画廊と美術館での学芸員経験をもち、現在は美術エッセイストとして活躍中の小笠原洋子さん。高齢者向けの3DK団地でひとり暮らしをしています。これから春にかけておしゃれを楽しむ人も多いのではないでしょうか? お金をかけずにおしゃれを楽しむ小笠原さんが、装いについてつづってくれました。

おしゃれはその人の内面を表すもの

みなさんは最近、おしゃれのためになにを買いましたか? 春も近づき、きっとそれを着たり持ったりしてお出かけするのを楽しみにしているかもしれませんね。

おしゃれは外側を飾るものですが、洋服や装身具に小物、髪型やお化粧など、身に着ける人の心や気分、そしてその人柄を表わす内面とも深く関係していると思います。ですから、おしゃれとはじつはその人の感性や性格にまでおよぶ内面を、周りに見せながら歩いたり会話したりしているのだと言えるでしょう。

昨今すっかり制服化している男性のスーツ姿でさえ、たまに驚くほど上手に着こなす方がいて、そんな男性を見ると、なんとなく豊かな人柄まで透視できるような気がします。もともとスーツは西洋の服装ですから、女性の洋装同様に日本人の体形に合わせるのは、歴史的にみればそうたやすいものではなかったはずです。それでも西洋人の着こなしやセンスを見習いながら、今日の背広姿が日本にも定着していったのでしょうね。

人マネから入るときに注意しておきたいこと

「マネるは学ぶ」といいます。おしゃれは、ほとんど人マネから始まるものではないでしょうか。周辺の人たちからだけでなく、雑誌やテレビの中の人。また絵画やアニメに描かれる装いをヒントにしたり、マネてみたりするものです。そんなとき注意すべきは、目に留まった部分だけに注目して、それを自分に取り入れてみるのではなく、身に着けていた人の全体像を観察してみることです。その人だから似合っているのかもしれないからです。

マネするにもその人の人柄が現れるものです。マネしても自分には似合わないなら、せっかくのおしゃれも台なし。自分の顔かたちや体形に合わせて、マネても違和感がないものを選ぶセンスを養いたいものです。

まずは、自分自身を知ることが大事ですね。たとえ人マネするにしても、それを身に着けたときの自分の全貌を想像してみてください。想像力も重要になりますよね。それでも自分には似合うと思いますか? 着こなせる自信があればOKです。いいなぁと思っても自分には似合わないと気がつけば、新しい服を買うという散財から逃れて、しめたもの。仕きり直してもっと似合うものを探してみましょう。

度を過ぎたおしゃれがNGな理由

おしゃれは度が過ぎると、見る人を驚かせても、心地よさや安心感を与えにくくなるものです。たとえば塩味のききすぎた揚げ物のようにもたれるのです。
私がそのことに気がついたのは、あるニュース番組で、いつもは清楚なスーツ姿の男性アナウンサーが、珍しく白いワイシャツでなく黒いワイシャツを着てきたときでした。ところがこの方の着こなしは、インパクトの強い黒であってもキザには見えず、この人の全体像にマッチしていたのです。この人は、こんなおしゃれができる人なんだ! と思わずその人自身を見直してしまうような好ましい印象を受けました。塩味のききすぎた揚げ物とは反対の、塩加減がほどよいフライでした。

それ以後、その人をよく観察していくと、平凡な装いのときでもズボンの太さなどバランス感覚に優れているとわかりました。スタイルや立ち姿がよいことでも得をしていますが、おそらくそれをご自身もわかっているため、表情や身のこなしも行き届いていて、しかも自然な品位が感じ取れます。ほとんどは当たり障りのないスタンダード型で、控えめな色合いのスーツ姿ですが、時々よく選び抜かれたオリジナル柄のジャケットや、ワイシャツの色とネクタイ模様の絶妙な組み合わせで、目を楽しませてくれます。

こうしたメリハリも大事ですね。それは着ているその人自身の、心や気持ちとの取り組み方のことでもあり、思いきりおしゃれを装いたい気分の日と、穏やかな気分で人と接したり自身が平穏でありたい日の装いを分けるということです。
かつては、お祭りや記念日であるハレの日と、それ以外のケの日を分けて装いを変えたように、衣服は内面と無関係ではなく、心を映し出すいちばん外側の皮膚なので、内面を上手に表現するためにも、気持ちに逆らわない装いを心がけたいと思いました。

服装は「自身のためのもの」でもある

昔の日本人の和装は、若いときと高齢になったときの着物をはっきり区分して、あえて年齢がよくわかるように装っていたようです。たとえば若い女性は胸高に絞めた帯に、華麗な柄や明るい色合いの着物。老人は帯を低めにして、地味な色柄の着物、といったふうに。

逆に西洋人は、年齢を重ねれば重ねるほど、あえて華やかな装いで老いと勝負してきたような気がします。人は首元から老けるといわれるので、大き目なネックレスなどの装身具を身に着けてきました。それは日本人と真逆でありながら、まったく同じように年齢を意識して装った結果であり、外観は内観の表現であった点で双方に違いはないのです。それを知れば知るほど、服装は人に見せるためであると同時に、自身のために存在するものだと気づかされるのではないでしょうか。

とかく無意識に着こなしている服装も、ときにはあらたまった服装…、ときにはカジュアルにふるまえる服装…と、意識して着こなしを考えていくと、よりいっそうその人の人格や表現力が現れることに結びつくでしょう。そしておしゃれの大事なポイントは、かっこよく歩くことです。姿勢を正して、ときにはモデルさんの歩き方をマネしてみては? 服装をよく見せるための特殊な歩き方ですから、ちょっとした運動にもなりますよ。

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