名物記者が振り返るセンバツ2024 中編(全3回)

 今春の選抜高校野球大会(センバツ)は、低反発の新基準バットの導入に加え、2段モーションが正式に解禁なったことでも話題となった。この2点の変化によって、投手にはどのような影響があったのか。高校野球の名物記者・菊地高弘さんに気になった投手を挙げてもらった。


菊地高弘さんが絶賛した報徳学園の今朝丸裕喜投手

【球質と性格がすでにプロレベルの選手】

ーー今春のセンバツから低反発の新基準バットが導入され、「投手有利」と予想されていましたが、実際に大会を見てどう感じましたか?

菊地高弘(以下同) 大会が始まった当初は、百何十球と全体的に球数が多い印象がありましたが、後半になるにつれて"省エネ投球"で投げきる投手が増えていきました。そういう投手たちは、やはりストライクゾーンにどんどん投げ込んで勝負できていましたね。

 ある程度、能力の高い投手であれば、いわゆる"くさいコース"をつかなくても球威で押しきれる。気持ち的にも大丈夫だと、自信を持って逃げずに勝負すれば、抑えられる。そこに気づき、大会のなかで成長した投手がいるチームが結果的に勝ち上がっていたので、彼らにとってはいい意味で新基準バットの影響というものがあったのではないでしょうか。

ーー飛距離が出ないという部分で、投手の精神的負担は減ったように感じますか?

 打球が飛ばない安心感はあったかもしれません。ただ、一球の失投が命取りになることは間違いなくあります。今大会のなかで接戦やクロスゲームが多かったのが、そのことを象徴していると思います。そういう意味では、精神的負担というのはそこまで大きく変わらないのかなと。

ーーそのなかで、気になった投手を何人か挙げていただきたいです。

 まずひとり目は、報徳学園(兵庫)の今朝丸裕喜投手です。今大会で彼が投げたボールを一球見た瞬間、「あ、プロ入りは間違いないな」と。それぐらいすばらしいボールを放っていたんです。

 投球する瞬間、横のアングルから見ると、リリースしてからキャッチャーミットに収まるまで、重力に逆らうような軌道を描いていて。捕手がいなかったらどこまでも突き抜けていくようなストレートを投げていたんです。球速表示うんぬんではなく、すでに球質がプロレベルに達していましたね。

 それに加えて、今朝丸投手のキャラクター性もプロっぽいというか。失礼な言い方かもしれませんが、"宇宙人"みたいな性格をしているんです。前述のものすごい球威のストレートについて、「あの球はよかったんじゃない?」と大会中の取材で問いかけたのですが、「う〜ん......そうでもないですね」と。

 僕がイメージしていた回答ではなかったので、質問の仕方を変えて「では、指にかかったボールはどのくらいありましたか?」と聞いたんです。すると「8〜9割ぐらいはありました」と返ってきて。「結局、状態よかったんじゃん!」って心のなかで思ってしまいましたけど(笑)。

 なかなか噛み合った話ができなかったので、今朝丸投手とバッテリーを組む徳田拓朗捕手にストレートについて同じ質問をしたら、「あれは一番いいボールでした」と。彼から見ても、今朝丸投手は独特な感性を持っていると感じているらしいので、自身の投球に対しても、周りの評価とは異なる表現をするのでしょうね。

 むしろ僕は、今朝丸投手のことが大好きになりました! それぐらい自分の世界を持っているほうが、とくに投手はプロに向いているなと思いますから。

 変化球に関しても、真っすぐの軌道からスッと曲がるスライダー、同じ軌道からストンと落ちるフォーク、さらに縦に割れる大きなカーブと、どれもがハイレベル。身長187センチから投げ込まれるので角度がありますし、ストライクゾーンに集められるコントロールもあって、これから体が出来上がってくれば、さらにすばらしい投手になるんじゃないかと。

 僕のなかでは今秋のドラフトで2位以上は固いです。夏での活躍によっては1位指名の可能性も十分にあると思うので、もう一段階、すごみを増した瞬間を楽しみにしたいですね。

【新フォームで覚醒したふたりのエース】

ーー大絶賛ですね。ほかの投手はどうでしょう?

 続いて評価が高かったのは、広陵(広島)の「不動のエース」高尾響投手です。彼においては、1年生の頃から同校でエースとして君臨していましたから、ご存じの方も多いのではないでしょうか。

 身長172センチと上背がない分、高校卒業後に即プロ入りするまでのイメージはなかったんですけど、今大会で以前見た時より明らかに強いボールを投げられるようになっていたんです。

 その要因としては、投球フォームの変化が挙げられます。今まではゆったりとした投球フォームが特徴の投手でしたが、よりゆったり感が増したといいますか、しっかりと間をつくって投げていたんです。その変化によって、キャッチャーミットにズドンとめり込むような質のボールになっていて、ちょっとした変化でここまで変わるのかと、驚いたのを今でも覚えています。

 本人に聞くと、足を上げる動作を早くするとそのあとのステップ足への並進運動が乱れ、球速が出ない感覚になっていたらしいんです。なので、足をゆっくりと上げ、並進運動で速くするイメージで投球することで動きにメリハリが出るようになり、ボールに力を伝えられるようになった。

 それに伴い、スライダーなどの変化球もよくなったので、個人的には大学・社会人を経由せずにプロ入りしても、ある程度、計算の立ちやすい投手として活躍できるまでになったと思います。

ーー阿南光(徳島)の吉岡暖投手は、初戦から2試合連続でふたケタ奪三振と圧巻の投球を披露していましたが、どんな印象を持っていますか?

 吉岡投手をひと言で表すと「2段モーションの申し子」ですね。今大会からは新基準バットだけではなく、2段モーションも正式に解禁になりました。これまでの高校野球において足の上げ方は非常にデリケートな部分で、スムーズな投球動作を行なわないとボークをとられていましたから、投手たちは気を遣って投げていたんです。

 そして今大会、吉岡投手は一度上げた足を下ろし、もう一度上げるという見ていてもわかりやすい「ザ・2段モーション」を取り入れました。新フォームをすぐさま自分のものにしたことも活躍の要因ですが、腕をしっかりと振るタイプなので、フォークボールが打者に対して効果てきめん。変化球の精度が非常に高かったことが、奪三振の多さにつながったと思います。

 あと個人的に、吉岡投手のバランスがよくまとまった投球フォームを見ていると、亜細亜大学のエース(北嶋洸太)が投げているような、そういう錯覚を起こしてしまうんですよ。阿南光が同大のような白と黒を基調とした縦縞のユニフォームだからというのもありますが。

 亜細亜大の投手もコンパクトな投球フォームで、ツーシーム系の落ちるボールもあるという。どういう進路を辿るかわかりませんが、吉岡投手が将来、神宮球場で投げている姿が目に浮かびました。

【ただ者ではない..."ネクスト宮城大弥"とは?】

ーーほかに面白い投手はいましたか?

 個人的に"掘り出しもの"と感じたのは、京都外大西(京都)の田中遥音投手。昨秋の近畿大会でも準優勝しているので実績はある投手なのですが、僕自身、その大会はタイミングが合わず見ることができなかったんです。

 なので、センバツ前に注目選手として挙げられなかったのですが、1回戦の対戦相手である山梨学院(山梨)の吉田洸二監督が、試合前から田中投手のことを絶賛していたんですよ。「見れば見るほど面白い投手だ」と。

 対戦相手の監督がここまで褒める投手ってなかなかいないと思うので、どんなものかと実際に見てみたら、一見するとドラフト候補っぽくはないんですよね。身長は170センチと小柄で、体の線も細い。球速も135キロほどで、そこまですごみは感じないんです。

 そのなかで見られる田中投手の魅力というのが、ボールの質のよさと、バランスのとれた投球フォーム。指にかかったボールは、スーッとキャッチャーミットに向かって伸びていって、初速と終速の差が感じられないんです。

 コントロールもいいので、体が大きくなって球速も140キロ台に乗ってくれば、プロで例えるとオリックスの宮城大弥投手のようなタイプの投手として活躍できるんじゃないかと。

 センバツにおいては、初戦の山梨学院戦で守備の乱れもあって敗れてしまいましたが、僕がすごいなと思ったシーンがひとつあります。

 4回に山梨学院がスクイズを仕掛けてくるんですけど、田中投手は左投手なので3塁ランナーは見えないじゃないですか。そこから投球モーションに入り、打者がバントを構えた瞬間、外角にボールを外したんです。

 捕手もうまく対応して、ホームに突っ込んできた3塁ランナーを挟んでアウトにし、ピンチを脱したのですが。このワンプレーのなかに見られる、田中投手の研ぎ澄まされた集中力、リリースポイントをとっさに変えられる器用さ。ただ者ではないなと感じたので、今後も注目し続けたい投手のひとりになりましたね。

ーー田中投手に対するスカウトの評価は聞かれましたか?

 はい。彼に関しては正直、まだ指名候補に上がっている感じはしなかったです。ただ、これまでのドラフトでは速球派の投手を優先して獲得する傾向にありましたが、今はコントロールを第一に、球速はある程度の速さがあれば、育成していくなかで伸ばしていこう、という考え方に変わってきています。

 なので、近年のプロスカウトの需要からいえば、今後一気に評価が上がってもおかしくない投手だとは感じました。

【夏の甲子園で見たい期待の選手】

ーー粗さはあるけど将来が楽しみというような"素材型"の投手はいますか?

 素材型からはちょっとズレるかもしれませんが、作新学院(栃木)の小川哲平投手は今後が楽しみな投手ですね。センバツ前に注目選手として挙げさせてもらってはいたのですが、彼はプロレスラーみたいなマッチョな体型をしていながら、昨年の秋の段階ではもうひとつボールの強さにもの足りなさを感じていたんです。

 でも、今大会はストレートの球威で打者を押し込めるようになっていて。大会自体は、初戦の神村学園(鹿児島)戦で内野守備の乱れもあり、5回でマウンドを降りるという不本意な内容だったんですけど。

 ボールの強さが増し、カーブしか打者のタイミングを外す球種がなかったのが、左打者に対してチェンジアップを投げたりと、投球の幅も広がりました。結果は出せなかったものの、見どころは大いにあったなと感じましたね。

 今後の話をすると、ある程度試合をまとめられるタイプの投手なので、大学からも声はかかるとは思うんですけど、プロ指導届けを出したとしても夏に結果を残せば十分に可能性はあると思いますよ。個人的にも非常に楽しみにしています。

ーー最後に、夏の甲子園で「見たい」と思っている投手は?

 今大会では見られなかったのですが、八戸学院光星(青森)の森田智晴投手は見てみたいですね。彼はサイドスローに近いスリークォーターの左投手で、ストレートがナチュラルにシュートしながら伸びてくるんですよ。ボールの出どころが変則的だから、左打者なら絶対に対戦したくないタイプの投手ですよね。

 ただ、同校にはドラフト候補のエース左腕・洗平比呂投手、2番手の岡本琉奨投手という速球派の投手がいるんですけど、基本的にはこのふたりでこと足りてしまっていたので、3番手の森田投手には登板機会が回ってこなかったんです。

 センバツ前の練習試合で状態が悪く、結果を出せなかったのも出番を与えられなかった要因のひとつらしいですが。けど、いざ本戦を迎えたら、ブルペンでうなるようなボールを投げていました。

 キャッチャーも「これならお前、絶対抑えられるよ!」と絶賛していました。あとはGOサインを待つだけでしたが、残念ながらタイミングに恵まれず、甲子園のマウンドを踏めないまま大会を終えました。本当に悔しそうでしたね。

 僕からは「また夏の甲子園で会いましょう」と伝えました。洗平投手も岡本投手もすばらしい投手ですが、森田投手のくせ球をなんとか全国の高校野球ファンに見てもらいたい。ブルペンで見るだけではもったいないです。

 今夏の青森は激戦区なので勝ち抜くだけでも大変だとは思いますが、ぜひまたチャレンジして甲子園に姿を見せてほしいですね。

構成/佐藤主祥

前編<名物記者がうなったセンバツの逸材たちは「間違いなくドラフト候補」 新基準バットで柵越えの選手も>を読む

【プロフィール】
菊地高弘 きくち・たかひろ 
1982年生まれ。野球専門誌『野球小僧』『野球太郎』の編集者を経て、2015年に独立。プレーヤーの目線に立った切り口に定評があり、「菊地選手」名義で上梓した『野球部あるある』(集英社/全3巻)はシリーズ累計13万部のヒット作になった。その他の著書に『オレたちは「ガイジン部隊」なんかじゃない! 野球留学生ものがたり』(インプレス)『巨人ファンはどこへ行ったのか?』(イースト・プレス)『下剋上球児 三重県立白山高校、甲子園までのミラクル』(カンゼン)など多数。