非営利の慈善団体・GiveDirectlyは2016年からケニアで、数万人が参加する世界最大規模のベーシックインカムの実験を行っています。マサチューセッツ工科大学の経済学者であるタヴニート・スリ氏と同じく経済学者で2019年にノーベル経済学賞を受賞したアビジット・バナジー氏がこの実験の内容から、ベーシックインカムをどのような形で行うのがよいかという知見を明らかにしています。

GiveDirectly - Send money directly to people in need.

https://www.givedirectly.org/



The first results from the world’s biggest basic income experiment in Kenya are in - Vox

https://www.vox.com/future-perfect/2023/12/1/23981194/givedirectly-basic-income-experiment-abhijit-banerjee-tavneet-suri



GiveDirectlyはケニア南西部にある小さな村のすべての大人に対して、2016年から2028年までの12年間、毎月2280シリング(約2200円)を支給するベーシックインカムを行っています。受給者は約6000人で、このほかにも「一括で約7万円を受け取る」や「2年間で合計約7万円を受け取る」という異なる給付方法でベーシックインカムを受け取っている人が数万人います。

スリ氏とバナジー氏は、ベーシックインカムの受給者を、12年にわたって受け取る長期受給グループ、2年で受け取る短期受給グループ、1回で全額受け取る一括受給グループに分類して、それぞれの受給者のその後を調べました。

すると、一括受給グループの人がもっとも多く事業を立ち上げ、多くの額を教育に費やすことで、大きな効果を上げたことがわかりました。短期受給グループで見られた効果は、その半分だったとのこと。

長期受給グループは、一括受給グループに近い結果を出していました。スリ氏とバナジー氏が調べると、長期受給グループのメンバーは、共通基金に定期的に少額を払い、必要なときに大金を引き出せる、循環型貯蓄信用組合(ROSCA)を作って利用していたことが明らかになりました。



友人10人とともにROSCAを作ったというエドワイン・オドンゴ・アニャンゴさんもその1人で、投資に向けてお金を積み立てていたとのこと。アニャンゴさんは「毎月給付も悪くないですが、一括給付の方がいいと思います。その方が、大きなプロジェクトを一気に実行することができます」と意見を述べています。

アニャンゴさんの言うとおり、事業を行うにあたっては大金が必要となるため、一括給付の方が利便性が高いのですが、一方でベーシックインカムを毎月受け取っていた人は、一括で受け取っていた人に比べて概して幸福度が高く、精神的な健康状態がよかったこともわかりました。特に、長期受給グループの場合は「給付が12年続く」という精神衛生上のメリットが大きかったとのこと。スリ氏は「一括で給付を受けたグループは『何かに投資しなければ』ということがストレスになったかもしれない」と推測しています。

なお、ベーシックインカムの議論では「お金を給付すると仕事の意欲が削がれるのではないか」「アルコールなどの購入に充てられるだけなのではないか」といった懐疑的な意見が出ますが、少なくともケニアの場合には、そういった事例はみられなかったとのこと。多くの場合、賃金を得るために働いていた人たちが、労働する代わりに起業したことで、賃金労働を巡る競争が減って、村全体として得られる賃金が上昇したとのことです。

ここまでの成果を踏まえて、ニュースサイトのVoxは、もしベーシックインカムを導入するのであれば、理想的には「どのようにお金を稼ぎたいか」を聞いて行うべきで、短期で大金を受け取るのか、長期で少額を受け取るのか、選択肢を与えるべきだと提案しています。