「監督交代は危機の時」。かつて不滅のV9を達成した巨人・川上哲治監督の言葉である。今季、巨人・阿部慎之助、ソフトバンク・小久保裕紀、楽天・今江敏晃の3人が新監督として采配を振るっている。開幕してから約2カ月が経ったが、新監督の采配ぶりはどうなのか? 伊原春樹氏に診断してもらった。


今季から巨人の指揮を執る阿部慎之助監督 photo by Koike Yoshihiro

【打てる捕手出身の阿部監督は守り重視】

── 伊原さんは3度監督(2002年西武、2004年オリックス、2014年西武)を経験しています。新監督に就任した際、ある程度「自分の色を出そう」と思って臨むものですか?

伊原 それまでいろいろな監督のもとで勉強したなかで、「自分はこういう野球をやりたいな」というのはあります。ただ現実問題として、引き受けたチームの"状況"というものがあります。つまり、その時点での"チーム力"です。戦力がある程度整っているのか、それとも過渡期にあるのかということですね。監督に選ばれる人の実績はそれなりに立派でしょうが、やはり運、不運というものはあります。新庄剛志監督の日本ハムや立浪和義監督の中日は2年連続最下位でしたが、誰がチームを引き受けても浮上は難しかったと思います。

── 「今年はアレ(昨年阪神のキャッチフレーズ)ではなくアベ」と言った巨人の阿部慎之助監督についてはどうでしょうか。ここまで(5月24日現在/以下同)、45試合を消化して22勝20敗4分でセ・リーグ3位です。阿部監督の"色"は出ていますか。

伊原 阿部監督は昨年ヘッド兼バッテリーコーチを務め、現役時代は強打の捕手として活躍しましたが、やはり「投手陣をはじめとした守りから」という色が出ていますね。

── たとえば、それは具体的にどういうところで見てとれますか。

伊原 小林誠司や岸田行倫がマスクを被る機会が増えています。菅野智之には、彼をよく知っている小林が合っているということでしょう。

── 昨年ベストナインの大城卓三選手は、5月上旬に"リフレッシュ"という形で一軍登録を抹消されました。

伊原 大城がどうこうというより、捕手視点でなんとか1点を守り抜く、失点を防ぐというところから入っているのだと思います。チーム防御率はリーグ3位ながら、2点台を維持しています。

── 先発投手陣は整備された印象があります。

伊原 菅野、戸郷翔征、山粼伊織に加え、高橋礼、横川凱、堀田賢慎、赤星優志......と頑張っています。このあたりは、さすが捕手出身の手腕ですね。

── ほかに気づいたことはありますか。

伊原 原辰徳監督の最終3年くらいは中継ぎ陣も結構変わりましたが、今季はルーキーの西舘勇陽、2年目の船迫大雅、ベテラン左腕の高梨雄平を中心にしています。そのあたり、原監督との違いが現れています。

── 大勢投手の復帰が待たれるところですね。

伊原 右肩の違和感ですので、尾を引くかもしれないですね。抑えについては、アルベルト・バルドナードが安定していて、大きな心配はないと思います。

── 野手陣の起用についてはどうですか?

伊原 ドラフト3位のルーキー・佐々木俊輔を開幕スタメン、しかも1番で抜擢しました。オープン戦でしっかり結果を残していましたし、そうした選手を起用するというのはほかの選手にとっても刺激になりますしいいと思います。その佐々木ですが、弱点を分析されたり、疲労も蓄積したり、現在はファームに落ちていますが、この経験を次につなげてほしいですね。

── ファーム調整を拒否して、開幕直前に帰国した新外国人のルーグネッド・オドーアに代わり、エリエ・ヘルナンデスが入団しました。

伊原 外国人選手の獲得は難しいんです。3、4年前に30本打っていたとしても、来日して打てるかどうか。現状、巨人のホームラン打者は岡本和真だけ。でも、坂本勇人や丸佳浩はもう少ししたら調子を上げてきますよ。

── 巨人の今後の展望は?

伊原 セ・リーグは僅差のまま、シーズン佳境までいくのではないかと予想しています。そのためにも、とにかく大型連敗しないことですね。


侍ジャパンで監督経験のある小久保裕紀監督 photo by Koike Yoshihiro

【巨大戦力を生かした采配】

── パ・リーグは、小久保裕紀監督率いるソフトバンクが独走しています。小久保監督は、昨年は二軍監督を務めていたこともあり、チーム状況はある程度わかっていたと思います。

伊原 チーム防御率1位、チーム打率もダントツでトップ、本塁打数も1位です。これで1位にいないほうがおかしいです(笑)。今年のソフトバンクに関しては、山川穂高が加入したことはすごく大きい。試合勘さえ戻れば、仕事はするとわかっていましたから。その山川をはじめ、実績のある柳田悠岐、近藤健介も機能し、すさまじい破壊力を見せています。

── そのほかの野手についてはどうですか?

伊原 仲田慶介、緒方理貢、川村友斗といった二軍監督時代の育成選手を支配下登録し、一軍でも抜擢しています。そうかと思えば、柳町達のような中堅選手をファームに落とすなど、新陳代謝を図っています。

── 投手陣については、どんな印象を持たれていますか。

伊原 昨年と大きく違うのは、リリーバーだったリバン・モイネロと大津亮介を先発に配置転換したことです。それにより枚数が増え、余裕を持って先発陣を運営しています。エース格の有原航平を軸に、昨年不調だった東浜巨、大関友久が復調しました。さらに石川柊太、和田毅、カーター・スチュワートJr.ら、8人をうまく使っています。

── 彼らは"新戦力"ではありません。

伊原 もともとチーム力は質量ともに豊富ですが、戦力を最大限生かそうという意識が感じられます。小久保監督は現役時代、王貞治監督(当時)のもとで厳しく育てられました。藤本博史前監督には申し訳ないのですが、小久保監督のほうが厳しい戦い方、選手の起用をしていますね。

── あえてソフトバンクの今後の課題を挙げるとすれば?

伊原 津森宥紀、松本裕樹、藤井皓哉からロベルト・オスナとつなぐ勝利の方程式も充実の様相を呈しています。山川の大ケガなどアクシデントがなく、きちんとケアして戦えば、独走のまま優勝する可能性は高いと思います。


12球団最年少監督の楽天・今江敏晃監督 photo by Koike Yoshihiro

【楽天の課題は若手先発陣の育成】

── パ・リーグのもうひとりの新監督、楽天の今江敏晃監督は昨年一軍打撃コーチでした。長打力不足など、ここ数年の課題は解消されないままです。

伊原 外国人打者がここ数年、なかなか機能しないなか、"国産打線"で奮闘しています。今年も小郷裕哉、村林一輝の1・2番コンビが誕生し、"守備の人"だった辰巳涼介も打撃好調です。ただ、今江監督の指導で得点力が上がったとしても、投手陣が失点を重ねてしまう。これでは厳しいですね。

── 先発陣の高齢化も深刻です。

伊原 田中将大(35歳)、岸孝之(39歳)ら先発投手陣が高齢化するなか、ストッパーの松井裕樹がメジャー移籍。代わりにストッパーを任された則本昂大(33歳)が1勝9セーブ、防御率1.20と奮闘。しかし早川隆久、荘司康誠の左右の若手先発陣が、完全に一本立ちしないと苦しいですね。内星龍、藤井聖、コディ・ポンセの先発陣、渡辺翔太、宋家豪、藤平尚真、鈴木翔天、酒居知史らの中継ぎ陣も奮闘していますが、チーム防御率は12球団唯一の4点台(4.13)です。

── 今江監督は12球団最年少の40歳です。采配はどうですか。

伊原 今江監督は若いながら、内野出身ということもあり、戦局をにらみながらどっしり構えています。ちょっとやそっとでは選手を代えません。選手起用はいいと思います。

── 今江監督率いる楽天の今後の課題は?

伊原 今江監督が投げるわけではないですけど、やはり投手陣の整備ですね。早川、荘司を筆頭に、若手投手陣を「育てながら勝つ」ことですね。