名物記者がうなったセンバツの逸材たちは「間違いなくドラフト候補」 新基準バットで柵越えの選手も
健大高崎(群馬)が春夏通じて甲子園大会初優勝を飾り、幕を閉じた今春の選抜高校野球大会(センバツ)。低反発の新基準バットが導入され、戦略や勝敗にどう影響するのかも注目されたが、高校野球の名物記者・菊地高弘さんはどう感じたのか。気になった打者とは。今大会を振り返ってもらった。
菊地高弘記者が注目した健大高崎の箱山遥人捕手
ーー今春のセンバツは健大高崎の初優勝で幕を閉じました。まずは率直な感想をお聞かせください。
菊地高弘(以下同) 今大会から反発量を抑えた新基準の金属バットが導入されて、今までとはまた違った話題性がありましたよね。それによってどうなるか注目していたのですが、やはり想像以上に長打が減り、大会通じてホームラン数は3本、うち1本はランニングホームランにとどまりました。
その影響か、全体的に外野手のポジショニングが定位置よりどんどん前に出るようになり、2アウト2塁の場面で外野へのヒットが出てもランナーがホームに帰ってこられないというケースが多かったと思います。高校野球の質が変わったというか、驚きと新鮮さを感じましたね。
そのなかで、新基準バットではなく木製バットを持って打席に立っている青森山田(青森)の選手がふたりいました。高校野球でもとうとうそういう時代がきたのかと。新たな扉が開かれたような、そんな大会でもありました。
ーーバットの芯に当たれば木製のほうが飛ぶ、というイメージがあるのでしょうか?
選手によりますが、バットをしならせながら柔らかく打てるタイプの選手は、木製のほうが飛距離を出せると感じるかもしれません。実際のところ、物理的にバットがしなることはないらしいので、あくまで体感的な話にはなりますが。
ただ、そういう体感を得ていると語っている選手もいましたから、木製バットで本戦に臨むチャレンジングな選手が、青森山田にはいたということですね。
ーー新基準バットと旧基準バットの飛距離はどれくらい違うものなのでしょうか?
具体的に飛距離が何メートル変わったのかはわかりませんが、今大会に出場していたある高校の捕手に聞いてみたところ、試合でフェンス直撃の打球があったのですが、「今まで(の旧基準バット)だったら間違いなくホームランでした」と話していて。実際に新基準バットを使った選手たちの体感としては、やはり打球が飛びづらくなったと言えるのではないでしょうか。
またこれはバットの話とは関係ありませんが、今大会の序盤、試合中に雪が降るほどの寒さに見舞われたんですよ。僕も記者席でブルブル震えながら試合を見ていたぐらい厳しい状況で。
選手たちは体を温めながらプレーしているとはいえ、なかなかベストコンディションを発揮できる環境ではなかったのかなと。寒さによって体が縮こまり、動きづらかったというのも、全体的に飛距離が伸び悩んだひとつの要因になっていたように感じますね。
【機動破壊から潜在能力を引き出す野球へ】ーー新基準バット導入の影響は関係なく、センバツで目に止まった打者はいましたか?
センバツで健大高崎を初優勝に導いた、箱山遥人捕手です。間違いなく今年のドラフトで指名されるなと、試合を見ていて思いました。僕自身、もともと健大高崎は今大会の優勝候補の一角として名前は挙げていたんですけど、"筆頭"とまでは推せなかったんです。
というのも、ここ数年の健大高崎の試合を見ていると、少し大味な野球をしている印象があったので、負けたら終わりの一発勝負で勝ち続けることができるのか、多少、疑念を持っていたんです。
しかし蓋を開けてみれば、想像以上にすばらしいゲームを展開していて、箱山捕手のゲームコントロール術はさえわたり、チームのなかでもその存在感は際立っていましたね。健大高崎は佐藤龍月投手と石垣元気投手の2枚看板を要するチームなんですけど、箱山捕手はこのふたりのリードをそれぞれ変えていたんです。
佐藤投手に対しては、中学時代からU-15日本代表のエースで、頭の回転の速い投手ですから、「こういう配球をして、こういう狙いで打ちとっていこう」と具体的な戦術をしっかり伝えていたらしいです。
かたや石垣投手は、箱山捕手の言葉を借りると「何も考えていない投手」だと。いわゆる、マウンドでしかつかめない打者の"肌感覚"を重視する投手なんです。なので、細かくサインを出してリードしていくのではなく、「何も考えずに俺のミットに投げ込んでこい」と言っていたそうです。
その投手のタイプに合わせてうまくリードを使い分け、彼らの持ち味を存分に出しきった。そんな箱山捕手の卓越したリーダーシップやゲームコントロール術があったからこそ、健大高崎の初優勝につながったんじゃないかと思います。
また、バッテリー以外の部分でいうと、健大高崎はこれまで、走塁など機動力で相手の守りを崩す"機動破壊"を代名詞に注目を浴びていたチームでもあったんですが、今大会を通じて、健大高崎の野球がガラッと変わったというか、走塁だけのチームではなくなった印象を持ちました。
機動力を生かした戦術の練習は続けているらしいんですけど、今のチームには非常に高いポテンシャルを持った選手たちが集まっているので、走塁で1点をもぎとる野球から、彼らの潜在能力を引き出し、その実力を発揮させる野球にシフトしている。
優秀なコーチングスタッフがいるので、恵まれた環境のなかで着実に、野球選手としての力を伸ばしていけているんだなと、すごく感じますね。
【柵越えを放ったふたりの評価は?】ーー他のチームで気になった打者はいますか?
新基準バットでホームラン第1号を打った豊川(愛知)のモイセエフ・ニキータ選手。開会前から注目選手として名前を挙げていましたが、期待どおりセンバツでもスタンドに放り込んでくれましたね。ただ彼は、なす術なくアウトになってしまうケースが多いことが懸念材料としてありました。
昨年の明治神宮大会では、高知(高知)の辻井翔大投手の膝元へ落ちる変化球を振らされて、あまりよくない内容の凡打が続いていました。今年のセンバツでも阿南光(徳島)の吉岡暖投手の落ちるボールに苦戦し、結果的に1試合で3三振してしまったんです。それでもモイセエフ選手をすごく評価できるポイントとして挙げられるのが、「やられっぱなしじゃ終わらない」ところ。
明治神宮大会での高知戦ではヒットが出る気配がなかったのに、ライト線への2ベースヒットを打って存在感を示し、センバツの阿南光戦でも3打席凡退したあとの4打席目でホームランを放ちました。
やはり、その試合のなかで順応できること、気持ちを切り替えられる能力というのは、将来プロとして活動していくことを考えたら必要な要素になってきます。まだまだ技術的につたない部分はあるかもしれませんが、モイセエフ選手の簡単には終わらないというメンタリティは、とてもプロ向きだなと感じますね。
ーーもうひとり、柵越えホームランを打った神村学園(鹿児島)の正林輝大選手についてはどんな印象を抱いていますか?
正林選手には昨年の夏の甲子園大会から注目していました。肩が強くて打撃でのパンチ力があり、足もなかなか速いので、高いレベルでバランスのとれた外野手だなという印象です。
センバツの作新学院(栃木)戦で放ったホームランに関しては、1打席目は相手のエース・小川哲平投手のカットボールに手が出ず凡退していましたが、2打席目では打ちとられたカットボールを見事にスタンドに叩き込みました。多少甘く入ったボールとはいえ、しっかりと自分の間合いで捉えて運んだ完璧なホームランでしたから、彼自身、プロ入りへすごくいいアピールができたんじゃないかと思いますね。
ただ、ひとつ気になることがあって。近年のドラフトを見ていると、いくら前評判が高くても、右投げ左打ちの外野手がなかなか指名されにくくなっているんです。プロ12球団を見渡してもらうとわかると思うのですが、右投げ左打ちの外野手が飽和状態で、どちらかというと右投げ右打ち、さらに言えば内野手のほうが求められている傾向にあるんです。
正林選手が高卒でプロ入りしたいと考えるならば、これから打って結果を残さないと厳しいかもしれません。もちろんバランスが整ったいい選手なんですけど、突き抜けたものがまだ見えてこないので、何かしら武器を磨いていくことが、これから夏にかけて彼の課題になるのではないかなと思っています。
【高校野球は「偽物がいなくなる」世界へ】ーー柵越えではありませんが、ランニングホームランを打った大阪桐蔭(大阪)の境亮陽選手もプロ注目の外野手ですよね。
そうですね。境選手に関しては、センバツに出場した全野手のなかで、個人的に一番びっくりした選手かもしれません。彼は高校1年の秋からチーム内で存在感を出し始めた選手なんですけど、見るたびに技術や能力がグレードアップしていくんですよ。もともと中学時代は陸上部だったので、足が速いのは想像できると思うんですけど、肩がめちゃくちゃ強いというのも彼の大きな魅力なんです。
肩の強さだけでいうと、今年の高校生外野手のなかではナンバーワンと言っても過言ではないぐらいの強肩です。今大会でもランニングホームランを打ったりと、バッティングでも結果を残しています。
境選手も右投げ左打ちの外野手ですが、運動能力がズバ抜けて高いので、もし僕がスカウトだったら球団に強く推したいですね。ただ、こういう選手は大学野球でも引く手数多なので、彼がどういう進路を選択するのか注目していきたいです。
ーーセンバツは新基準バットを使用した初めての大会になりましたけど、今後も各地で導入は増えていくと思われますか?
僕は増えていくんじゃないかと思っています。成長期の高校生というのは環境に合わせてどんどん進化していきますからね。センバツに関しては、長打が少ない点から飛距離の伸び悩みを感じてしまう大会となりましたが、実際に新基準バットを使用した選手たちからは、「しっかり芯で捉えた打球は旧基準バットの時と変わらず飛んでいく」という感想をよく聞きます。
前向きに捉えれば、新基準バット導入後は「偽物がいなくなる世界」になるということ。今までの金属バットなら、芯を外してもパワーがあれば打球はそれなりに飛ぶので、多少のごまかしが効いていましたが、これからは自分の技術で完璧にとらえないとホームランにはならない。
つまり、夏の大会に向けて新基準バットへの対応を進めていけば、本当に技術力のある選手たちだけが結果を残していく世界になるんじゃないかと。
個人的には、青森山田みたいに木製バットを使う選手が増えて、乾いた音が夏の甲子園に鳴り響いてほしいなと思っています。その姿を見ることができた時に、本当の意味で高校野球の世界が変わるんじゃないかなと、そんな予感がしています。
構成/佐藤主祥
【プロフィール】
菊地高弘 きくち・たかひろ
1982年生まれ。野球専門誌『野球小僧』『野球太郎』の編集者を経て、2015年に独立。プレーヤーの目線に立った切り口に定評があり、「菊地選手」名義で上梓した『野球部あるある』(集英社/全3巻)はシリーズ累計13万部のヒット作になった。その他の著書に『オレたちは「ガイジン部隊」なんかじゃない! 野球留学生ものがたり』(インプレス)『巨人ファンはどこへ行ったのか?』(イースト・プレス)『下剋上球児 三重県立白山高校、甲子園までのミラクル』(カンゼン)など多数。