J1復帰を狙う清水エスパルス!「This is football !!!」の“人情家”秋葉忠宏監督が作り出した独特の勝ちパターンとは。
J1昇格の大本命と評されたチームが、調子を上げてきた。
権田修一、乾貴士、チアゴ・サンタナ、カルリーニョス・ジュニオ、北川航也ら圧倒的な戦力を誇り、J2優勝の最有力候補に挙げられた清水エスパルスは、開幕から大いに苦しんだ。だが、その窮地で就任した秋葉忠宏監督のもと、チームは息を吹き返す。一時は19位だった順位は、昇格プレーオフ圏内の3位まで上昇した。
苦しんだ清水はなぜ、上昇気流に乗ることができたのか。その背景には、熱すぎる振る舞いと名文句が話題を呼ぶ指揮官の存在があった。その秋葉監督が後半開始から3バックを採用する理由とは何か。昇格争いが激しさを増す終盤戦において、チームが描くべき“青写真”にも迫った。
直近5試合の基本システム
まずは、直近のリーグ戦5試合での基本システムおよびメンバーを見ていこう。
守護神はカタールワールドカップでの活躍が記憶に新しい権田修一で、4バックは右からマルチロールの原輝綺、空中戦の強さが光る高橋祐治、キャプテン兼ディフェンスリーダーの鈴木義宜、粘り強い守備が魅力である吉田豊の4人。
とりわけサイドバックは層が厚く、北爪健吾(右)、岸本武流(主に右)、山原怜音(左)、そして西澤健太(左/中盤と兼務)と実力者が顔を揃える。
ダブルボランチは、パスセンスなど確かなスキルでゲームメイクする白崎凌兵とフィルター役のホナウドのコンビで、豊富な運動量を自身の特徴に挙げる宮本航汰も存在感を示す。
2列目は右から快速アタッカーの中山克広、圧巻のテクニックでまばゆい輝きを放つ乾貴士、今季ここまでチームトップのリーグ戦13得点を決めているカルリーニョス・ジュニオという破壊力抜群のラインアップ。
乾が不在の場合は、白崎または鈴木唯人(ブレンビーIFに移籍)がそのままトップ下に入るか、2トップにする形で対応している。
1トップは昨シーズンのJ1得点王であるチアゴ・サンタナ、Qolyのインタビュー(昨年4月公開)で遠藤保仁と山中亮輔が対戦時に印象的だったと語ったベンジャミン・コロリ、“ウルトラセフン”のニックネームで知られるオ・セフン、日本代表経験のある北川航也といった強力なストライカーたちがポジションを争う。
その中でも、第31節の町田ゼルビア戦で逆転弾を沈めたサンタナが、決定力と実績の面では図抜けていると言えるだろう。
今の清水に必要だった“人情家”
今シーズン開幕前の清水エスパルスは、圧倒的な陣容からJ2優勝の最有力候補として挙げられていた。
しかし、開幕から7戦勝ちなし(5分2敗)と大いに苦しみ、クラブは4月3日にゼ・リカルド監督の契約解除を発表。後を受けたのが、コーチから昇格した秋葉忠宏氏だ。
第7節終了時点で19位という苦境を救うには、秋葉監督はうってつけの存在だった。
とにかく熱い人物として知られ、2020シーズンから率いた水戸ホーリーホック時代には、試合後のインタビューで「何もない、最低、最悪のゲームでした」「ただただ自分たちから負けるようなプレーをしただけだと思います」と厳しい言葉で総括する姿が注目を集めたこともある。
その一方で、活躍した選手を称え、後押ししたサポーター(ファミリー)に感謝の気持ちを伝えるなど義理人情に厚い。時に涙を流して言葉を紡ぎ、時に名文句の「This is football !!!」(主に会心の出来だった際に見られる)で感情を爆発させる。
2点のビハインドをひっくり返した第31節・町田ゼルビア戦後にも渾身の「This is football !!!」を披露しており、8月25日にはクラブ公式グッズとして秋葉監督監修のもとTシャツとフェイスタオルの販売が発表されたほどだ。
厳しい言葉で締めるところはしっかりと締める一方、活躍した選手および力をくれるサポーターを称えることも忘れない。心配りにあふれた“人情家”こそ、今の清水に必要だったのである。
その秋葉監督は、最終ラインからボールをつないで相手守備陣を動かしつつ、打開力に優れたアタッカーたちに自由を与えて個の力を巧みに引き出している。
また、4-2-3-1を基本システムとしながらも、戦況に応じて試合途中から3バックを採用するなど柔軟性もある。この点については、後ほど詳しく述べたい。
戦術面に加えて感心させられるのは、マネジメントの上手さ。2チーム分の戦力を抱える中、選手を入れ替えながら起用することで疲労軽減はもちろん、各人のモチベーション維持を実現。いわゆる「宝の持ち腐れ」を防ぎ、健全な競争でチーム力を向上させている。
そして見逃せないのが、乾貴士と権田修一という必要不可欠なふたりのベテランを指揮官がコントロールしている点だ。言わずもがな両名とも実績は抜群で、今なおJ1クラブでも主力としてプレーできるレベルにある。
乾と権田は個性が強い一面があり、その情熱が裏目に出てしまうことも過去にはあった。
だが、1年でのJ1復帰を目指すチームにおいて、永遠のサッカー小僧である乾は新境地のトップ下で攻撃の中心として、欧州移籍の想いをいったん封印した権田は好セーブと精度の高いキックで活躍を続けている。
特に今季リーグ戦で8ゴール・6アシストを記録している乾は、(得意とする)守備のスイッチを入れる役割もこなすなど奮闘。現チームの“攻守の軸”と呼ぶにふさわしい。
後半開始から3バックを採用する意図は?
前述した通り、秋葉忠宏監督は柔軟性のある采配が特長だ。とりわけ第27節の栃木SC戦以降は、後半開始から3バック(3-4-2-1)に切り替える形を継続して採用。第32節のブラウブリッツ秋田戦では後半途中から3-4-2-1を用いた。
上図は3バック時の基本布陣である。ここでキーマンとなるのが、守備のマルチロールである原輝綺だ。4バックでは右サイドバックを務める背番号70が、右ストッパーにスライドすることで、選手交代を行うことなく3バックを採用できている。
では、なぜ後半開始から3バックで戦っているのか。栃木戦後にキャプテンの鈴木義宜は以下のように明かした。
「チームとしてのやり方で、後半の入りの失点が多いというところで、3枚にして、その10分をまずしのぐというプランがあった。後半の頭から『3』にして、10分過ぎたらベンチから「10分過ぎた」という合図で4枚に戻すというのもプランの中にあった。結果として、10分はしのげているし、やりたかったことはできた」
鈴木が語ったように、「後半の入りの失点が多い」という点は確かに課題となっていた。事実、後半開始から5分以内にゴールを許すケースが栃木戦の前に相次いでいたのだ。まとめると以下になる。
・第19節 vs モンテディオ山形 ⇒ 48分に失点
・第21節 vs ブラウブリッツ秋田 ⇒ 49分に失点
・第25節 vs 大分トリニータ ⇒ 50分に失点
・第26節 vs ジェフユナイテッド千葉 ⇒ 47分に失点
その対策として、栃木戦は後半開始から3-4-2-1にシフト。入りの10分を無失点でしのぎ、鈴木の言葉通り54分頃には再び4-2-3-1へ。最終的には中盤を逆三角形にした3-5-2で戦い1-1のドロー決着となった。
後ろが4枚の場合でも、3枚(実質5枚)の場合でも、ハーフタイムに指揮官が選手に声を掛けて、後半の入りを集中するように促すはずであるし、選手もより集中して戦うだろう。ただ、仮に4バックのまま後半に臨めば、意識は変わってもシステムは変わっていないので、物理的に失点を防げる可能性はさほど高まらない。
対戦相手も「清水は後半の入りに失点が多いので、ゴールへ向かう形を増やして得点を奪おう」という指示を監督ないしコーチから言われているはずで、狙い目だと捉えるに違いない。相手が勢いを持って向かってくることで、状況はさらに難しくなる。
よって、3バック(実質5バック)にすることで、物理的に最終ラインの枚数を増やし、メンタル面だけではどうしようもできない失点を防げるように努める。このように考えると、「後半の入りの失点が多い」という課題に対し、後半開始から3バックに変更するというのは理に適っていると言えよう。
続く第28節のファジアーノ岡山戦でも後半開始から3-4-2-1で戦い、試合終了までこの布陣を貫いて1 - 0で勝利すると、第29節の東京ヴェルディ戦および第30節のレノファ山口戦でも同様に戦って3試合連続でウノゼロ勝利を達成。課題を見事に克服してみせた。
秋葉監督は攻撃的なスタイルを理想としており、水戸ホーリーホック時代もその傾向が見られた。しかし、フィジカルが重視され、ロングボールやロングスローを用いるチームが多いタフなJ2を勝ち抜くためには、失点を減らすことがやはり重要となる。
圧倒的なタレント力がそのまま勝利に結びつく訳ではないのがJ2というリーグであり、その難しさを十分に理解している(水戸時代は“持たざる者”として立ち向かう側だった)からこそ、3バックを採用してリアリストに徹していると言えるのだ。
J1復帰とその先に向けて描く“青写真”
32節を終えてJ1自動昇格圏内の2位・ジュビロ磐田との勝ち点差は1。
首位を快走する町田ゼルビアとの勝ち点差は10で、しかも町田は1試合消化が少ない。逆転優勝の可能性はまだ残されているが、いずれにせよ、自動昇格となる2位以内のフィニッシュが考えられる最大の目標となる。
では、2位以内に入るためにはどうすればいいのか。カギを握るのは、得点源のひとりであるチアゴ・サンタナだ。
昨季のJ1得点王に輝いた背番号9は、オールラウンダーな点取り屋。今季奪ったリーグ戦8得点を振り返ると、左足が5得点、ヘディングが2得点、右足が1得点とどこからでもゴールを決められる。
第31節の町田戦では値千金の逆転弾を頭で叩き込み、勝利の立役者となった。(動画7分30秒から)
7月上旬から下旬(第25〜28節)にかけて、家庭の事情により欠場していたというサンタナだが、ここ3試合はスタメン出場とコンディションは問題なさそうだ。リーグ終盤の爆発でチームをJ1昇格へ導きたい。
また、今シーズンの清水は、先制した試合で12勝3分の勝率80%(データはJリーグ公式サイトを参照)と好成績を収めている。勝ち点を積み重ねていくにあたり、いかに先手を奪い、いかに逃げ切るか。キーポイントとなるのは間違いない。
4バック(4-2-3-1)で試合をスタートさせて、リーグトップの58得点を誇る攻撃陣が前半のうちに先制点をゲットする。そして、後半開始からは3バック(3-4-2-1)に切り替えて、追加点を狙いながら(実際に奪いながら)したたかに試合をクローズさせる。
この勝ちパターンこそ、1年でのJ1復帰はもちろん、J1昇格後の“青写真”となる。
その意味で、第32節のブラウブリッツ秋田戦は反省すべき点が多い試合だった。
リーグ屈指の難敵である秋田のフィジカル、そしてロングボール&ロングスローの圧力に苦しみ、思うようにペースを握れず。後半途中に3-4-2-1へシフトしてからは余裕を持ったパス回しが可能となり、73分に追いつくも逆転には至らなかった。
48分の失点シーンはセットプレーからのオウンゴールと不運な形だったとはいえ、「後半の入りの失点が多い」という悪癖が再び顔をのぞかせたゲームだった。J1昇格に向けて、同じ展開を繰り返してはならない。
反省点を修正しつつ迎える最大の正念場は、10月7日にアイスタで開催される第38節の磐田戦だ。この試合は“静岡ダービー”という激アツな側面だけにとどまらず、昇格を争うライバルを直接倒すチャンスでもある。
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もちろん、このダービーですべてが決まる訳ではないが、勝利できればJ1の舞台に限りなく近づけるはず。
義理人情に厚い指揮官が試合後、今シーズン最大の「This is football !!!」を叫べるか、大いに注目したい。