桐光学園・森駿太は松井裕樹以来の高卒ドラ1を目指す イチローに似た所作と歌舞伎役者のような華
左打席に入った森駿太(桐光学園)を初めて見た時、「なんて絵になる選手なんだ!」と惚れ惚れしてしまった。
森は身長187センチの大型内野手で、高校通算37本塁打と打撃力を武器にする。現時点で高校生内野手としての注目度は石塚裕惺(花咲徳栄)と双璧といっていい。
桐光学園のドラフト候補・森駿太 photo by Kikuchi Takahiro
森には打席でのルーティンがある。構えに入る前、左手をヘルメットの後部へと添え、バットを握った右手を投手へと向けバットを立てる。往年のイチロー(元マリナーズほか)に似た所作だが、見得を切る歌舞伎役者のように華があるのだ。
昨夏の神奈川大会の試合後、森にルーティンをする理由を聞いてみると、こんな答えが返ってきた。
「まずはバットを見ることで、一点集中したいんです。一点集中すると、そのあとに視野が広くなります。それと丹田(たんでん)重心で体を真っすぐにして、そのうえで下半身の力を抜くことを考えています」
丹田とはヘソのわずか下の部位を指す。言われてみると、森のルーティンは腹が据わっているように感じられる。また、ルーティンの必然性を自分なりに説明できる点からは、思考力の高さを感じた。
その時点で、森は高卒でのプロ志望を明かしていた。大学経由でプロ入りする選手が多い桐光学園にあって、高卒でNPBに進んだ選手は2013年楽天1位の松井裕樹(現・パドレス)までさかのぼる。森も1年かけて力をつけていけば、十分にドラフト上位指名を狙える逸材に見えた。
2024年4月28日、サーティーフォー保土ケ谷球場で行なわれた春季神奈川大会は、開場前から数千人が長蛇の列をつくるなどスタンドを大観衆が埋めた。準々決勝ながら、第1試合は横浜対慶應義塾、第2試合は東海大相模対桐光学園という人気校同士のカードが組まれたからだ。
桐光学園の先発メンバーに森の名前を見つけた際、ポジションを示す「5」という数字に小さなため息を漏らしてしまった。森は背番号6をつけながら、遊撃手ではなく三塁手としての出場だったのだ。
森は守備力を売りにするタイプではない。それでも、プロスカウトから高い評価を受けるには遊撃手としてプレーするのが得策のはずだ。関東ベスト8に進出した昨秋も森は左足太ももを痛めた影響で、公式戦には一塁手として出場している。今春も遊撃手としてアピールできなければ、評価を落とすリスクも考えられた。
ただし、森の三塁起用はチーム事情でもあった。森本人が内幕を明かす。
「春はピッチャーとして先発して、そのあとにサードに回る起用もあったので。その流れでサードをやることが多くなったのだと思います」
投手としても球速が最速140キロを超える、森の野球選手としての能力の高さゆえだった。
試合前のシートノックを見ても、ゴロへの足さばきは昨年よりも達者になった印象があった。本人としては「ショートを守りたい」という本音があるのではないか。そう聞くと、森はきっぱりと否定した。
「試合になったら自分も『9分の1』の意識なので。桐光学園というチームのなかで、どこで出ても勝利につながるプレーをすることだけを意識しています」
森はドラフト候補である前に、今や桐光学園の主将である。コメントも自然と「フォア・ザ・チーム」を意識した内容が濃くなっていく。それは高校球児として自然なことだろう。彼らにとっては将来も大事だが、それ以上に目の前の一戦一戦がかけがえのない勝負なのだ。
【最終打席で放った意地の一打】だが、結果的にこの日は森にとって苦い記憶が刻まれることになった。桐光学園の2番打者として出場した森は、東海大相模の2年生右腕・福田拓翔(たくと)に完膚なきまでに抑え込まれたのだ。
福田は間違いなく来年のドラフト候補に挙がる本格派右腕。150キロ近い球速のストレートは球威も抜群で、カーブ、フォークなどの変化球でも空振りを奪える。1学年上の森に対して、福田は牙をむいた。
1打席目はフォークに空振り三振。2打席目はカーブを泳いで打たされ一邪飛。3打席目は外角のストレートに空振り三振。
森は2ストライクに追い込まれると、スタンスを広げてノーステップ打法に切り替える。それまでの豪快なフルスイングから、コンタクト重視の打撃スタイルに変えるのだ。森は3打席とも最後はノーステップ打法になり、必死に食らいついた。それでも、結果は無残だった。
昨秋の神奈川大会を制したチームも、苦戦を強いられた。8回終了時点で3対8とリードを許し、桐光学園にとって敗色濃厚の展開になった。
9回表、二死走者なし。あとがなくなった場面で、森が5回目の打席に入った。東海大相模の2番手左腕・藤田琉生(りゅうせい)からも初対戦で二塁ゴロに抑えられており、この日の森は4打席ノーヒットに終わっていた。
5打席目も2ストライクと追い込まれた森だが、藤田のスライダーをノーステップ打法でセンター前へと運ぶ。やられたままでは終わらない。森の意地を感じた一打だった。桐光学園は森の安打を皮切りに3連打で2点を返している。
5対8で敗戦した試合後、会見場に現れた森の目は潤んでいた。
「秋の(関東大会準々決勝の)山梨学院戦で負けてセンバツ出場を当確にできず、1月26日にセンバツ出場校に選ばれなくて、その日から常に勝ちにこだわってきました。1日も負けないだけの勝利への執念を持ってきたつもりでしたが、勝てなかった。これからいっそう、死に物狂いでやらないといけないと感じています」
東海大相模の福田に対して、ここまで完璧に抑えられた経験もなかったのでは。そう聞くと、森は低いトーンでこう答えた。
「やってきたことは間違っていないと思うのですが、今日は打ちきれなくて自分の弱さを露呈しました。このレベルのピッチャーになると、強いスイングのなかでいかにミートできるかがカギですが、今日は自分のスイングができなかった。完全に自分の力不足です」
最終打席でのセンター前ヒットには、森の強い思いが感じられた。その点について聞くと、森は「自分が一番、執念を見せないといけない立場なので」と振り返った。それでも「あれが最初から出たら、チームの勝ちにつながったはずです」と反省が口をついた。
高卒でドラフト1位指名を受けてプロ入りする。その思いは揺らがないか。最後にそう聞くと、森は神妙な表情でこう答えている。
「そうですね。これからもっと強く(その思いを)持たないといけないと感じました。どの場面でも、どのジャンルにおいても一番になりたいですから。ただ、あくまでもチームのなかに自分がいるということを忘れずに、自分の欲を出さずにチームが勝つためのプレーをやっていきたいです」
目指す軸は「全国制覇」。そこがブレることはない。
そして、目標に近づけば近づくほど、そのスター性に魅入られる野球ファンも増殖していくに違いない。森駿太の存在は、それほどの魅力にあふれている。