風間八宏のサッカー深堀りSTYLE

独自の技術論で、サッカー界に大きな影響を与えている風間八宏氏が、今季の欧州サッカーシーンで飛躍している選手のプレーを分析。今回は今季リバプールで活躍した遠藤航を取り上げる。ビッグクラブで奮闘できた理由は、どこにあるのか? プレーの進化を解説してもらった。

【予想以上のスピードでチームにフィット】

 以前、風間八宏氏に遠藤航のプレーについて解説してもらったのは、2022年7月のこと。当時の遠藤はドイツのシュツットガルトで3シーズン目を終え、日本代表としてはカタールW杯本番に向けた準備を進めている時期だった。


遠藤航は今季リバプールで進化したプレーを見せた photo by Getty Images

 その後、遠藤はW杯後に日本代表キャプテンに就任。さらに昨夏には、イングランドのプレミアリーグに活躍の場を移し、ユルゲン・クロップ監督が率いる名門リバプールという、世界屈指のビッグクラブの一員となった。

 加入当初こそ、現地では懐疑的な目で見られていた遠藤だったが、予想以上のスピードでチームにフィット。昨年の秋口からはチームに欠かせないボランチとしてレギュラーの座を確保すると、周囲の評価も急速に高まっていった。

 いったい、遠藤の何が進化を遂げたのか。あらためて、風間氏に聞いてみた。

【プレーが速くなりリバプール仕様に】

「わかりやすく言えば、遠藤が持っている"時計"が以前と比べてより精密になったということですね。

 シュツットガルトにいた時は、遠藤の時計に誤差はなかった。周りが遠藤の時計に合わせていましたが、リバプールという速さのなかに入っていった時、当然ですが、最初の頃はその時計に誤差が生じます。ところが、いつの間にか、その速さを身につけました。

 たとえば、現在の遠藤のプレーを見ていると、以前よりも正確にボールを止めるようになっています。正確に止めるとは、すぐに次のプレーに移れる、すぐ蹴れる場所にボールを置けるようになっているということです。それによって、相手が近づけなくなり、相手の足を止められるようになった。そうやって遠藤の時計が速くなり、リバプールの速さのなかに合わせられるようになりました。

 あるいは、遠藤が得意とするボールを奪うプレーにしても、速さが増しています。シュツットガルト時代と同じ速さだとリバプールの時計に合わせられないので当然の話ですが、リバプールでも自分の特長を出せるようになっていること自体、速さが増した証拠と言えます。

 遠藤の場合、前回お話したアーセナルのライスほどのスタンスの広さはありませんが、その分、追い詰め方でスタンスを広くすることができています。その速さもアップしているので、ボールを奪うという点では、意外とライスよりも遠藤のほうがスタンスは広いかもしれません。

 また、パスコースを切るにしても、今は縦を切るべきなのか、横を切るべきなのか、あるいは斜めを切るべきなのか。その判断を走りながら見極められる能力が、シュツットガル時代よりも格段に上がっている印象です。それも、速さのひとつです。

 若い選手の場合、成長過程でそういった能力が自然と身につくのはよくある話ですが、遠藤の場合、考えることによって進化できているのがすごいところだと思います。逆に言うと、これが日本人の特徴と言えるかもしれません。日本人の場合、まだ考えないで成長できる選手はほとんどいませんから、そういう意味では、遠藤は日本人選手の見本とも言えるでしょう」

【視野の確保がさらに進化した】

 遠藤がリバプールの主軸へとステップアップした背景には、そういったプレーのディテールの変化があるという。そしてもうひとつ、風間氏が指摘するのが、前回も遠藤の特徴として挙げていた"視野の確保"についてだった。

「視野の確保は遠藤の特徴のひとつですが、その部分においても、さらに進化した印象を受けます。よくボールを奪う守備について話す時、体の使い方を見ることが多いと思います。でも相手と味方が見えていないと、体の使い方だけではボールを奪いきれません。

 たとえば、味方がボールを奪いにいこうとしている時、自分が行くべきか行かないべきか、あるいは相手がその状況でどのような体勢なのかなど、いろいろな情報を瞬時に把握できていないと、相手を追い詰めることはできません。その時に大事になるのが、視野の確保になります。

 視野を確保するには首を振りますが、しかし360度を見渡しているようだと判断の速さも低下してしまうので、必要のない視野を捨てて、いかに首を振らなくてもいい体の角度やポジションを取り続けられるかがポイントになります。それによって、素早くボールを奪い、素早く次のプレーに移ることができる。現在の遠藤にその連続性が生まれているのは、そのための視野の確保が、以前よりも速く正確になったからだと思います」

【探求心を持ち続けることがいかに大切か】

 リバプール移籍によって、よりハイレベルな選手へと成長を遂げた日本代表キャプテンだが、さらにレベルアップするためには何が必要なのか。あえて風間氏に聞いてみた。

「それは、遠藤云々というよりも、チームがどんなサッカーをするかによって、進化の仕方も変わってくると思います。

 現在のチームでは、遠藤がやるべきプレーが明確になっていて、それに合わせることができるようになった。ただ、監督が変わる来シーズン、仮に遠藤が別の何かを求められるようになったら、また遠藤は考えてやるべきことにトライするはずです。今シーズンの遠藤を見れば、それができる選手だと証明されましたし、まだまだ変われる選手だと思います。

 強いて言うなら、ボールを運ぶ力がもっと上がってくると、また大きな成長を遂げられると思うので、そこはぜひトライしてほしいですね。

 でも、現時点でもビッグクラブのセンターでプレーしていること自体が、日本人としては画期的だと思います。遠藤がプレーしているポジションはチームのヘソ。サイドではなく、全体を動かすポジションですから、それだけでもとんでもないことです。

 もちろん、日本人全員がこうなれるわけではありませんが、探求心を持ち続けることが、いかに成長するために大切か。日本人にもその可能性が広がっていることを、遠藤が教えてくれたと思いますね」