石川・能登半島地震で高台にある避難所に向かう住人たち(写真:共同通信イメージリンク)

能登半島地震の被害が甚大だ。石川県によると、1月5日現在、92人の死亡が確認されている。

そしてこれから先、被災した方々が気を付けなければいけない問題がある。それは、災害発生後、数日から数カ月が経過した後に起こる健康問題で、それによって亡くなる人もいる。これを「災害関連死」と呼ぶ。

直接的な死亡よりも多い関連死

高齢化が進んだわが国で、災害関連死は災害による直接的な死亡よりはるかに多いことがわかっている。

建物の倒壊や火災による死亡は災害との因果関係が明白で、また災害発生直後に生じるため、メディアも大きく報じやすい。国民の認知度も高く、それなりの対応がとられている。ところが、関連死については実態が十分に周知されているとは言いがたい。

筆者は、2011年3月の東日本大震災、2016年4月の熊本地震の被災者支援に携わった。本稿ではそのときの経験をご紹介したい。今回の震災対応の参考になれば幸いである。

災害関連で起こる健康被害で知られているのは、深部静脈血栓症(deep vein thrombosis:DVT)、いわゆるエコノミークラス症候群だろう。これは長時間、同じ姿勢を取り続けていることで、主に下肢の静脈の血流が停滞し、血栓(血の固まり)が生じる状態をいう。

最初の報告は1954年。アメリカのピーター・ベント・ブリガム病院のジョン・ホーマンズ医師が、『ニューイングランド医学誌』に発表した。

第2次世界大戦後、戦勝国を中心に民間航空が大きく発展した。1950年代にはエコノミークラスが導入され、富裕層以外も海外旅行を享受できるようになった。

エコノミークラスの乗客は、長時間にわたり狭い座席で同じ姿勢を強いられる。当時、エコノミークラスの乗客に深部静脈血栓症がよく起こったため、エコノミークラス症候群と呼ばれるようになった。

深部静脈血栓症は深刻な疾患だ。なぜなら血流に乗った血栓が肺の血管を詰まらせるからだ。これを肺塞栓と呼ぶ。肺塞栓では肺の一部に血液が届かなくなり、肺組織が壊死(えし)すると同時に、残された健常な肺組織に過剰な血液が入り込む結果、呼吸や血流が悪化して、 死に至ることさえある。

エコノミークラス症候群の予防法

健康な乗客でも突然死の原因となることから、世界中で対処法について研究が進んだ。現在、標準的な予防策とされているのは、定期的に足を動かすこと、水分補給、圧迫(弾性)ストッキングの着用などだ。


さらに、家族歴(家族に深部静脈血栓症の人がいるか)などの遺伝的な素因がある人や肥満の人、喫煙者、がん患者、経口避妊薬(ピル)服用者といった深部静脈血栓症になりやすい人たちには、血液を固まりにくくする低分子ヘパリンなどの抗凝固剤やアスピリンなどの血小板凝集抑制剤が用いられることもある。ただ、このような薬は逆に出血のリスクが生じるため、使用にあたっては注意が必要だ。

避難所や車中などで長時間にわたって同じ姿勢を取らざるを得ない被災者も、この病気に気を付けなければならない。特に、災害直後は水分の補給が不十分なことが多く、脱水になりやすいため、深部静脈血栓症のリスクが高まる。

実は、この問題の研究をリードしてきたのは日本だ。2006年には東北大学を中心とした研究チームが「大地震のあとの地域医療:エコノミークラス症候群」という論文をアメリカの『Disaster Management & Response』誌に発表、疾患概念を提唱している。2004年に発生した新潟県中越地震での経験に基づく議論の結果だ。

被災者の深部静脈血栓症に関する研究が進んだのは、2011年の東日本大震災以降だ。2012年には宮城県の石巻赤十字病院の研究チームが、『The Tohoku Journal of Experimental Medicine(TJEM)』に8630人の東日本大震災の避難者を対象とした調査結果を発表した。

深部静脈血栓症の頻度は10%弱

この報告では、701人が超音波検査を受けたところ、190人に深部静脈血栓症が確認されたという。これを受け、彼らは頻度を2.2%と推定した。

ただ、本研究では一部の被災者しか検査を受けていない。筆者は2.2%という数値は氷山の一角である可能性が高いと考える。

事実、旭川医科大学を中心とした研究チームは昨年9月、『Annals of Vascular Diseases』にこんな研究結果を発表している。北海道胆振東部地震で避難した195人に超音波検査を行ったところ、19人に血栓を確認したというのだ。深部静脈血栓症の頻度は9.7%になる。

現在、世界各国で被災者を対象とした深部静脈血栓症の研究が進んでいる。昨年2月、イランの研究チームが、これまでに発表された267の論文を調べ、そのうち詳細な解析が可能と判断した12の論文の結果をまとめた研究(メタ解析)をイギリスの『Disaster Medicine and Public Health Preparedness』誌に発表した。

この研究での深部静脈血栓症の頻度は9.1%だった。旭川医大の研究結果に相当する結果だ。看過できない数字である。

ただ幸いにも、前述したように深部静脈血栓症の予防法は確立している。まずやるべきは、被災者に深部静脈血栓症対策の重要性を伝えることだろう。これはメディアの役割だが、残念ながら十分ではない。

筆者は新聞データベースの「日経テレコン」を用いて、能登半島地震が発生した元日から1月4日までに、全国紙5紙に掲載された「エコノミークラス症候群」という単語を含む記事を調べたところ、わずか5つしかなかった。「血栓」を含む記事も4つだった。

もちろん、メディアにも同情の余地はある。行方不明者の捜索や被災の現状を伝えるのに手一杯で、深部静脈血栓症対策に言及する余裕がないのだろう。ただ、これではいけない。救える命を失ってしまう。メディア関係者の奮起に期待したい。

避難者で注意すべきことは、これだけではない。肺炎対策、特に誤嚥性肺炎対策も重要だ。これについても、わが国を中心に研究が進んでいる。

2017年10月、福島県の相馬中央病院の森田知宏医師らの研究チームが、イギリスの『Journal of Epidemiology and Community Health』誌に発表した研究がある。彼らは東日本大震災で被害を受けた福島県相馬市と南相馬市の人口動態統計と住民登録を用いて、震災前後の死亡率を推定した。

その結果、2011年3月の死亡率は、震災前の4年間の同月と比較し、男性で2.64倍、女性で2.46倍上昇していた。この分析では、津波による死亡や建物の倒壊による死亡など、地震による直接死を除外している。

災害時は誤嚥性肺炎にも注意が必要

なぜ、この時期に多くの人が亡くなっていたのだろうか。この論文によれば、死因の多くが誤嚥性肺炎であったという。

実は、まったく同じ現象が熊本地震でも確認されている。2016年5月11日、熊本赤十字病院の医師らは、震災後、肺炎患者の入院が前年比で約2倍に増えたことを発表している。

震災後、高齢者の誤嚥性肺炎が増えるのは、口腔ケアが不十分になるからだ。高齢者は無意識のうちに食物残渣(食べかす)を誤嚥し、ときに肺炎を起こすが、これは歯磨きなどの口腔ケア(下のイラスト参照)をすることで予防できる。


厚生労働省「災害時のお口(くち)のお手入れについて」より

震災後は介護者や看護師の手が回らず、肺炎が増加したと考えられる。それなら、口腔ケアの優先順位を上げればいい。

どうすれば、大災害から貴重な命を救えるか。社会で過去の経験を共有し、虚心坦懐に学ぶしかない。東日本大震災や熊本大震災で起こったことが能登半島地震でも起こらないとは限らない。本稿がお役に立てれば幸いである。

(上 昌広 : 医療ガバナンス研究所理事長)