教訓の意味でも、日本企業が買い負ける状況を現場から発信してみたい(写真:Graphs/PIXTA)

かつては水産物の争奪戦で中国に敗れ問題になった「買い負け」。しかしいまや、半導体、LNG(液化天然ガス)、牛肉、人材といったあらゆる分野で日本の買い負けが顕著になっている。その原因は、諸外国にとって日本企業が「客にするメリットのない存在」になったからだ。

新著『買い負ける日本』を上梓した、調達のスペシャリスト・坂口孝則氏が解説する。

ビッグモーターの保険金不正請求が世の中を騒がせている。もっともこの“事件”は次にどのような内部告発が出てくるかもわからず、さらに真実もまだわからない。事態を冷静に見守る必要がある。

ビッグモーターは2022年度に中古車販売シェア1位をとっている。さらに中古車市場は2021年から足元まで急拡大していた。成長する市場で業績を拡大するためのプレッシャーが保険金の不正請求にも影響を与えたのか。先日の記者会見の場でも業績の躍進と不祥事の関係について質問が飛んだ。

新聞報道では、半導体不足が緩和してきたというが…

ところで、この中古車市場の急伸を苦々しく思っていた人たちがいる。それは自動車、電機、部品産業の人たちだ。そもそも中古車市場の躍進は、半導体等の調達難によって各完成車メーカーが生産減を余儀なくされた点に理由があった。

中古車市場が伸び続けた期間は、2020年後半あたりから2022年にあたる。私はそのころ、現場でずっと調達難の取材やコンサルティングに従業していた。2023年の後半に入り、新聞報道では半導体不足等が緩和してきたという。現場で聞いてみると、緩和している部材もある。ただ、企業によっては大混乱が続いているし、報道とのギャップを感じる。

そして私は、このモノ不足が日本企業の体質によるものではないかと思うに至った。もし市況の関係で一旦はラクになった企業があっても、またふたたび調達難が襲うのではないか。そう考え、これから教訓の意味でも、日本企業が買い負ける状況を現場から発信してみたい。

日本人はNATO(Not Action Talk Only)である

私はコロナ禍前の2019年にイスラエルに出張した。軍事技術の転用により多くのイノベーションを生み出している国の秘密を知りたいと思ったのだ。その旅程で急遽、会うことになったベンチャーキャピタリストがいた。

氏はイスラエル企業と日本企業の橋渡しも仕事としていたが、氏の印象的なフレーズがあった。

「日本はNATOと呼ばれています」

いや日本はNATO(北大西洋条約機構)ではありませんよ、と言おうとした私を遮って教えてくれた。

「Not Action Talk Only です。話すだけで何も動いてくれない」

日本企業は多階層の承認を前提とするから、氏なりの苦労があったに違いない。それをユーモアとして表現したのだろう。しかし私には重く響いた。

同様のことは中国の深圳でも聞いた。

「先月、うちの工場に日本企業がやってきた。いろいろな部署の人たちで10人もいた。二日にかけてあれこれ質問したり現物を見たりしていたけれど、あれからいっこうに物事が進まない。なんのためにやってきたのか。他国の企業は決まっても、決まりどおりに進まない。ただし、日本は決まったら確実にやってくれるけど、決まるまでが遅すぎる」

このような日本企業の”行動しなさ”は、組織の意思決定が全員参加と全員納得を前提にしている点にある。これは日本文化論や日本組織論でたびたび指摘されるように、強力な意思決定装置が存在せず、空気と雰囲気が支配するためだ。

これが調達難にもつながっている。

コロナ禍の現場で起きていたこと

コロナ禍になったとき、某重電企業で働いている調達部員と話していると、モノ不足時の無念さを聞かされた。

「ほんとうに悔しかった。というのも、モノ不足になるのはわかっていたんです。しかし、私たちは物量を押さえることができませんでした。

市場に1万個あるとします。でも1万個を押さえようとしたら、多重の承認が必要でした。そのうちに、1万個がなくなってしまった。それで中国で探すと、それらの部材があるというんですね。聞いたらどうも、私たちが買い逃した部材が中国にある。

ということは、転売ヤーが買い漁っているときに、私たちは何もできずに見逃していたようなんです。あれは悔しかった」

そして、この多層承認と全員納得の構造は、さまざまに影響を与えている。

たとえば、取引先から値上げの申請があるとする。値上げするにしろ、しないにしろ、早く決めないと納期が間に合わない。そんなとき、日本企業の担当者は、できるだけコストアップの証拠を集め資料を作成する。

すると、上司、さらに上司、さらにその上司から、あれこれと五月雨式に質問が届く。仔細なところを根掘り葉掘り訊かれる。誰も責任を取りたくないからだ。本質的な質問ではないものがあるのに、全員が納得するまで値上げ承認の判断が下されない。ときには待ったなしの状況であるにもかかわらず。

たとえば、日本の住宅メーカーでは木材メーカーが値上げを申請したとき、その妥当性について資料を求める。元の原価構成がどうで、そのうちどこが上昇したのか。過剰な便乗値上げはないか、そして円安リスクなどを必要以上に負担させようとしていないか……を確認する。

この確認は真摯ともいえる。コストを抑えようと努力する姿勢は評価されていい。「海外のバイヤーは適当なもんです。値上がりのときに、さほど査定しない。『はいはい、こんなもんね』と仕入先からの値上げ申請にたやすくサインしてしまう。

「これまで、コストを抑える意味では日本方式がよかった。しかし供給の逼迫時には逆効果でした。厳密に査定しても抑えられるのは数%。その数%に目をつむって調達を優先する思考になれなかった」

こう大手住宅メーカーの調達責任者は語る。関係者全員にお伺いを立てるのではなく、即決で値上げを認めていれば供給難には苦しめられなかったかもしれない、と。

「当初の値上げが30%アップとしますよね。3カ月かかって、交渉で27%アップに抑えられるわけです。3%を低減させるから、見た目はいい。だけど、そんな面倒な日本企業らには売らないですよ」

全員納得が前提なのだから、もちろん時間がかかっていく。

「30%の値上げといわれる。私たちは難色を示します。とはいえ、相手も大人だから交渉には付き合ってくれます。しかし、交渉が解決するときには、『おたくに供給できる分はありません』といわれる。これが現実です」

そして、面倒な客と思われたら最後、それ以降、もう供給分がまわってくることはない。

日本企業の構造と調達難の根は深い

ドイツの自動車部品メーカーにヒアリングしてみた。値上げを申請してきた仕入先には即答したらしい。納品してほしいから、すぐさま値上げを認める。最悪、納品できなくてもいいなら値上げを認めない。この差異をつけて交渉した。


彼らはドイツ企業だが、欧米ではフォーミュラ方式が広がる。

フォーミュラについて説明が必要かもしれない。たとえば購入金額が100円の製品があるとする。そのうち20円が銅のコストとしよう。そのとき、変動要素は銅の20円分とあらかじめ確約しておく。そして、それからの数カ月で世界の銅価格が20%上昇したとする。ならば、20円の20%だから4円を機械的に値上げする方式だ。事実の確認であり、交渉の余地はない。

このフォーミュラは買い手にとって不利な条件ではない。逆に銅市況が下がるときには面倒な交渉を経ずに価格を引き下げられる。買い手と売り手の双方にとって合理的な手法といえる。

しかし、日本ではそもそも決めた価格を変動させるのが企業全員に許容されないのもあってフォーミュラの導入が一部しか進んでいない。

全員参加と全員納得の可否は読者に委ねるが、リスクとデメリットがあるのは間違いがない。この日本企業の構造と調達難の根は深い。次回も違う観点から深掘りする。

(坂口 孝則 : 調達・購買業務コンサルタント、講演家)