川澄奈穂美「女性が安心して働ける社会を」 理事抜擢の理由は「私は思ったことを言っちゃうタイプ」だから
日本サッカー協会(JFA)理事
川澄奈穂美インタビュー(アルビレックス新潟レディース)後編
◆川澄奈穂美・前編>>「プロとは何か」女子サッカーに見る日本とアメリカの格差とは?
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なでしこジャパンの一員として2011年の女子ワールドカップ優勝などを経験した川澄奈穂美は、およそ9年のアメリカでのキャリアを経てアルビレックス新潟レディースに行き着いた。昨年夏に加入し、キャプテンとしてチームを引っ張っている。
アメリカで過ごした日々を振り返ると、日本との違いが記憶のなかで列を成す。女性の社会進出を促す施策が、身近なところから感じられた。
川澄奈穂美が指摘する日本のジェンダーギャップとは... photo by Sano Miki
「ジェンダーギャップ指数ランキングを見ると、日本は先進国で最下位じゃないですか。上位は北欧の国々で、アメリカもそこまで上じゃないけれど、日本に比べればジェンダー平等が進んでいると感じます。女性の社会進出というものが、言葉だけではないんですよね」
そう言って川澄は、自身が目の当たりにした光景を言葉にした。
「出産したあとも現役を続ける選手が、アメリカはすごく多いんです。ほぼ毎年と言っていいぐらいに、出産している選手がいる。ふたり目を産んだ選手もいましたし」
出産するためには、産休を取らなければならない。出産後は、育児が待っている。「そういうサポートも、アメリカはきちんと整備されています」と川澄は話す。
代表チームが女子ワールドカップと五輪で最多の優勝回数を誇り、国際試合で5万人の観客動員を記録するアメリカでは、女子サッカーのコンテンツ力が高く評価されているのだ。投資に見合った宣伝効果や収益が見込めるということで、かつて川澄がプレーしたNWSLのクラブも選手の環境や待遇をよりよいものにしていったと考えられる。
「アメリカは産休もあって、その間も給料が100パーセント保証されます。出産を経て復帰すると、チームが遠征先にベビーシッターとかシッターさん用のホテルを手配してくれる。その費用は、リーグから保証されている。それが普通ですよ、っていう感じなんです。
それだけ環境が整っていれば、出産しよう、出産後もプレーしよう、と考える選手が出てくるでしょうね。それだけやってくれるのだから、しっかりプレーしなきゃ、という責任も生まれるのでしょう。今の日本でそういう選手がいたら、リーグとして、クラブとして、どれぐらいサポートしてくれるのかな。私もそこまでは把握できていないんですけど......」
【AI化が進んで人の仕事がなくなるのはいいこと】自身のキャリアと出産や育児を、当たり前のように両立させていける社会の実現は、アスリートだけに求められるものではない。「女性が安心して働ける社会を作るには、周りのサポートは絶対に必要です」と川澄もうなずく。
「子どもが熱を出しました、という連絡が会社に入ったときに、『帰らなくて大丈夫?』と言われるのは女性ですよね。それって、男性も言われるのが当たり前になるべきだと思うんです。
公共のトイレでも、おむつを替えるシートや乳幼児用の簡易的なベッドが置いているのは、圧倒的に女性用が多い。そういうものって当事者じゃないと気づかないとか、そもそも知らないとかいうこともあるでしょうから、出産とか育児に対する認識のところから理解を広げていかなきゃいけないのかな、と思いますけどね」
川澄奈穂美はアメリカで多くを学んだと語る photo by AFLO
アメリカでインスパイアされた思考は、柔らかい発想につながる。実効的なアイデアが、どんどんと出てくる。
「AI化が進むと人の仕事がなくなる、って言うじゃないですか。それっていいことだなと、私は思うんです。今はきっと、100人が必要な場所で100人が働いている。90人でやっているところもあるかもしれなくて、それだと切羽詰まってしまう。
でも、100人でやっていた仕事を120人とか130人でやれば、全体的に余裕が生まれる。子どもが急に熱を出しても、『早く帰ってあげて』となるでしょう。産休や育休が取りやすく、育休後も子育てがしやすくなって、女性が働きやすい世の中になっていくんじゃないかと思うんです」
宮本恒靖会長のもとで動き出した日本サッカー協会(JFA)で、川澄は理事に名を連ねる。会長とはJFAのアスリート委員会で、同じ時間を過ごした。
「私は思ったことを言っちゃうタイプで、忌憚(きたん)のない意見を言っていたので(苦笑)、それが評価? されたのかどうかはわからないですけれど......。JFAの理事なので、女子サッカーだけ、WEリーグだけをよくしようとは考えていません。
女子サッカーを強くしていこうと思ってもらうためには、男子も、フットサルも、ビーチサッカーも、普及も、育成も、指導者養成も、いろんなところがうまく回転することで、女子も、もっともっとという流れになっていく。日本サッカー全体をしっかりと見て、よくなっていくためにどうするかというのは、忘れないようにしなきゃいけないなと思っています」
【最下位なのにクラブが設備に投資した理由】15人の理事で、唯一の現役選手である。「そこは自分の強みにしたいと思っています」と話し、「女子サッカーの世界でずっと生きてきて、いろいろなものを見てきているので、何か伝えられるものがあれば伝えたいですね」と続けた。
「アルビに加入する前に所属したゴッサムは、男子のニューヨーク・レッドブルズとオーナーが同じで、練習施設は男子とアカデミーと同じ敷地内にあり、2023年には女子専用の建物が作られて、ミーティングやランチができるスペースが用意されました。
それ以前もアカデミーの施設の一部を使っていて、自分たちのロッカールームやスタッフルームもありました。練習も天然芝のグラウンドでやっていました。設備に不自由はなかったんですが、クラブはさらに投資をしてくれたんです。しかも、2022年のシーズンは最下位だったにもかかわらず、です!」
川澄奈穂美はずっと日本女子サッカーを牽引してきた photo by AFLO
成績が出ていない状況で施設が充実したら──日本人の一般的な反応としては、戸惑いや申し訳なさを覚えそうだ。「私もそうでした」と、川澄はうなずいた。
「アメリカへ行く前の私は、結果を出してから要求するスタンスでした。でも、あっちへ行ってみて、プロとしてこういう環境を提供しますよ、そのなかであなたたちは日々切磋琢磨して生きてください、という場所を先に作るのは、選手の意識を変える意味でもすごく必要だと学びました。
日本にもWEリーグという場所ができていますから、あとはやっぱり、プロとしての責任と覚悟を見せていく、ということになるんだと思います」
アルビレックス新潟レディースの選手として。
プロ化以前を知る先駆者のひとりとして。
アメリカでキャリアを積んだ経験者として。
どの立場でも、揺るがない芯がある。「女子サッカーの未来のために」という思いだ。
「それしかないですね(笑)。それはやっぱり、先輩方がいろいろとつないできてくださったものがあって。自分たちが代表で優勝という結果を出せたのは2011年ですけど、その前から先輩方が築き上げてくださったものがあって、それが実ったのがあのワールドカップで。
川澄奈穂美が見据える女子サッカーの未来とは? photo by Sano Miki
先輩方がどんな思いで女子サッカーを成長させてきたのかを、もっともっといろいろな人に知ってもらいたいですし、今の代表選手にはそれを知ったうえで闘ってほしい。なでしこジャパンがビジネスクラスで移動できるようになったのは、すばらしいことだと思いますし、でも、まだそうじゃないときもあるんですよ。
男子の当たり前が女子でも当たり前になるように、今の代表選手たちにもいろんな意味で闘ってほしいですし、まだまだやるべきことはピッチ内外でたくさんあります。JFAの理事になったのも、いろいろな人と話しながら、現場の声を届けたいと思ったことが大きかったですし」
川澄の言葉に、力がこもっていく。ひとつひとつの言葉が、熱を帯びていく。
「みっともないことはできません。まずは私自身がプロ選手としての責任と覚悟を見せる、と思って、日々の練習から取り組んでいます」
日本の女子サッカーが成長を止めないために。次代の女子選手たちによりよい環境を提供するために。女子サッカーのコンテンツ力を高めていくために──。
川澄は自ら経験してきたことをアルビで実践し、周囲に伝え、ピッチでのプレーに情熱を注ぎ、JFA理事の立場でも発信をしていく。女子サッカーの先駆者のひとりにして、プロ選手としての責任と覚悟を、そうやって示していくのだ。
年齢や実績を積み重ねても、胸の奥のそのまた奥から、サッカーへの情熱が鼓動している。川澄なら周囲を優しく巻き込んで、女子サッカーの針路を定めていけるはずだ。
<了>
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【profile】
川澄奈穂美(かわすみ・なほみ)
1985年9月23日生まれ、神奈川県大和市出身。地元の林間SCレモンズ→大和シルフィールドを経て日本体育大学に進学し、卒業後の2008年にINAC神戸レオネッサに加入。2011年にはリーグMVPと得点王に輝き、2013年も2度目のMVPを受賞する。2016年にNWSLのシアトル・レインFCに完全移籍し、スカイ・ブルーFC(→NJ/NYゴッサムFC)でもプレーしたのち、2023年7月からアルビレックス新潟レディースに所属。2011年FIFA女子W杯優勝メンバー。日本代表90試合20得点。ポジション=FW。身長157cm、体重51kg。