15日、パリ五輪のマラソン男子代表の出場権をかけたMGCが行なわれる。

 男子の出走メンバーは全61名で、今回は上位2名がパリ五輪出場の内定を得ることになる。残り1枠はMGCファイナルチャレンジ対象大会で、設定記録(2時間5分50秒)をクリアした最上位の選手が代表となり、設定記録をクリアする選手がいない場合はMGC3位が代表に選出される。


新旧日本記録保持者の対決となる大迫傑(左)と鈴木健吾(中)。山下一貴(右)らも見逃せない

 果たして、誰がパリへの切符を掴むのか。

 そこで、4つのポイントを挙げて、注目選手をピックアップした。

 ひとつ目のポイントは、レースで優勝経験、あるいは日本人1位、2位になるなど勝ち切れる力があること。今回のMGC はペースメーカーなしのガチンコ勝負だが、どんなレースでも勝つことは難しい。その経験を有する選手は、ここぞという時に勝負強さを発揮できるからだ。

 ふたつ目は、ラストに「スピード」と「粘り強さ」があること。勝負はハイペースになろうが、スローになろうが、35キロから動いてくるはず。そこから粘り強さを発揮できる選手、相手をまくれるだけのスピードのある選手がラストを制するのに有利になる。

 3つ目は、自分をコントロールできる強いメンタル。レースでは自分でコントロールできない要素が絡んでくるが、そういう時こそ自分がコントロールできるものに目を向けて走りに集中していくことが求められる。前回MGC優勝の中村匠吾(富士通)は、このセルフコントロールに長けていた。

 4つ目は、今、勢いがあること。マラソンで連続して結果を出すことは非常に難しいと言われているが、2019年のMGCで2位の服部勇馬(トヨタ自動車)は、その前年の12月に福岡国際マラソンで優勝した勢いそのままに東京五輪の切符を手にした。ここ1年、あるいは今年に入って結果を出した選手は調子が良い証左であり、その勢いのままたたみかけるようにして結果を出す可能性が高い。

 これら4つのポイントに照らし合わせて考えると、一番注目度が高いのが、山下一貴(三菱重工)だ。

 今年3月の東京マラソンでは、32キロまでトップ集団を引っ張り、日本歴代3位となる2時間5分51秒で日本人トップ、内容、タイムともにすばらしい走りを見せた。今年8月のブダペスト世界陸上では、30度の暑さの中、40キロ地点で5位まで順位を上げた。その後、両足が攣り12位に終わったが、世界でも十分に戦えることを証明し、右肩上がりで成長している。

 山下の強みは、抜群の安定感だ。駒澤大時代から「ズバ抜けてはいないが、崩れない」ことから大八木弘明総監督の絶大な信頼を受け、箱根駅伝では2年時から3年連続でエース区間の2区を走った。山下自身も「レースで絶対に外さない強い選手」を目指し、駒澤大OBで前回MGC4位の大塚祥平(九電工)を目標にしている。今年に入って2本のマラソンを走っており、MGCは世陸からわずか1か月半後。そのダメージからどのくらい回復しているかにもよるが、今の勢いのまま3本目のマラソンになるMGCを制する可能性は十分にある。

【「不気味な存在」「要注意選手」とは】

 日本記録保持者の鈴木健吾(富士通)は、今回の優勝候補のひとりだ。

 2021年2月、びわ湖大分毎日マラソンで、2時間4分56秒の日本記録を出した時の走りは圧巻だった。35キロから40キロで14分39秒と最速ラップを叩き出し、ラスト2.195キロは6分16秒で駆け抜けた。後半、ペースを一気に上げるスタイルは翌22年の東京マラソンでも健在で、2時間5分28秒の日本歴代2位の走りで日本人トップ、4位入賞を果たした。その後、新型コロナに罹患し、オレゴン世界陸上のマラソン出走を断念。故障などもあり、今年6月の函館マラソンが東京マラソン以来、1年3か月ぶりの復帰レースになった。

 前回のMGCは「集団の中で様子をうかがって最後に勝負する戦いだったので、勝ちにいく試合ではなかった」という。21年に今回のMGC女子にも出場する一山麻緒(資生堂)と結婚してからは、夫婦でパリ五輪を目指してやってきた。鈴木は「いい練習ができれば勝負に絡めるので、スタートに立つまでの自分との戦いがポイントになります」と日本記録を出した時と同じことを語っていたが、今回のMGCは勝ちにいくレースだけに気持ちが違う。あの時のように圧巻の走りが見られるかもしれない。

 また、多くの選手が「要注意選手」と名を挙げていたのが、西山雄介(トヨタ自動車)だ。

 駒澤大時代は1年時より4年間、開催中止になった出雲駅伝以外、箱根駅伝などすべての駅伝に出走した。昨年2月、マラソンのデビュー戦となった別府大分毎日マラソンでは2時間7分47秒の大会新記録で初優勝。西山の強さは、ブレないメンタルだろう。トヨタ自動車入社から初マラソンまで5年を要したが、その間、駒澤大同期の大塚祥平(九電工)らが結果を出していく中、「自分の取り組みがブレてはいけない」と、4年目に10000mで27分台(27分56秒78)を出した後、満を持してマラソンに移行した。

 昨年は、オレゴン世界陸上(13位)を走り、「100mでペースが変わる」世界トップの凄さを経験し、どんな状況にも対応できる力が勝つためには必要だと痛感した。それ以降、西山はマラソンを走らず、黙々と練習を積み、最後に出場したレースは7月ホクレン深川大会の10000m(28分39秒10)。潜伏期間が長かったゆえに他選手から不気味な存在と警戒されている。「パリ五輪しか考えていない。その先のことは考えていない」というほど、パリ五輪にかける気持ちが強いだけに相当の覚悟を持って臨んでくるだろう。

 面白い存在なのが、赤粼暁(九電工)だ。

 拓殖大では、4年連続で箱根駅伝に出走し、4年時にはキャプテンとしてチームを牽引した。九電工に入社したのは2020年だが、初マラソンは2022年2月の別府大分毎日マラソンで2時間9分17秒、同年12月の福岡国際マラソンでは2時間9分1秒で総合8位となり、MGC出場権を得た。赤粼の持ち味はスピード(スプリント)だ。7月のホクレンディスタンス千歳大会の5000mで三浦龍司(順天堂大)をラストで差してトップでフィニッシュした。

 今年はスピードを強化してきており、ホクレン網走大会の5000mで13分27秒79の自己ベストを出した。「このスピードがマラソンにうまくハマって、ラストで先頭集団にいたら面白いレースができると思います」と語るが、課題の35キロ以降のペースアップが可能になれば、最後に伝家の宝刀のスピードが活きてくる。

【学生マラソン記録保持者も出走】

 東京五輪で6位入賞を果たした後に引退し、昨年2月に現役復帰した大迫傑(ナイキ)も、要注目の有力選手であることに変わりはない。

 今年3月の東京マラソンでは、2時間6分13秒で総合9位に終わったが、チャレンジ期間と称した時期でのマラソンに手応えを感じていた。大会前はケニアで合宿をこなし、東京マラソン後はアメリカに滞在。日本の喧騒から離れた環境で、もくもくと練習を積み重ねてきた。7月にはマラソン練習の一環としてホクレンの網走大会の10000mに出走し、90分のインターバルで2本走り、思いどおりの練習ができていた。前回のMGCでは服部に競り負け、半年後に東京マラソン(2時間5分29秒・当時日本記録)で日本人トップとなり、東京五輪の切符を手にした。過去9レース中、日本人トップが5回と圧倒的な勝負強さを持ち、前回のMGCの経験もある。2大会連続の五輪出場を実現できる可能性は十分にある。

 このほかも気になる選手がいる。

 吉田祐也(GMO)は、青学大時代にマラソン初挑戦となる別府大分毎日マラソンで2時間8分30秒を出して、日本人トップの3位入賞。同年12月福岡国際マラソンでは2時間7分5秒の好記録でマラソン初優勝を飾った。「練習の虫」と言われるほどよく走り、大迫の合宿にも参加して、彼の薫陶を受けながら走力を磨いてきた。大学4年時、箱根駅伝で初出走ながら4区で区間賞を獲得すると、その後の初マラソンで結果を出すなど、勝負強さを持つ選手なので初のMGCでの走りにも期待が膨らむ。

 細谷恭平(黒崎播磨)も楽しみな選手のひとりだ。中央学院大時代、箱根駅伝で3、4年は5区でともに3位、独学で上りの技術を身に付けたように、強みは高い向上心と坂で得た粘り強さだ。「練習という土台があれば、あとは気持ちだけ乗せていけば最後、頑張れるし、大きく外すことはない」と語るとおり、21 年のびわ湖毎日マラソンでは初マラソンで日本人トップの2時間6分35秒を出し、同年12月の福岡国際マラソンでは2位と結果を出した。今年の東京マラソンは14位に終わったが、波がない強さをMGCで見せられるか。

 さらに、2時間6分26秒のタイムを持つ土方英和(旭化成)は、差し込みさえ起きなければトップ争いができる選手であり、2月に学生ながら2時間7分47秒で学生男子マラソン記録保持者となった横田俊吾(JR東日本)、百戦錬磨の川内優輝(あいおいニッセイ同和損保)、今井正人(トヨタ自動車九州)、岡本直己(中国電力)のベテラン勢と、まさに多士済々。

 セオリーどおりにはいかないレースになる可能性が大きいだけに、最後は「パリに行きたい」という思いがどれだけ強いか。メンタルが40%と言われるマラソンでは、その気持ちの強い選手が国立競技場で大きな喝采を浴びることになるだろう。