宇野昌磨が引退「フィギュアスケートは性に合っていた」内向的な少年から笑顔の王者へ
宇野昌磨 引退会見 後編(全2回)
【鮮明に残る競技人生の思い出】ーー現役時代を振り返った時、のちのち思い出すだろう風景とは?
5月14日、都内での現役引退会見で、宇野昌磨はその問いに壇上でこう答えている。
「(2022年に)初めて世界選手権を優勝したあとのステファン(・ランビエールコーチ)の喜んでいる姿ですね。自分にとって、鮮明に記憶に残る思い出になると思います」
引退会見で競技生活を振り返った宇野昌磨
その証言は、宇野という競技者の本質を表わしていた。感謝の気持ちはいかにも彼らしいが、信頼する恩師が心から楽しそうにする姿は、彼自身をも映す鏡だったのではないか。
〈フィギュアスケートを楽しむ〉
それを徹底的に追及することで、崇高なまでに王者だった。
弾けるような笑顔が忘れられないーー。
2019年12月、全日本選手権で宇野は錚々たるライバルたちを打ち破り、頂点に立った瞬間である。彼自身の表情に、「誰にも負けない」という猛々しさや物々しさはなかった。
むしろ子どものように無邪気に演技に没頭し、その出来を観衆と一体になって楽しんでいた。取材エリアでも、表情から笑みがこぼれるのを抑えきれないほどだった。
【コーチとの出会いで起きた劇的な変化】シーズン前半、コーチが不在だったこともあり、思うような演技に到達できず、「心からフィギュアスケートを楽しめない」という状況だった。
2018年の平昌五輪後、「もっと強く」という焦りに駆られていた。結果、グランプリ(GP)シリーズでフランス大会8位、ロシア大会4位と見たことがない不調だった。
しかし強烈な不振のなか、ランビエールが臨時コーチに入って、劇的な変化が起きた。
「(復活に)秘訣はいっさいありませんよ」
全日本で優勝後、ランビエールは静かだが明瞭な口調で説明していた。
「昌磨は、(全日本のショート・フリー)2つのプログラムを楽しんで演じていました。ジャンプだけでなく、ほかの技術点の部分など、すべてがそうで。アグレッシブな姿勢で滑ってくれたことを、コーチとしてはうれしく思います。彼は"スケートを楽しめる"。たとえ厳しい練習のなかでも、楽しさを感じられるのです」
流ちょうな英語でそう答えたランビエールは、Enjoy(楽しむ)という単語を強調し、Confidence(自信)という言葉も使いながら、こう続けていた。
「私はラッキーでした。昌磨の周りにいる人々が、コーチとして仕事をするための環境をつくってくれたのです。そのおかげで、短い時間で成果を出せました。昌磨が自信を取り戻す、楽しんで滑るためのトレーニングが十分にできるようになった。それが(優勝に至った)シンプルな真実です」
その言葉を振り返ると、今回の引退会見で宇野が口にしていた証言と符合する。
「自分は出会う方に恵まれました。好きに伸び伸びやれるサポートをしてもらえて」
宇野はそう言って、謙虚に感謝していた。
それは裏を返せば、楽しむことができたら無敵、とも言える。日頃の練習から自らと対峙し、それに打ち克つことができた時、すでに誰かと争わなくてもいい。フィギュアスケーターとして高みに立っているのだ。
【フィギュアスケートは性に合っていた】「小さい時は人前に出てしゃべれない、内向的な性格だったんです。だから両親も、あれだけ大勢のお客さんの前で演技なんてできるわけない、と思っていたはずで」
宇野はそう言って、自らを分析している。
「でも、氷上では僕ひとりだからこそ、自分がつくる表現をみんなにちゃんと見てもらえる。こうした(会見の)場もそうですが、みんなが真摯に自分の話を聞いてくれていて、だからこそ自分の色を出しやすい場で......。発信できるようなタイプじゃないからこそ、フィギュアスケートは性に合っていたのかなって思います」
運命的に巡り会ったフィギュアスケートだったからこそ、彼は全力で挑んだ。出会いも含め、天分があった。
「最初はゲームがしたくて、スケートを頑張るって感じだったんです。でも、毎日のようにスケートを滑るようになって、だんだんと魅力にひかれるようになって。でも、テレビで見ていたオリンピックの舞台に立ったり、世界選手権で優勝する選手になったりできるとは思っていませんでした。フィギュアスケートとの出会いは感慨深いなって」
どこか他人事のように俯瞰して自らを見つめる視点が、彼を型にはめなかったのだろう。楽しむという無心こそ、彼の強さだった。だからこそラストシーズンも、"楽しむ"という信念に殉じたのだ。
今後、宇野はプロスケーターとして活動するという。今年の夏には、昨年好評だった『ワンピース・オン・アイス〜エピソード・オブ・アラバスタ〜』の再演がすでに決定。主人公モンキー・D・ルフィを演じることも、「引退の先」にある姿のひとつだろう。
「(引退で『さみしい』と言ってもらえるのは)ありがたい言葉で。全力で向き合っていた競技としてのフィギュアスケートを、それだけ待ち望んでくれていた、という気持ちはうれしいです。
でも、これからも全力でフィギュアスケートに取り組むことに変わりはないので、応援してもらえたら幸いです。感情が前のめりに出てくるようなプログラムを。やらなきゃ、よりも、やりたい、で。今は楽しみでワクワクしています!」
宇野は新しい道に踏み出す。そこに楽しい物語が生まれるはずだ。
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