●2024年のIntel ChipsetとAMD Chipset

2024年の幕開けに、パーソナルコンピュータのハードウェア技術の動向を占う毎年恒例の特集記事「PCテクノロジートレンド」をお届けする。最後となる本稿はChipset&NPU編だ。

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今年はChipsetに関しては余り大きな動きが無い。一応第4四半期にはIntelはIntel 800シリーズをリリースする予定だし、AMDもAMD 700シリーズを投入すると噂されているが、Intel 800シリーズは兎も角AMD 700シリーズはガセの公算が結構高いように思う。

で、チップセットだけでは何なので、ついでにNPUに関する話もここでまとめてご紹介したいと思う。

○2024年のIntel Chipset

IntelはRaptor Lake Refreshでは結局新チップセットを投入しなかった訳で、なので現在はIntel 600シリーズとIntel 700シリーズが混在して市場に出ている格好になる。スペックも殆ど変わらないため、例えばAmazonでASUSのPrime Z690-Aは\45,000、Prime Z790-Aは\47,027(どちらも1/3における価格)と値段的にも大差ない。これは売る側も苦労していそうだ。

さてそんなIntelのチップセットだが、Arrow Lake-Sの投入にあわせて新しいプラットフォーム(Intel CPUのところでも出て来たLGA1851)に変わる関係で、新チップセットであるIntel 800シリーズが導入される。

このIntel 800シリーズであるが、既存のIntel 700シリーズ(Photo01)との違いは

PCIeレーンが最大34本(700シリーズは最大28本)出る。

Wi-Fi 7及びBT 5.3を統合(700シリーズはWi-Fi 6E/BT 5.2)。

程度になりそうだ。統合されるEthernetは依然1Gbpsで、2.5/5/10GbEはオプション扱いになる模様だ。USBに関してはひょっとすると増えるかもしれないが、現状明確な情報がない。またRapid Storage TechnologyはVersion 20にあがるかもしれない。

Photo01: Intel 700シリーズのブロックダイアグラム。

ちなみにこれはIntel 800シリーズチップセット側の話だが、CPU側で言えば

DDR5は最大6400MT/secまで。DDR4のサポートは恐らく廃止

20×PCI Express 5.0+6×PCI Express 4.0の合計26レーンがCPU側から出る

といった事になる。DMIについては情報がまだないのだが、下で述べる理由で恐らくDMI 4.0x8のままと考えられる。

このIntel 800シリーズ、恐らく2024年中に登場するのはハイエンド向けのZ890のみで、これはK SKU(つまり倍率アンロック)に対応したシリーズ。恐らくArrow Lake-Sと同じく、今年第4四半期あたりに投入されることになる。2025年に入るとメインストリーム向けのB860とエントリ向けのH810、ワークステーション向けのW880とエンタープライズ向けのQ870といったラインナップが追加されることになると思われる。ここで言うワークステーション向けとは、Arrow LakeベースのXeon向けに対応したSKUである。

ところでこのままだと間に合わない製品が一つだけある。それは、Intel CPUの所で触れた「特定用途」向けのMeteor Lake-PSである。こちらは恐らく今年前半中に市場投入されるが、LGA1851なので本来はIntel 800シリーズでサポートすべき製品である。が、今年前半には間に合わないし、そもそもNUC的な用途だからZ890はOverkillである。なので恐らくここにはH770ないしB760が組み合わされる形で提供されるか、ひょっとするとMobile向けのHM670を使うかもしれない。ここから、LGA1851であってもCPUとのI/Fは引き続きDMI 4.0x8のままで無いと都合が悪い事が判る。実際のところ、パッケージの形状はLGA1700と異なるから互換性は無いが、電気的あるいはプロトコル的には別にIntel 600/700シリーズのままでもさして困らないのであって、ひょっとするとArrow Lake-SベースのCPUが投入する時には、変態製品で定評のある某メーカーからIntel 700チップセットベースのLGA1851マザーボードとかが登場しても不思議ではない。

○2024年のAMD Chipset

AMDに関しては、次のZen 5ベースもAM5で行く事が既に明らかにされており、しかもPCI Express 5.0の対応やDDR5の対応も済んでいるので、原則としてチップセットを刷新する明示的な理由はない。勿論これはチップセットレベルの話であって、マザーボードレベルで言えばDDR5-6400がちゃんと動作するか? という話もあるので、あるいは中には交換が必要なケースも出てくるかもしれないが、全体としてみればAM5 MotherboardのReference Designに準拠した作り方になっていればこういう問題は出ない筈なので、殆どのケースでは既存のAMD 600シリーズチップセットでそのままRyzen 8000シリーズを利用できる筈である。

ただこれはマザーボードベンダーにとっては、新製品を投入する機会を失うという意味でもあり、そのあたりも勘案してAMD 700シリーズチップセットが投入される、という噂は根強い。差別化要因はUSB 4.0のサポートとなる。そもそもAMD 600シリーズチップセットの製造は台湾ASMediaに委託しており、ベースとなるB650Eから5製品を作り出すというマジック(笑)を行っているわけだが、そのASMediaはASM4242というUSB 4.0のHost Controllerを既に提供している。で、B650EにこのASM4242を統合したものをB750Eとして提供、これをさらにベースとして

B750 : B750EからPCIe 5.0のサポートを削除。

X770E : B750Eを2つつないだハイエンド構成。

X770 : B750を2つつないだハイエンド構成(ただしPCIe 5.0のサポートは無し)。

A720 : B750から2×8 PCIe x16のサポートと倍率アンロックのサポートを排除。恐らくUSB 4.0も未サポート(ただしA620で省かれたSuperSpeed USB 20Gbpsのサポートを復活)

といった形で製品展開を行うという話である。

筆者の個人的な見解で言えば、可能性は半々だと思っている。USB 4.0のHost Controllerを統合すると、確かに差別化にはなるだろうがコストが上がるから、ハイエンド向けは兎も角メインストリーム向けにはちょっと考えにくい。あるいはAMD 600シリーズは引き続き提供しつつ、ハイエンドとなるX770Eだけみたいな形で製品投入がなされるかもしれないが、どちらかというとX670E(つまりB650E×2)とASM4242を組み合わせた3チップ構成のものを、X770Eと称して投入するという方が可能性として高そうな気がする。

何にせよこの辺はまだAMDも一切見解を示していない。COMPUTEX辺りになれば、マザーボードメーカーからこの辺の情報が流れてくるかもしれない。

●2024年のIntel NPUとAMD NPU

○2024年のIntel NPU

Meteor Lake世代ではMyriad XをDual構成にしたものがNPUとして搭載される、という話はこちらの記事でご紹介した通りであり、Arrow Lake世代もこれを引き継ぐことになる。Meteor LakeベースのCore Ultraの場合は動作周波数が1.4GHzと発表されており、性能は11TOPSとなっている。このNPUは第3世代という扱いであるが第2世代、つまりDiscrete製品で投入されていたMyriad X VPUは4TOPS以上という説明だったから、ユニットを倍増した他に動作周波数の向上(Myriad Xは933MHz駆動)やActivation専用ユニットの搭載、効率の向上などによりさらに性能を引き上げた格好である。

ではArrow Lake世代は? という話であるが、昨年10月に開催されたIntel Innovation 2023の基調講演で、Acerが披露したLunar Lake搭載の試作ノート上でRiffusion及びStable Diffusionをローカルで実行するデモが行われている(Photo02)。この際の説明が"Gen 3 NPU"だったので、基本的にはMeteor Lakeの延長というか、大きくは変わっていないと考えられる。ただ動作周波数がもう少し上がっているという事は考えられるが、Meteor Lake世代で11TOPSだからこれが20TOPSになったり、という事はちょっと考えにくい。

Photo02: ここでは"NASA Apollo 11, moon landing,...."だが、他にも何枚かの画像をローカルで生成してみせた。

もっともArrow Lake-Sの場合、そもそもNPUはどこに入るんだ? という話がある。Meteor LakeはSoC Tile上に実装されていた訳だが、Arrow Lakeでは別にPCHが搭載されるからそもそもSoC Tileの機能の半分くらいが不要になる。Meteor LakeのSoC Tileの構造はこちらで、これをArrow Lakeも引き継ぐのは間違いない。ただし、Arrow Lake-Sはこのブロックで言う上半分、NOCに繋がった所だけが有効化され、IO Fabricにぶら下がった周辺回路は全て無効化され、代わりにIO Fabric経由で繋がったIO Tileの先にDMIが用意され、その先にPCHがつながる格好になると思われる(Photo03)。こういう状況であれば、SoC Tileの動作周波数を全体的に引き上げるのは難しくないだろうし、そうなるとNPUの方ももう少し動作周波数を引き上げて15TOPS位を狙うのは難しくない様に思われる(20TOPSまで引き上げるのはやはり厳しいだろう。勿論NPUを3 Engine構成とかに出来れば実現可能だが、その公算は低いと判断している)。

Photo03: というかIO Fabricそのものが廃され、直接IOCからIO Tileに繋がるかもしれないが。

Intel NPUの問題は、性能云々より前にソフトウェア側の問題である。とにかくOpenVINOが安定しないのが最大の問題で、Release毎に動いたり動かなかったり、という話は結構流れてくる(なんとなくIntel Arcのドライバが安定しない事を連想させる)。Release 2023からはAPI 2.0も導入されているが、これが既存のMyriad Xの開発者に不評、という話は何度か耳にした(まぁArrow Lake世代でこうした既存の開発者がどの程度対応を予定しているのか? というのはまた別の問題ではあるのだが)。現時点での最新リリースである2023.0.2のリリースノートを見ても、Release 2024.0で削除される機能の一覧とかが結構並んでいて、大変そうである。まずこれを安定化させるのが先という気もする。

○2024年のAMD NPU

こちらもRyzen AIという名称でまずRyzen 7040シリーズで10TOPSのXDNAエンジンが搭載、Ryzen 8040シリーズで動作周波数を1.6倍にして16TOPSの性能を実現した訳であるが、これに続きStrix PointではXDNA 2が搭載されることが予告されている。このXDNAは、元はXilinxのVersal AI Edgeに搭載されていたAI Engine-MLである。オリジナルはVersal AI Coreに搭載されていたAI Engineで、これはこちらの記事で説明したようにVLIWベースのPE(Processing Element)を2D配置にした仕組みである。AI Engine-MLではこれにINT 4やBF16の対応を追加することで、特にInference性能を大幅に引き上げている。

既にVersal AI Edgeの世代でINT 8で7〜228TOPS、INT 4ならその倍近い性能を持つ訳で、例えば元々のRyzen 7040シリーズにはVE2102と同じ構成(AI Engine-MLが12個)のものが搭載され、Ryzen 8040はハードウェア構成を変えずに動作周波数だけ引き上げたものと考えられる。ではStrix Pointは? というと、従来比3倍という話なので、恐らくはVE2202と同じくAI Engine-MLが24個搭載され、それをRyzen 8040と同じく1.6倍位の動作周波数で動かすことで3.2倍というあたりかと思われる。ただひょっとすると、FP8とかINT 1のサポートも追加され、同じ構成でピーク性能は2倍(FP8)〜4倍(INT1)というあたりなのかもしれない。

ちょっと気になるのは、このXDNA EngineがDesktopの場合どこに搭載されるか、である。Ryzen 7040の場合はMonolithicだったのでGPUとかに並んで搭載されていた(Photo04)訳だが、Desktop向けのRyzenでは恐らくIoDになるのだろう。という事は製造プロセスはTSMC N6と思われるし、そんなに大規模なエリアサイズは取れないだろう(GPUもあるのだし)。となると、Desktop向けのRyzen 8000シリーズに搭載のNPUもStrix Point同様のXDNA2のままで、性能的も同程度(30TOPS前後?)に落ち着くかもしれない。

Photo04: Hot Chips 2023のスライドより。

ちなみにソフトが問題なのはAMDも一緒であるが、幸か不幸かZenDNNなどの旧来のフレームワークを使っている開発者は非常に少ない。同社はもうONNX Runtimeを前面に押し出し、アプリケーション開発者はONNXを使う様にすればいいという形で互換性をアピールしている分、OpenVINOを抱えるIntelより状況はマシかもしれない。