「滑走屋」のゲネプロに登場した高橋大輔

 2月9日、オーヴィジョンアイスアリーナ福岡。夜のとばりが落ち、アイスショー『滑走屋』のゲネプロ(通し稽古)が行なわれている。宣伝ポスターに「新感覚」と銘打たれていたが、まさに先入観を打ち破る作品だった。

【常識をくつがえすパイオニア】

 14分間5曲のオープニング、冒頭から破天荒である。

 青や赤やオレンジのライトが混ざり合い、リンクは幻想的な世界に。全員のスケーターが真っ黒な衣装に身を包んで、鍛えた体をしなやかに弾ませ、ひとつに集まっては飛び散るように跳ね上がる。鼓動で脈を打つような音に合わせ、ひとつひとつの細胞が激しくうごめくようで、それぞれが重なり合って生命力を漲らせた。

 そこから約75分間、怒涛の疾走劇だった。

「(ゲネプロでは)まだまだ課題はあるんですが、大人数で滑るのにこだわってつくりました。スケートのスピード感、力強さ、曲の展開。そこを軸に置いて75分間、面白いものができあがってきたなって思います」

 今回のショーをプロデュースした高橋大輔は言う。フィギュアスケート界のパイオニアである彼らしい。再び常識をくつがえし、新たな世界の扉を開いたのだーー。

【フィギュアスケートは「独特なスポーツ」】

 高橋はシングルスケーターとして、日本の男子フィギュアスケート界の新時代をつくっている。五輪でのメダル、グランプリ(GP)ファイナル、世界選手権の優勝と、アジアですべて初の快挙を成し遂げた。

 引退から4年後、歓喜の現役復帰で全日本選手権2位。何歳でも現役であり続けられる姿を示し、固定概念を打ちこわした。さらにアイスダンスへ転向。村元哉中とのカップルで3シーズン目に全日本を優勝し、世界選手権でもトップ10に迫る11位に輝いた。

 現役時代、彼は氷上であらゆる壁を取っ払ってきた。引退後も表現者として新たな試みに挑む。『滑走屋』はそのひとつだ。

「僕自身、アイスショーとかエンタメ作品に出させてもらってきたんですが、フィギュアスケートは現役でありながら、アスリートとしてショーにも出られる独特なスポーツだと思うんです。でも、これからの氷上でのエンタメを続けるには、新しい形をつくっていかないといけない。なぜなら、エンタメは進化し続けているので。スケーターも変化を求めていく必要があるでしょう」

 高橋は、そう言って先駆者の使命感をにじませた。現状維持は衰退を意味する。そこで新基軸を打ち出すため、劇団四季などミュージカル、ダンス、舞台で振付師や演出家で活動する鈴木ゆまとタッグを組んだ。

「ゆまさんに陸での振り付けをお願いしたのは、舞台を見させてもらって、構造や体の使い方に感動して。これを氷の上で見せられたら面白いなって思いました。ダンスの世界は大人数で合わせてバシッとそろえられるんですが、スケートでこれを感じたいなって。

 スケーターはカウントをとるのが難しいところはあるんですが、カウントでとる音楽の先にある音楽の発見がありました。僕もとれていないので、めちゃくちゃ言われるんですが(笑)。みんなも表現のところを持ち帰ってくれたら、踊るテクニック、魅せる表現が上がるんじゃないかって思っています」

【スケーターの選択肢を広げたい】

 特筆すべきは、高橋が『滑走屋』にショー未経験の若手スケーターたちを多く招き入れている点だろう。チャンスを与え、新たな可能性を広げた。

「競技では4回転ジャンプとかが目立つと思うんですが、たとえジャンプが跳べなくても、フィギュアは感動できるところがたくさんあって。若いスケーターが今回の経験を経て、ジャンプだけが魅せることじゃないって思ってもらえるのが大事で。細かい立ち位置、振り付けのカウントやニュアンスを突き詰めて、(足や腕の)ひと振りにもこんな意味があると感じてもらえたらいいなって思っています。僕たちも今のままではダメで、新しい挑戦を感じてもらえたらって」

 つくづく、高橋のパイオニアとしての熱量は並外れている。若いスケーターたちを巻き込み、フィギュアスケートの明日をつくる。

「スケーターとしてタレントはあるのに、成績を残せなかった時、就職か、引退か、になって。(演技を)披露する場があったら、そっちを目指す選択肢もあるかも知れない。このチームに入りたい、とスケートを続ける可能性も広げるはずで」

 高橋はソロのトリ、『Flame to the Moth』を激しく踊ったが、ゲネプロではアクセルも跳ばず、途中、荒い息遣いで苦しそうに中断した。

「自分のナンバーは、今日は抜いた部分もありました。自分以外の滑走に関する振り付けにけっこう時間を割いてきたので、ソロナンバーには割けていなくて(苦笑)。今日、ご覧になった方には伝わらなかったかも知れませんが、初日(2月10日)から全力で、9公演で最高の出来になるように!」

 高橋は人懐こい笑顔で言った。現役時代から本番に強い。観客の熱で、すべてのピースがそろう。

『滑走屋』は2月10、11、12日(1日3公演)、合計9公演が行なわれる予定だ。