッグクラブとは思えない朝令暮改だが、さらに仕上げがあった。
「ファンは経済状況を理解すべきだ。25年前とは違う。監督が『誰誰がほしい』と選手をリクエストして獲得できるわけではない」
5月のアルメリア戦後、シャビはこう口走った。
ジョアン・ラポルタ会長は、これを自身への批判と受け止めて激怒。シャビとの話し合いも拒否し、契約解除を断行した。後任にはドイツ人のハンジ・フリック(元ドイツ代表監督)を招くようだ......。そのなりゆきには喜怒哀楽が滲み、人間味がありあまる。
最終節セビージャ戦をもってバルセロナの監督を退任したシャビ・エルナンデス photo by AP/AFLO
筆者は、2000年から2003年まで「暗黒時代」に沈んでいたバルサを現地で目の当たりにしている。ヨハン・クライフという神のような存在が去った後、荒野のような状況だった。
当時のジョアン・ガスパール会長は「"バルサ愛"だけが本物」の俗物で、好き嫌いで使い物にならない選手を買っては手放していた。リバウド、ハビエル・サビオラ、パトリック・クライファートはトリデンテと銘打ったが、看板倒れに終わる。強化に論理的な判断を欠き、混乱は増した。たとえば当時、新たに獲得したブラジル人MFファビオ・ロッケンバックは、「ジョゼップ・グアルディオラの後継者」という触れ込みだったが、「入らないロングシュートを打つだけのガラクタ」とこき下ろされるほどだった。
【ロジックよりフィーリングが先行】
ロレンソ・セラ・フェレール、カルロス・レシャックの両監督時代は、2シーズン連続で4位と振るわなかった。再任となったルイス・ファン・ハールは傲岸さが嫌悪され、降格ラインまで順位を下げた。ひらめきに優れたフアン・ロマン・リケルメとシステム主義者のファン・ハールは水と油だった。退任したシーズンは途中からラドミール・アンティッチが率い、6位でフィニッシュした。
当時のカンプ・ノウには、怒りと哀しみが渦巻いていた。しかし、不思議なことに、エモーション全体のエネルギー量は低下していなかった。ファンは理性のない戦いに呆れかえりながら、復活を信じていた。そしてフランク・ライカールトという指揮官がやって来て、ロナウジーニョという天才と遭遇し、リオネル・メッシという怪物を生み出した時、喜びと楽しさを爆発させたのだ。
その流れを、クライフの直系とも言えるグアルディオラが受け継いでいる。下部組織ラ・マシア出身のビクトル・バルデス、カルレス・プジョル、シャビ、アンドレス・イニエスタ、セルヒオ・ブスケツ、そしてメッシなどが一斉に躍動。最強時代の到来だった。
バルサはいつだって膨大な感情の渦のなかにあり、フィーリングで行くべき道を決めてきた。大失敗、大成功はあるが、土台は変わらない。論理では解析できない存在で、その不完全さ故に彼らは愛されるのだ。
現在のバルサには、リオネル・メッシの亡霊が見える。メッシがいた時代は、幸福感に包まれすぎていた。当時の歓喜を求めてしまい、戻れないとわかっていても、引力が生じる。その感情の揺れが、彼らの世界を歪ませている。
今回のフリック招聘を強く推し進めたのは、新たにスポーツディレクターになったデコだと言われる。彼自身、バルサでライカールト監督のもと、実績を残したOBだ。だが、"しがらみ"を断ち切って、バルサと縁もゆかりもないフリックに手綱を任せようとしているのかもしれない。
一方でデコは、「今も恨みを抱いていてシャビを更迭した」とも囁かされる。かつてグアルディオラはバルサ監督就任の条件に「デコの契約解除」を求め、デコは戦力外を通告されている。そこで体制刷新を求め、「グアルディオラの後継者シャビに対し、時を経て復讐を遂げた」という根拠のない噂話も流れる。感情が根っこにあるバルサだからこそ、完全否定できない話だ。
解任されたシャビは、ラポルタ会長、デコとフィーリングでわかり合えなかったのだろう。
シャビはCLのPSG戦で退場したロナウド・アラウホを見限って、放出候補に入れていようだが、フロントには受け入れられなかったと言われる。ラポルタ会長の「肝いり」と言われたジョアン・フェリックスを押しつけられたことにも辟易していた。一方で、マルティン・スビメンディ(レアル・ソシエダ)などリクエストした選手を獲得してもらえず、別の選手の提示に不満をためていた。
感情のもつれは限界を超え、決裂は運命だったのだろう。シャビが今回の結末を避けるには、絶対的な結果を叩き出すしかなかった。
2019−20シーズンにバイエルンを率いたフリックは、CL準々決勝でバルサを合計スコア8−2と木端微塵にしている。言わば、"メッシの時代"を終焉させた張本人である。ドイツ人指揮官は、新時代を作り出せるだろうか。
シャビが監督に就任した時より、状況はマシかもしれない。地ならしはできている。ラミン・ヤマル、パウ・クバルシ、フェルミン・ロペスなど、若手をうまく登用できたら――。
だがそこにも必ず、制御不能な感情が入り乱れるはずだ。