松井大輔インタビュー(後編)
「現役生活23年とセカンドキャリア」

◆松井大輔・前編>>「本1冊でも収まらない」プロ生活23年を振り返る
◆松井大輔・中編>>サッカー人生の氷河期から脱出できたキッカケは「またカズさん」

「人と違う道を歩んできた」と本人が振り返る23年間の現役生活を終えた松井大輔は、引退発表も束の間、さっそく第2の人生を歩き始めている。

 その視線の先には、何が見えているのか──。現在取り組み始めていること、そして今後取り組みたいと考えていることについて、松井ならではの視点で熱く語ってくれた。

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松井大輔の描くセカンドキャリアとは? photo by Koreeda Ukyo

── 引退後のセカンドキャリアの話を聞かせてください。まず、現在は具体的にどんな仕事をしているのですか?

「これは引退を発表する前に決まっていたんですが、現役時代にお世話になった横浜FCで毎週金曜日に子どもの指導をしています。

 対象は小学1年生から6年生で、16時〜17時が1〜2年生、17時5分〜18時20分までの80分が3〜6年生を指導するんですが、現段階は数百人規模の体験会。その後、抽選で人数を絞ってから、本格的にスクールがスタートするという予定になっています。

 それに加えて、火曜日と水曜日には浦和レッズでもユース年代の指導をしています。こちらは毎週というわけではないんですけど、1回に対して僕の思いをしっかりぶつけて指導して、熱く細かくやっています」

── 小学生とユース年代では、指導内容も違ってくるので大変ですね。

「でも、どっちも楽しいですよ。たとえば小学生1〜2年生の場合はボールフィーリング中心の指導ですし、ユース年代でやっているのは主に"切り取り"ですね。試合中のいろいろなシチュエーションを想定して、ドリブルやトラップの具体的な技術と理論を教えたり、ボランチでプレーする時の具体的な技術なども教えたり。

 特にドリブルについてはより細かく、たとえばサイドではこういうボールの持ち方をして縦に抜く、とか。縦に抜くことによって相手は縦を警戒してくるので、そうなったら今度は中に行けますよって。ボールの持ち方などはフットサルのテクニックを取り入れて指導していますし、テクニックだけではなく、なぜそうしなければいけないのかといった理論もしっかり伝えるようにしています」

【下の世代を育てるスペシャリストを目指したい】

── ドリブルの技術だけでなく、理論を教えてもらえるのは新鮮ですね。

「自分がこれまで培ってきたテクニックや感覚だけでは、教えられるほうもよくわからないままになってしまうかもしれませんが、僕としてはそこにしっかりとした理論を合わせて伝えることが、育成年代を指導する時にすごく大事だと考えています。

 たとえば、三笘(薫)くんのドリブルはなぜあれほど相手を抜けるのかとか、(リオネル・)メッシのドリブルはどうやっているのかとか、フットサルの反発ドリブルのこともテクニックと一緒に言葉でも伝えるようにしています。そのために、僕自身もいろいろな選手のドリブルを研究していて、今後はそれらをひとつのメソッドにしていきたいと考えています。

 言葉だけではわかりにくいかもしれないので具体的な例を挙げると、一流選手に共通しているのは、重心がどちらにあるのかが相手にわからないようにするために、片方の足でステップを細かく2回踏むんです。

 ステップが1回だとどっちに抜こうとしているのか相手にバレやすいんですが、2回踏むとどっちに行くのかわかりにくい。面白いのは、メッシだけでなくて、テニスの(ノバク・)ジョコヴィッチも、卓球のトッププレーヤーも、同じようにステップを2回踏んでいるんです。

 ドリブルがうまくなるためには、そんな細かい技術や理論が大事になるので、今後はそういった指導方法を突き詰めていくつもりです」

── トップチームの監督ではなく、今後も育成年代を指導していく予定ですか?

「そうですね。横浜FCの話をいただいた時も、ただ引き受けるのではなく、子どもたちにこういうことを教えたいという話をしたうえで、ぜひお願いしますと言ってもらいました。

 これまでは、ほとんどの指導者が最終的にトップチームの監督を目指すのが一般的な流れですが、僕は下の世代を育てるスペシャリストを目指したいと思っていて。特に3歳から12歳は一番大事な時期ですし、まだ癖もついていない。そんな子どもたちにそれなりのプロキャリアを経験した自分が本腰を入れて指導したら、子どもたちの指導にも新しい流れができるかもしれないんじゃないかなって。

 ジュニアマイスターじゃないですが、日本にはフランスみたいに育成のスペシャリストが圧倒的に不足していますし、育成のスペシャリストの地位が低いように感じます。一流選手を育てるにはそこが一番大事なところなのに、それがないのが悔しいというか、何とかしなければいけないと思うんです。それによって、日本サッカーのレベルを上げていけたらいいなって思っています」

【サッカーとテクノロジーをつなげるのも面白い】

── 元日本代表の選手が育成のスペシャリストになれば、育成の指導者の地位も向上するでしょうし、報酬面も改善されて、目指す人も増えるでしょうね。

「そうなってほしいし、そうしていきたいです。だから現在はドリブルの研究をしながら、年代ごとの練習メニューを考えたりして、指導者としてもレベルアップしていきたいと思っています。

 それと、今後はサッカーのコーチも、たとえばDFコーチ、MFコーチ、アタッカーコーチ、ドリブルコーチ、カウンターコーチなど、アメフトみたいにどんどん細分化していくと思うんです。僕としては、育成年代の指導と並行して、自分が得意とする分野の専門コーチのようなものも目指していきたいなって」

── いつ頃からそんなことを考えていたんですか?

「僕の場合、現役時代から何度も引退するタイミングがあったので(笑)。その節目節目の時期は、いつも引退後は何をしようかなって考えることが多かったんですよ。

 だから、サッカーの指導だけでなく、ビジネス的なことでやりたいこともありますね。まだ具体的に進んでいることはありませんけど、企業と企業をつなげて、お互いが不足していることを補えるようなマッチングの仕事だったり。

 それと、最近はサッカーの指導でもテクノロジーを積極的に取り入れるようになっているので、子どもの指導に生かせるテクノロジーを企業と一緒に開発してみたい。そういった、サッカーとテクノロジーをつなげるのも面白いかなって」

── 解説の仕事やテレビ番組の出演もあって、引退後も忙しそうですね。では最後に、これまで応援してくれたファンに感謝のひと言をお願いします。

「はい、と言いたいところですが、実は引退試合の計画を考えていまして、みなさんへのご挨拶はその時までとっておこうかなって(笑)」

【サッカーだけではない引退イベントにしたい】

── 引退試合ですか。それは楽しみですね。

「まだ正式な話ではないんですけど、もし実現したら、普通ではないかたちにして、楽しいイベントにしたいと考えているところです。

 もちろんサッカーでみなさんに楽しんでもらうのは当然として、やっぱり自分はエンターテイナーとして、サッカーだけではない引退イベントにしたい。

 そこで、来ていただいたみなさんが『行ってよかった、今日は楽しかった!』って感じてもらいながらスタジアムから帰ってもらえるような、そんな感じで終われたら、自分としては最高だなって。

 なので、みなさん、その日を楽しみに待っていてください!」

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 現役時代からほかの選手とは少し違った道を歩んできた松井大輔は、現役を引退してもそのスタンスは変わっていなかった。それだけに、指導者としてもほかの人とは違う何かを生み出し、新しい道を切り開いてくれるかもしれない。

 現在計画中だという引退試合も含め、今後も松井の動向から目が離せそうにない。

<了>


【profile】
松井大輔(まつい・だいすけ)
1981年5月11日生まれ、京都府京都市出身。2000年に鹿児島実業高から京都パープルサンガ(現・京都サンガF.C.)に加入。その後、ル・マン→サンテティエンヌ→グルノーブル→トム・トムスク→グルノーブル→ディジョン→スラヴィア・ソフィア→レヒア・グダニスク→ジュビロ磐田→オドラ・オポーレ→横浜FC→サイゴンFC→Y.S.C.C.横浜でプレーし、2024年2月に現役引退を発表。日本代表31試合1得点。2004年アテネ五輪、2010年南アフリカW杯出場。ポジション=MF。身長175cm、体重66kg。