大谷翔平、「プロの打者」へ変化 ボール球を振る確率が減少し醸成される「王者」への機運
大谷翔平は、ドジャースでの役割に適応しながら力を証明し続ける photo by Mio Kiyoshi
ロサンゼルス・ドジャースには、シーズン序盤からチームのケミストリー(親和性)を醸成している要素が多く見受けられる。打撃面で注目を集めるベッツやマンシーは現ポジションでの経験の浅さを補うべく、自主的に守備練習に励み、大谷翔平はその打撃に磨きをかけると同時にチームの方針に従い、休養欠場も受け入れている。
ドジャースが世界一に向けた準備をいかに進めているのか、大谷はどのような考えでチームに適応しているのか。地元メディアのドジャース番記者、メジャーリーグ経験豊富なフロントらに現地で話を聞いた。
【試合開始5時間前からの自主練】ロサンゼルス・ドジャースを現地取材するなかで驚かされるのは、ほぼ毎日、内野手たちが試合開始5時間くらい前からフィールドに出て練習に励んでいることだ。メジャーリーグにおいて、こんなチームは過去のドジャースも含めて見たことがない。
遊撃手のムーキー・ベッツ、三塁手のマックス・マンシー、二塁手のギャビン・ラックスのレギュラーを中心に、メジャーを代表する守備の名手のベテラン、ミゲル・ロハスも練習に付き添う。
「今までこんなチームにいたことは一度もない。メジャーに限らず、野球人生のなかでもね。毎日、ホームも遠征も、みんなで可能な限りベストの守備陣を作り上げようとしている」
ロハスはそう教えてくれた。
ドジャースの内野守備については、遊撃手と三塁手に疑問符がつけられている。ベッツはメジャー11年目で初の正遊撃手だし、マンシーは主に三塁を守るようになったのが2022年以降であるため、世界一を目指すチームの不安要素のひとつとなっている。
そんな外野からの声に対し、彼らは黙々と練習を続ける。ロハスはいつもベッツと一緒だ。
「別に教えているわけではないよ。付き添っているだけさ。16年間、プロで遊撃手をプレーしてきた経験があるから(最初の6年間はマイナーリーグ)、ムーキーが前日の試合のプレーで疑問が生じたり、質問が出てくれば、一緒に身体を動かしながら答えている。今の私は毎日、試合に出ているわけではないから、そこはチームメートとして力になりたい。実際、これを続けることで本当に試合に出る準備をしているようにも感じる」
別に監督やコーチに命じられたわけではない。あくまで選手たちの自主的な行動が習慣化されたに過ぎないと、ロハスは説明する。
「ひとり、ふたりと始めたら、みんなが参加するようになった。これだけ続ければ、9回のプレッシャーのかかる場面でもしっかり守れる。毎日コツコツとルーティンを積み重ねれば、成果は必ず現れる。自分もこの仲間に入れてうれしいね」
【序盤戦に休養欠場を受け入れた意味】『ロサンゼルス・タイムズ』紙のドジャース担当、ジャック・ハリス記者は、ドジャースの現状を高く評価している。
「開幕前の予想より、彼らはうまくプレーできている。特にムーキーはミスをしたら、また同じ失敗を絶対に繰り返さないように真剣そのもの。心配なのは、こんなに練習して長いシーズン体力が持つのかということだが、今のところムーキーは打撃成績も良いし、影響は出ていない」
取材を通じて感じるのは、ドジャースのまとまりのよさだ。世界一という大きな目標のために、みんなで力を出し合い、いい雰囲気を醸し出している。
「チームの絆はシーズンを通して育んでいくものだから、良い悪いを決めるのは早いけど、気づくのは大谷や山本由伸が自然にチームに受け入れられていること。水原一平・元通訳のスキャンダルもあったのに、頻繁に冗談を言い合ったり、笑ったり、溶け込んでいる。これはよい兆候。チーム側にとっても、ふたりにとっても、互いにね」(ハリス記者)
チームに大きな目標がある点が、ロサンゼルス・エンゼルス時代とはまったく違うところだろう。エンゼルスももちろん勝つことを目指していたが、世界一は現実的ではなかった。
大谷自身もドジャースの一員としてアジャスト(適応)している。それが見えたのは、5月12日のサンディエゴ・パドレス戦だった。前日の試合で腰に張りが出て、大谷自身は試合に出るつもりだったが、ロバーツ監督が休ませた。注目を集めたパドレスのダルビッシュ有との対戦が流れた。
ロバーツ監督は「13連戦が始まったばかりで、どこかで一度は休まないといけない。我々は翔平に長いシーズンを通して健康でいてほしい。今は無理をさせる時ではない。理解すべきは、我々には究極のゴールがあるということ。10月まで、常にプレーする準備ができていないといけない」と説く。
エンゼルス時代の昨季、7月27日に行なわれたダブルヘッダーのデトロイト・タイガース戦で大谷は1試合目に先発して完封、2試合目に2本塁打と野球史に残るパフォーマンスを見せた。だが、その後故障し、9月3日でシーズンを終えた。同じ轍を踏むわけにはいかない。
大谷は、「疲れはあまりない」と言う。しかしながらチームの方向性に合わせている。試合後に筆者が投げかけた質問に、こう答えている。
「今年に関してはDHだけなので、身体的にすごくしんどい日がある感じはしない。どちらかというと、キャッチャーのウィル(・スミス)だったり、ベッツ選手もそうですけど、そういう選手(時に守備の負担を減らすためのDH起用)との兼ね合いだったりとか。連戦で必ず入るオフをどういう風に入れていくかは監督が考えていくことなので、そこは言われたところで取るべきではないかなと思います」
【真の『プロの打者』に近づく適応力】打撃のアプローチでも変化が見える。身体が大きく腕も長い大谷は、アウトサイドのボール球でもバットが届くし、長打も打てる。実際、昨季は7本、ボール球をさく越えにしていた。しかしボール球に手を出し続ける打者は、敵側から見れば必ずしも一番怖い打者ではない。ドジャースのGM特別補佐で、かつてはミルウォーキー・ブルワーズ、ボストン・レッドソックスの監督を務めたロン・レネキーが12日の試合の前にこう教えてくれた。
「球界では、『プロフェッショナルな打者』と呼ぶ。もちろんメジャーリーガーはみんなプロなんだけど、状況に応じてチームが求めるバッティングができるのが、『プロ』という意味だ。
松井秀喜やボビー・アブレーユは、そういうタイプだった。それ以上に傑出してすごかったのは、レッドソックスのマニー・ラミレスとデビッド・オルティスの3、4番打者で、当時みんなが本物のプロと恐れていた。理由はボール球をまったく振ってくれないから。追い込んでボールになるブレーキングボールを投げても手を出さない。彼らを打ち取るにはストライクを投げるしかない。でもストライクだとヒットになる確率は高まる。こういう打者は本当に厄介なんだ」
大谷はアグレッシブな打者であり、それが持ち味でもあるが、少しずつ、レネキー氏が意味する「プロの打撃」にアジャストしているように見える。今季ボール球を振る確率は2023年の29.7%から26.3%に減り、空振り率も32.3%から26%に激減している。三振率は19.4%とメジャー平均を下回った。ちなみに2021年は29.6%だった。
15日、敵地オラクル・パークでのサンフランシコ・ジャイアンツ戦。2度も見逃しの三振を喫した。3回の第2打席は1ボール2ストライクからボールになる低めのスイーパーを見送ったが、球審はストライク判定。首を振りながら苦笑いでベンチに戻った。7回の第4打席も同じ1ボール2ストライクから外角高めのボール球の直球を見送ったが、またしてもストライク判定。ここでも、不満そうな表情でベンチに戻った。
2度の見逃し三振。大谷のアプローチをどう思うかという筆者の質問に、ロバーツ監督は「あれでよかったと思う」と大谷の判断を評価している。
「ストライクにも、ボールにもなり得るコースだった。自分のアプローチを信じて、ボーダーラインの判定で不利になることもあるが、今日はほかの打席では2本ヒットを打って、四球も選んでいる。翔平の今日の打席のクォリティはすばらしかった。ジャイアンツとの3連戦はすべてよかった」
1番ベッツ、3番フレディ・フリーマン、4番スミスらとともにみんなで相手先発投手が嫌がるプロの上位打線を形成しているのである。
14日のジャイアンツ戦後、『オレンジカウンティレジスター』紙のビル・プランケット記者が「フィールド内外でいろんな対応が必要とされたなか、それを乗り越えて打者として開幕からよい成績残している」と水原スキャンダルの影響に絡んだ質問を大谷に投げかけると、「最初のほうはいろいろあったので、ちょっと睡眠が足りてない日が続いていたんですけど、最近は時間にもだいぶ余裕が出てるので、いい睡眠を取って1日1日大事にプレーできているかなと思います」と説明した。
「いつからそうなれたのか?」と重ねて問われると「物事が進展して、いろいろ新しいことがわかって、自分のやるべきことも出して(捜査への協力)、いったん解決した段階では、僕のほうからやることはなくなったので、その段階で、かな」とつけ加えた。
大谷は昨年12月の入団会見で「一番大事なのは全員が勝ちに、同じ方向を向いていること。オーナーグループ、フロント、チームメート、みんながそこに向かっていけるかだ」と話した。大谷もドジャースも着々と、そういう形になっている。