国内616店、海外103店(2023年9月末時点)を構え、積極的な出店を進めている(撮影:尾形文繁)

34期連続で増収増益――。

ディスカウント大手のドン・キホーテ(ドンキ)などを運営するパン・パシフィック・インターナショナルホールディングス(PPIH)の業績拡大が続いている。今2024年6月期の売上高は2兆円の大台に乗る見通しだ。時価総額はすでに2兆円を突破し、国内流通業界では、3位イオン(約2兆7000億円)の背中も見えてきた。

“2兆円企業”の先に描く成長戦略とは。2019年から舵取りをする吉田直樹社長に、ドンキの今とこれからについて聞いた。

値上げと同時のPB刷新が効いた

――売上高2兆円突破が間近です。コロナ前後でも変わらず、成長が続いている背景を教えてください。

物価が上がる中、小売業としてはより安く売る方法を考えるのが当然だ。しかし、それを考える意味がなくなるほど全部が値上がりするフェーズになった。だから一番初めに決めたのが、ためらわず売価へ転嫁することだった。

僕らは値上げと同じタイミングで、2021年にPB(プライベートブランド)の「情熱価格」をリニューアルし、OEM(委託生産による独自商品)も増やしてお客様に選択肢を示した。この価格戦略が結果的によかった。PBは価格だけでなく、ちょっと面白いものなど消費者の本質的な買い物心理にチャレンジした。


――世間が値上げラッシュの中、PBの大幅刷新で新鮮味を打ち出せたということですか。

そこは大きい。PB展開は他社よりも1周遅れで、2020年時点で「情熱価格」を認識している人は20%台だった。それが2023年秋には70%近くまで上昇した。

――PBが増えることで、ドンキの特徴の1つであるバラエティ感が薄れるリスクはないですか?

対外的には売上高PB比率25%を目標にしている。僕たちはPBのあり方を、まったく毛色の違うものにしようとしている。

たとえばアメリカの食品スーパー「トレーダー・ジョーズ」はPBが9割以上を占めるが、店内には統一感があって無機質になっていない。


吉田直樹(よしだ・なおき)/1964年大阪市生まれ。1988年に国際基督教大学教養学部卒業。マッキンゼー・アンド・カンパニーやT・ZONEホールディングス社長などを経て2007年に入社し、海外事業本部長に就任。2013年に専務取締役、2018年に代表取締役専務兼 CAO(最高管理責任者)を経て、2019年9月より現職(撮影:尾形文繁)

2021年のPBリニューアルに向けて、僕は4つを重視するよう伝えた。1つ目はブランディングで、知られていないことを前提に価値を高める。2つ目は一目でドンキとわかる面白い商品、そして3つ目が統一感のあるようなデザイン。4つ目がリーズナブルな価格だ。

今はこれら全部を達成し、それ以上のことをやってくれている。必ずしも25%にこだわる必要はないが、50%にはならない。たとえば洗剤が典型的だが、特定のブランドに対する信頼が高い商材もある。そこに僕たちが入るのは違うと社内では決めている。

コロナ前後で訪日客需要も変わった

――PBが国内顧客向けならば、海外顧客のインバウンド需要も好調です。

外国人観光客は、日本の都市で行くべきところをネットで調べる。夜営業で色々なものを売っている場所として(色々なサイトで)紹介されている。ドンキなら夕食後でも気軽に買い物を楽しめる。

コロナ後も中国人観光客は戻らず、インバウンドの回復は限定的という論調が多い中で、変化対応もできた。コロナ前と後で売れるものが変わり、月によってはアメリカ人観光客の売上高比率が7%ぐらいになっている。

――2024年の春節商戦に向けて、何か準備をしていますか?

もちろん中国のお客様は、大ウェルカムだ。一方で以前のような爆買いはないだろう。ドンキに来ることを楽しんでいただけるよう準備はしており、庶民的な楽しみとして来ていただきたい。

――2019年に買収した総合スーパーのユニーは、ドンキ流改革の効果で収益改善が続いています。次は、そごう・西武の買収などで百貨店参入でしょうか。

まず、僕たちはコスト意識がすごく強い。「かっこいい店を作るな」というのが社内での戒めの1つで、全員がそう言われて育ってきている。


2019年に買収した総合スーパーのユニーは、売り場改革やコスト圧縮により収益が改善した(編集部撮影)

百貨店は床面積が大きすぎるし、テナントを入れるビジネスモデルだ。それに百貨店は、一番大きな商圏を対象にしている。

もともとドンキは小商圏で(2007年買収の)長崎屋やMEGAドン・キホーテ、ユニーが中商圏。だから大きな商圏をやるという議論は社内でもないし、誰も興味がないようだ。

――そごう・西武を買収したファンドが、売りに来るかもしれません。

そうですね。それでも、やはり安くなっているかがすごく大事になる。

国内シェアはまだまだ伸ばせる

――日本は600店舗体制です。あとどのぐらい出店余地がありますか。

まだまだだ。いす取りゲームというかマーケットシェアが重要で、最近になって前提条件を大きく変えた。インフレが始まる前は、国内の小売市場規模が今の120兆円から、2050年に100兆円を割ると見ていた。ところがインフレで120兆円を維持できるかもしれない。

僕たちは国内シェアが1.3%くらいだが、2%にはできると思っている。2つの方法があり、既存店は追加コストを大きくかけずに対応できる。新規出店では、もう少し小商圏でトライしてみるなど色々と考えている。

他社が厳しくなってくると、インフレ下でも出店コスト自体はそこまで上がらない。具体的な出店数やエリアについては言えないが、そうした思考で市場を見ている。僕たちはPBに限らず、まだまだ1周遅れ。一定期間は出店を含めて楽観的に考えている。

――多くの小売企業では、創業者からの世代交代も課題となっています。PPIHはどうでしょうか?

僕たちも、お客様により近い次の世代にバトンタッチできるかが大きな差になると思っている。

そういう意味では、うちの安田(隆夫・創業会長兼最高顧問)は誰よりも若い感性を持っている。対外的には少し怖い感じがするかもしれないが、社内のみんなは「一番現場の見方をしてくれる人」と思っている。

4時間の「ティーパーティー」

――安田氏は「経営の権限委譲」を理由に、2015年に代表取締役会長兼CEOから退いています。

僕からお願いして、(2019年に非常勤取締役として)復帰してもらった。今は若手の人と過ごす時間がいちばん多く、(若手社員との交流の場を)本人の言葉では「ティーパーティー」と呼んでいる。僕が「会長に似合わないですね」と言ったら、「ひがんでいるのか?」と怒っていたが(笑)。

ティーパーティーではオンラインや役員会議室を使って社員を集め、資料を使ってプレゼンをするのではなく、自分が最近思っていることを何でも話すという構成になっている。


PPIH創業者の安田氏。29歳のときに開業した雑貨店「泥棒市場」がドンキの原点だ。写真は2015年(撮影:梅谷秀司)

――そこでドンキ流のDNA、フィロソフィーを伝授していると。

(安田会長は)若い人が大好きで、優秀な人に1人でも多く会いたい。役員になるとほめられなくなるが、その前の世代の社員たちはすごくほめている。本当に変わり続けている人で、社内で圧倒的に人気がある。

ティーパーティーだけで4時間も、社員入れ替わりでやっているから、役員含めて誰も安田会長の時間が取れない状態だ。

人の顔と名前も覚えていて、役員が知らない店舗のスタッフも、安田会長だけがわかっている。小売業だから(販売や店舗などに関する)レポートが多いが、社内で全部のレポートを読んでいるのは会長だけだ。

――吉田さんは2019年9月の社長就任から、PPIHの変化をどう見ていますか?

就任直後、いちばん記憶に強く残っているのが「9月からのキャンペーン、本当にやっていいですか?」と営業担当が聞きに来たことだった。思わず、「なんで聞くの?」と言ってしまったほど。

――それまではトップダウン経営だった。

あるレベルを超えると、現場への権限委譲が一時的になくなるのが、うちの会社だった。そこは今、みんな連携しながらやれるようになっている。「これ、やっていいですか?」と聞きに来ると、それを判断するのが数人だったが、今はそうとう増えている。

心に刺さったコスモスの営業

海外を含めると700店舗以上あり、僕たちの仲間は国内外に9万人いて、全部の店を行く人もいない。


社長就任から4年が経ち、若い経営メンバーの成長に手応えを感じているという(撮影:尾形文繁)

僕が入社した時に驚いたのは、「これは、この人にやらせたほうがいい」などとお互いをよく知っていたことだ。会社が大きくなって不可能になったことは多い一方で、たとえばテレビCMについて僕が意見を言おうとしたら「吉田さん、今日は決裁をとりに来たのではなく、情報共有です」と(笑)。

過去4年で営業、商品などの担当役員が育ってくれた。とくに40代を中心とする若い経営メンバーの成長をすごく感じている。

僕は営業出身じゃないし、全部を決めることは難しい。ディスカッションしながら、互いに切磋琢磨できている。「やっぱり会長や社長に言っておいたほうがいいかな」とならず、担当者たちが進めてくれるようになったのは大きな変化だ。

――ライバル、あるいはロールモデルと意識する会社はどこですか?

やはりディスカウンターだ。具体的にはコスモス薬品がすばらしくて、彼らも僕らのことをよく研究されている。この間、コスモスにドリンク剤を買いに行ったら、若い店員さんがチラシを出して「これ、すごくマズいけど効くんです。今売れています」と営業をかけてきた。そんな言われ方をすると刺さるし驚く。

基本的に現金しか使えないロピアも大好き。オーケーは社内にもファンが多い。彼らのシンプルな店作りはドンキと対極だけど、すごく伝わるものがある。

(前田 佳子 : 東洋経済 記者)