歴史的快進撃を続けるカブス今永昇太は、なぜ打たれないのか? データが明らかにする「2つの魔球」の正体
開幕から無傷の5連勝を飾り、メジャーリーグに静かな旋風を巻き起こしているシカゴ・カブスの今永昇太。7試合目の先発登板があった現地時間5月7日(日本時間8日)終了時点での5勝はMLB全体の3位タイで、防御率1.08は堂々のメジャートップだ。
開幕から好調を維持するカブスの今永 photo by Getty Images
今永は「確かに、数字は僕が想像していたよりもいい数字が並んでいるが、1試合1試合を振り返ると、本当に紙一重の勝負どころをたまたま拾ってきた」と自身の活躍を冷静に分析するが、開幕からの約1カ月で積み重ねてきた数字は対戦相手を圧倒するものである。
MLBの過去の記録に詳しいMLB公式サイトのサラ・ラングス記者によると、自責点が両リーグで公式記録になった1913年以降の、「オープナーを除いたキャリア初先発から6戦目までの防御率ランキング」で、防御率0.78だった今永はMLB歴代4位にランクインするという。
歴代1位のフェルナンド・バレンズエラ(1981年、ロサンゼルス・ドジャース)は、前年の1980年に中継ぎとして10試合に登板しており、「メジャーデビューから6登板すべてが先発」という条件に限定すると今永は歴代3位に浮上。1950年以降では誰も成し遂げていない快挙を達成した。
昨オフにカブスと4年5300万ドル(約77億円)、最大で5年8000万ドル(約116億円)で契約した時に、ここまでの活躍を予想できた人は皆無だったはずだ。
MLB公式サイトが5月7日に掲載した『MLB球団幹部が選ぶ、昨オフの最高FA契約ランキング』では、総額1000億円以上でドジャースと契約した大谷翔平や、総額約563億円でドジャースに加入した山本由伸を抑えて、今永が1位に選ばれた。
MLB球団幹部24人を対象としたこの調査で、9人のエグゼクティブから今永の名前が上がり、ある球団幹部は今永の契約を「バーゲンのようだ」と表現した。誰もが予想していなかった歴史的デビューを果たし、スタートダッシュを成功させた秘密をデータから分析してみたい(データは現地時間5月7日時点)。
【MLB全投手、全球種でナンバーワンの今永のフォーシーム】ピッチランバリュー(Pitch Run Value)と呼ばれる「投球得点価値」は、「ある投手が投げた特定の球種が、得点期待値 (Run Value)を減らすのにどれだけ効果的か」を測った指標だが、今永のフォーシームはタイラー・グラスノー(ドジャース)のフォーシームと並んで、MLB1位の持ち球としてランクされている。
調査対象となった1293通りの中からMLBナンバーワンに選ばれた今永のフォーシームは、今永が投じた投球の58.3%を占めている。今永のフォーシームの平均球速は92.1マイル(約148.2キロ)で、メジャーで今季250球以上投げている242投手中172位と下位に位置する。メジャー平均より2マイル(約3.2キロ)も遅いフォーシームが効果的な武器となっている秘密は、その回転数にある。
今永のフォーシームの平均回転数は2424回転で27位。フォーシームの回転数が増えると、ボールのホップ成分が高まり、俗にいう「ライジング・ファーストボール」になるが、今永の速球が"浮き上がる"ことはデータも証明している。
今永のフォーシームはMLB平均よりも3.4インチ(約8.6cm)も高めに浮き上がるが、これはメジャー全体で3位の記録だ。加えて身長178cmの今永は、167.6cmの高さからフォーシームをリリースするが、このリリースポイントはMLB平均より10cm以上も低い。今永と対戦する打者は、低い位置から投げられた分だけ、余計に体感としてのホップ成分は高くなる。
今永はメジャーに来てから、高めにフォーシームを投げる割合が増えているが、この高めへの決め球に打者のバットは空を切る。もちろん、実際には引力の影響を受けるのでボールが浮き上がることはないが、打者の感覚的には浮き上がって感じるだろう。
カブスのクレイグ・カウンセル監督は「彼のフォーシームに対して、打者はアジャストしなければならない。上から叩かないといけない感じだ」とコメントするように、現在のMLBはフライボールを狙ってアッパースイングをする打者が多いため、今永のようにストライクゾーン高めに浮き上がるようなフォーシームに苦戦している。
また、回転数とともに重要なのは回転効率だが、今永のフォーシームの回転効率は98.7%と無駄がない。ボールの回転数が高くても、回転効率が50%だと回転数の半分しか変化量に反映できないが、回転効率が100%に近い今永の場合は綺麗なバックスピンがかかっているために、ボールが引力に負けずに浮き上がるような錯覚を生じさせる。今永が繰り返し語っている「質のいい直球」を投げられるのは、この回転効率がいいからだ。
【ストライクゾーンを効率よく使う魔球フォーク】今永と対戦する打者は高めのフォーシームに気を取られていると、低めに鋭く落ちるフォークボールの餌食となってしまう。
そもそもメジャーにはスプリットを投げる投手が少なく、今季、スプリットを50球以上投げている投手は38人しかいない。スプリットを投げる投手の9割以上が右投手であり、左腕は3人だけで希少価値が高く、慣れない打者は困惑する。昨季までの10年間で、スプリットをシーズン100球以上投げたサウスポーが3投手しかいなかった事実が、その希少性を物語っている。
2ストライクと打者を追い込んだ場面で、フォーシームとスプリットを投げる割合がほぼ半々。今永のフォークはフォーシームと同じリリースポイントから放られるため、打者はフォーシームとスプリットの見極めがとても難しい。
「できるだけ広くストライクゾーンを使うことを意識している。いかに低めに投げるようなメカニズムで高めに投げて、コースを予想させないかが大事」と、今永はストライクゾーンの高低をうまく使うことの大切さを力説する。
スプリットの平均回転数は1097回転とフォーシームの半分以下であり、打者の手元で落ちる。高めに浮き上がるフォーシームも意識しなければならない打者にとって、低めに落ちるスプリットは悪夢でしかない。
球速も落ち幅も際立つものはない今永のスプリットだが、高めのフォーシームという武器と組み合わせることで、空振り率が43.4%、三振率も36.4%で三振を奪える魔球となる。
5月7日のサンディエゴ・パドレス戦では、フォーシームとスプリットの2球種が投球全体の93%を占めたが、「一番いい結果が出ると思われる球種を投げているだけ」と、2球種だけでもメジャーで通用することを証明してみせた。その一方で、「もしそれが打たれたら、もちろんいろんな引き出しは用意している」とバックアップ・プランも用意していることも明かした。
4月は月間最優秀投手賞こそ逃したものの、月間最優秀新人賞を受賞した今永は、「この1カ月をもう一回やれ、と言われたらちょっと難しい話。今はものすごく上振れした数字が並んでいるが、悪くなっても『もともとそれが普通だ』と思って、やれることを継続していきたい」と、冷静に自分が置かれている立場を振り返る。
「第一印象はすごく大事なことで、ひとつ『自分はこういう人間です』と紹介できるような賞になった。これからは結果を求められるので、それに応えられるように頑張ります」
まだ公式戦で打ち込まれた経験のない今永が、そうなった時にどんな対応策を講じるのか。日本のDeNA時代は修正能力に定評があった投手だったが、長いMLBのシーズンでどのように変化していき、修正していくのか。
開幕から約1カ月でMLBナンバーワン投手のひとりとして名前が挙がるようになった今永だが、まだその真価は発揮されていないのかもしれない。