立命館大学で長距離パートを指導している田中裕介コーチは、昨年10月に就任し、現場を任され、箱根駅伝の予選会に向けて練習に取り組んできた。早稲田大競走部出身で、箱根駅伝の厳しさを知るコーチだが「ただ出るだけでは意味がない」と、関東の実力校に真っ向勝負を挑む覚悟だ。「関西の雄」と言われる立命館大を引っ張る田中コーチはどのように箱根予選会を戦おうとしているのだろうか。

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箱根駅伝予選会、地方からの挑戦

第2回・立命館大学 前編


立命館大学男子陸上競技部で長距離パートのコーチを担当する田中裕介

――箱根駅伝の予選会への出場は、チーム内でかなり議論されたのですか。

「1月から本格的に箱根の予選会についてミーティングを重ねてきました。私自身は、関東(早稲田大)の出身ですので、箱根を走ることで人生が変わる、なんとかやりたいと言ってくれないかなと思い、学生時代の経験から箱根に出て大きな声援を受けて走ることが非常に良い経験になるということを選手たちに伝えました。その上で選手たちの話を聞いたのですが、もともと箱根はないものとして入学してきますので、日程的にも実力的にも厳しく、出てもチームのプラスにならないんじゃないかという声が上がりました」

――そういう中、どう参加の方向に進んでいったのですか。

「議論している段階では出たくないという選手がいましたが、予選突破できる、できないは置いておいて、純粋に予選会に出たいのか、出たくないのかという点で考えてみようと話をしました。そうしたら90%以上の選手がチャレンジしたいと思っていますと述べてくれて。その気持を大事にしつつ、4年生の主将の北辻(巴樹)と谷口(晴信)が『僕たちはチャレンジしたいです』と言ってくれたので、それを全体で共有したら特に反対意見もなく、頑張ろうということに落ちつきました」

――関西の大学にとって箱根駅伝とは、どういうものなのですか。

「通常、箱根はないので、出雲と全日本で結果を出したいという選手が関西の大学にやってきます。ただ、今回、箱根にチャレンジしたいという選手が多くを占めていたことを見ると、関東の選手と同じように憧れの大会であるというところは変わらないのかなと思いますね」

 立命館大の陸上部は短中距離で結果を出しており、長距離の選手は20名ほどの在籍だ。半分以上の選手が予選会に出走し、ハーフでタイムを残さなければ予選突破は見えてこない。春から田中コーチはいろんな取り組みで選手の走力アップ、意識改革を推し進めてきた。

――意識やモチベーションを上げるために、どんな取り組みをされたのでしょうか。

「ひとつは、自己ベスト100回更新です。これは昨年、中央大学さんが取り入れていて、すごくいい取り組みだと思い、選手に伝えたところやろうと盛り上がってくれました。主力だけではなく、チーム全体で強くなっていくために取り入れたのですが、9月まで(20日現在)に40回、更新してきて、中には一人で6回という選手もいます。モチベーションアップと競技力向上につながりました」

――練習メニューでは、ハーフを走るために距離を増やす感じだったのでしょうか。

「とにかく走ることが基本なのですが、なぜ長い距離を走れないのかとなった時、体ができあがっていないからなんです。そこで筋力強化をしつつ、走る量も並行して増やしていきました。本来だとある程度のペースで距離を踏むのが必要ですが、いきなり増やすと故障しかねないので、ダウンジョグも含めて距離を増やしていく感じにしました。ダウンでも走る距離は変わらないですし、故障の予防になります。月間走行距離でいうと600から700キロですね。関東とはベースが違いますが、600キロでも夏合宿に入れば800キロ近くにいけるので」

 箱根予選会対策として、夏合宿は例年1回のところ2回行なった。ハーフ対策として25キロの距離走は、例年1、2回のところ今回は6月末から2週間に一度、計7回ほど行ない、選手は長い距離への抵抗を感じずに走れるようになった。20キロ走の際はビルドアップでラストを3分20秒に上げて追い込んだ。また、夏前は大腿骨などの疲労骨折が目立っていたのでポイント練習以外は薄底のシューズを履き、足を作ることを重視してきた。

――予選会への取り組みでチームの変化を感じたりしていますか。

「出雲や全日本のメンバー争いに関わってこれない選手のモチベーションを維持するのはすごく難しいんです。でも、今回は予選会があるということで自分が走るんだと15番手前後の選手が高いモチベーションで練習に取り組んでくれています。それがチーム力の底上げにつながるのを感じていますし、これは今年だけではなく、来年のチームにも影響していくと思います」

――選手自身の変化は感じますか?

「僕が就任した当時、選手はあまりしゃべらず何を考えているのかわからない部分があったり、外の目を意識していない発言が多かったんです。でも、箱根予選会に出るということでメディアにも取り上げてもらえるようになり、選手たちは自分の意見をしっかりと伝えられるようになってきました。また、メディアに露出することで自分の発言の大きさや影響力を理解できるようになりました。選手の精神的な成長を促す意味でも、箱根へのチャレンジはすごく大きいと思います」

 残念ながら関東以外の大学に箱根駅伝への門戸が開かれているのは、今のところ100回大会のみだ。今後はわからないが、まずは一度切りの挑戦になる。

――今回の予選会への挑戦は、チームに何をもたしてくれるのでしょうか。

「予選会を通る、通らないだけで考えると、たぶんやらないほうがいいんです。でも、距離を踏んで走力が上がったり、精神的な成長を見せたり、学生たちの育成成長という部分では非常に大きなものをもたらしてくれるので、僕は1回でも価値はあると思っています。周囲からは好意的に見ていただいています」

――スカウティングをする際、箱根ブランドは大きいのでしょうか。

「大きいですね。長距離でタイムを持っている選手は、やっぱり関東なんですよ。立命館大というと、短中距離が得意な選手が多いので、長距離で速い選手がうちにというのは稀ですね。今は入部基準が5000mで15分20秒、基本的にはうちに来たいという選手に来てもらう感じですが、今後は今回の箱根へのチャレンジを機に少し変わっていくかもしれません」

 チームは、箱根予選会(10月14日)後に、全日本大学駅伝が控えている。

――予選会後の全日本大学駅伝は、どのくらいの順位を目標にしていますか。

「来年の全日本は8位入賞を確実に獲りに行きたいと考えているのですが、今回は来年を見据えて8位入賞を目標に、どこまでやれるのかを見極めていきたいですね。たぶん、跳ね返されると思いますが、狙った結果、どうだったのかというのを感じることが大事ですし、来年に繋がると思うので、8位に向けてチャレンジしていきます」

――箱根予選会は、13位内が本戦出場となります。

「例年の10チームですと可能性はほぼないかなと思います。でも、3つ枠が増えたのは大きいですね。レース戦略としては上位5名はフリーで行かせて、あとは中間層の頑張りがカギになります。当日の天候や選手の調子を考えてペースを設定し、(昭和記念)公園内に入って来て余裕があるなら『行け』という指示を出せればいいかなと。とにかく序盤の(陸上自衛隊立川)駐屯地はフラットなので、前に行きたくなりがちですが、15キロを超えてから前をとらえていくような冷静な走りをしてほしいですし、ラスト5キロをどう攻略するのかが大きなポイントかなと思います」

――期待する選手は。

「3本柱(大森駿斗、山崎皓太、中田千太郎)ですね。彼らに、しっかり走ってもらうのが大前提になります」

――昨年、13位の日本大学の10時間52分が一つのターゲットになりますか。

「今年はやってみないとわからないですが、主力は1キロ3分4秒で64分台に乗ってこないと難しいですし、コンディションがよければ彼らなら63分台も狙えるでしょう。あとは、後続がどれだけ彼らに近いタイムで入ってこられるか。しっかりと箱根予選会で勝負して、うちとしてはそれを踏み台にして強い立命館大を作っていきたい。そのために勝負ができるところまでいかないといけない。勝負できず、ただダメでしたで終わってしまうと何も残らないので、少なくとも負けて悔しかったと思えるところで戦いたいですね」

後編に続く>>箱根駅伝の予選突破を狙う立命館大3本柱が考える関東の大学勢との違い「勝負をかける走りが関西とはぜんぜん違う」