敵地・韓国代表のファンによる大声援で言葉が通りにくかったこともあり、コートの中央でドリブルをしたままの富樫勇樹(PG/千葉ジェッツ)は、手を大きく振りながらほとんど絶叫に近い大声と鬼神のような表情で、味方の選手に指示を出していた。

 その姿は、やはりこのチームの中心が彼であることを物語っていた──。

※ポジションの略称=PG(ポイントガード)、SG(シューティングガード)、SF(スモールフォワード)、PF(パワーフォワード)、C(センター)。


韓国遠征で存在感をさらに強めた富樫勇樹

【韓国相手に圧倒的なスピード】

 FIBAワールドカップの開幕を1カ月後に控える日本男子バスケットボール代表は、韓国・ソウルに遠征して7月22日・23日の2日間、韓国代表と強化試合を行なった。上記の場面は、その2戦目の前半終了前の場面だった。

 2戦を通して、日本は韓国のフィジカルなプレーぶりに苦しんだ。とりわけ初戦では、相手にリバウンドで圧倒されて敗戦(69-76)。2戦目は出だしから気合いの入ったプレーで雪辱したものの(85-80)、非公式戦とは思えないほど強度は高かった。

「いい学びとなり、成長を果たせた遠征になった」

 トム・ホーバスHC(ヘッドコーチ)が振り返ったように、ワールドカップ本番へ向けてスイッチの入る戦いとなった。

 そのなかで身長167cmと小柄な富樫は、ディフェンス面で相手から標的にされるところもありながら、オフェンスでは「ここぞ」のところで得点する「さすが」の働きをした。

 2戦目の後半が始まって、日本は立て続けにミスを犯してリードを縮められてしまい、悪い空気が漂った。しかし、そこから富樫がレイアップによるバスケットカウントプレーやドリブルからの速射による3Pシュートをヒットさせるなど3連続得点で、相手に傾きかけたモメンタムを断ち切っている。

「自分で行こうと思って狙っていたわけじゃないですけど、ミスマッチからのドライブなどで結果的にしっかり1回、相手の勢いを止められたのはよかったですね」

 富樫は殊勝にそう話したが、彼ならではのスピードと技術を生かした場面だった。

【小柄PGふたり選出は異例?】

 それにしても、この小柄で童顔な男もいつの間にか29歳と、三十路手前となっていた。

 アメリカのモントローズ・クリスチャン高校卒業後にbjリーグでプロ選手となってから、10年を数える。その間、常にチームを優勝争いまで導き、個人としてもBリーグで初年度から7年連続でベストファイブに選出されるなど、数々の栄誉を受けてきた。

 日本代表にも早くから選出され、ホーバス氏がHCに就任してからは絶対の信頼を受けながら、一貫してエースPGを担ってきた。現在、ワールドカップへ向けて代表候補の一員として合宿と強化試合に臨んでいるが、本番の12人のロスター入りするのは間違いない。

 ところが、富樫が世界大会で先発PGを担ったことはない。

 2019年のワールドカップでは直前の合宿で指を骨折し、メンバー入りができなかった。また2021年の東京オリンピックでは、当時のフリオ・ラマスHCが世界レベルを意識した「大型化」のために本来SGの田中大貴(当時アルバルク東京→現サンロッカーズ渋谷)をPG起用したことで、富樫はバックアップの役割となった。

 そんな苦境を経て、サイズに極端にこだわらないホーバス体制下の日本代表において、ようやく富樫は世界最高峰の舞台に「エースPG」として立つことになる。

 しかし、こちらのそんな「彼は当確だ」の声をよそに、富樫自身は今でも代表の立ち位置について、意外にも「危機感がある」と言う。

「12人(の最終ロスター入り)について、僕はそこに入るかどうかについては正直、けっこう危機感を感じています」

 ワールドカップまで残り1カ月。ナンバー1の実力者・八村塁(ロサンゼルス・レイカーズ)の出場辞退もあって、本番の12人のロスター入りへ向けての代表内での争いは活発化している。一方で、すでに椅子が確定していると思われる選手も数人いて、富樫はそのひとりに数えられている。

 しかし、富樫はその考えに与しない。代表候補には彼(167cm)と、2022-23シーズンのBリーグMVPで実力急上昇中の河村勇輝(横浜ビー・コルセアーズ/172cm)という小柄なPGがふたり入っているが、たった12の枠にそのような選手がふたりも入るとすれば、世界的にはあまりに異例なことだからだ。

【W杯予選ラウンドは死の組】

 アジアレベルならば、小柄なPGをふたり選出するのもありかもしれない。しかし、ワールドカップのような「対世界」の場となれば、話は違う。長らく代表に身を置き、2021年の東京オリンピックも経験している富樫は、それを身をもって知っているのだ。

「やっぱりアジアのレベルと世界のレベルっていうのは、僕は違うものだと思っています。実際、(東京)オリンピックでもそうだったように(ワールドカップ・アジア地区予選の)ウインドウではずっとスタメンでやっていましたけど、大貴や、今回なら西田(雄大/シーホース三河/190cm)が1番(PG)ができる選手。

 オリンピックでは僕だけが160〜170cmくらいの選手でしたが、今回は僕と河村のふたりが候補でいるということで、そこ(小柄な選手をふたりも選ばない可能性)に対する危機感はめちゃくちゃあります」

 富樫は「危機感」の部分を強調しながら、そう話した。

 東京オリンピックの約1カ月前、篠山竜青(PG/川崎ブレイブサンダース)が代表候補から外されたことは、日本のバスケットボールファンたちを大いに驚かせた。2019年のワールドカップで日本代表が全敗したことを受けて、167cmの富樫と178cmの篠山、身長180cmに満たない選手をふたり選出しないことを、ラマスHCは決断したのだった。

 富樫はその時のことを、よく覚えている。そして、身長だけがすべてではないという反骨心は心に秘める一方で、客観的に考えた時に小さなPGを複数入れることのリスクは、彼自身もよくわかっている。

 また、晴れて12名のメンバーに選ばれたとしても、当然そこがゴールではない。日本はワールドカップの予選ラウンドで、ドイツ、フィンランド、オーストラリアという強豪との対戦が待ち受ける。多くの識者らが「死の組」と呼ぶグループで戦うなかで、日本はアジアの出場国でトップの成績を残し、来年のパリオリンピックへの切符を掴むことが最大の目標となる。

【富樫は常にキャプテンに指名】

 2019年ワールドカップと2021年東京オリンピックは、八村や渡邊雄太(当時トロント・ラプターズ→現フェニックス・サンズ)らを擁して「史上最強の日本チーム」と呼ばれながら、2大会を通じて1勝も挙げられずにファンらの失望を呼んだ。

 しかし富樫は、45年間もオリンピックに出ていなかった日本がそんなすぐに世界の強豪と伍することができると考えるのは早計ではないか、といった主旨の発言を以前している。

 ただ、そうした世界との戦いで苦杯をなめることも含めて、そこから日本はチームとしても個々の選手としても経験を積み、かつ技量を上げてきた。多くの選手たちが「世界を相手にしての1勝」を目標に掲げてきたが、そこは富樫にとっても同じで、もはや世界での場数の少なさは言い訳にならない。

「前回のワールドカップには何とか出て、それがオリンピック出場につながったわけですが、もう本当に『出ること』に必死だった。

 前回の大会の経験もあって、今回はなんかすごくいい意味でチームとしての自信はありますし、(八村)塁がいないというのはありますけど、今いるメンバーでどう戦っていくか。そしてもう『いい経験になった』では済まされないなと思っているので、結果を出すことに集中していきたいなと思っています」

 そう、けれん味もなく話す富樫。ワールドカップでは彼の力量が発揮されなければ、チームが「結果を出す」ことはままならない。

 また、今の富樫には以前にもまして、チームの中心でいることが求められてもいる。彼はホーバスHC体制下では常にキャプテンに指名され、ワールドカップの本番メンバーに選出された場合にも、その役割を与えられることは濃厚だ。

 富樫は所属する千葉でもキャプテンを担ってきたが、そちらでは自身の役職について「何か特別なことをしているわけではない」と口にしてきた。だが、ホーバスHCのチームではそうはいかず、選手とコーチ陣の間で齟齬(そご)がないように立ち振る舞う、ホーバスHCいわく「ミドルマネジメント」の仕事をこなさねばならない。

【郄田真希と富樫勇樹の共通点】

 ホーバスHCは以前、自身が読んだ『The Captain Class: The Hidden Force That Creates the World's Greatest Teams』という本を挙げ、バスケットボールに限らず世界で歴史的偉業を打ち立ててきたチームはすぐれたキャプテンがいた──という共通点があると述べた。

 シャイな国民性とも言われる日本では、チームスポーツにおけるリーダーは「言葉で伝えられなくても背中で引っ張る」タイプが多い。しかし、ホーバスHCのチームでは「雄弁さ」も求められる。

「トムさんからは、キャプテンに対する大きな期待じゃないですけど、ほかの選手との違いをすごく感じます。何かあるごとにキャプテンとしての意見を求められることが多々あるので、千葉よりもこの中ではキャプテンだという意識はかなりあります」

 富樫はそう述べている。

 東京オリンピックでホーバスHCは、日本女子代表を率いて史上初の銀メダルに牽引した。この女子代表でのキャプテンはベテランの郄田真希(デンソーアイリス)だったが、彼女も特段に言葉の多い選手ではない。だが、選手としての力量や、ほかの選手たちから受けるリスペクトについては非の打ち所がない。だからこそ、彼女はその役割を与えられたのだ。

「男子では富樫が一緒かなと思いました。(郄田と同様に)選手たちがすごく尊敬していますし、富樫は(大半の選手にとって)先輩で、選手を引っ張る。でも、彼はあまり話をよくする人ではない。だからもっと、彼の力を引き出したいんです」

 富樫のキャプテンとしてのリーダーシップについて問うと、ホーバスHCはそのように答えた。チームを束ねる役割を担うことで選手としての幅や視野が広がるから、というのが理由だ。

 代表ではキャプテンを担っている意識がより強いと言う一方で、富樫はおそらくバスケットボールというチーム競技において、ひとりだけがスポットライトを浴びることに違和感があるのではないか。それでも、彼にはBリーグや日本代表で圧倒的な実績があるだけに、周りは否が応にも彼を特別な存在だと見るし、頼りにもするはずだ。

【今はもう「彼のチーム」だよ】

 東京オリンピックで富樫とともに日本代表ロスター入りをしている渡邉飛勇(C/琉球ゴールデンキングス)は、富樫には感情の浮き沈みが少なく、試合での勝負強さもあって、信頼が置けるリーダーだと評する。

「オリンピックでは田中大貴が先発PGで渡邊雄太がキャプテンだったから、富樫は『後部座席』に座っている感じだった。だけどそれ以降、ワールドカップ予選でも毎ウインドウ、プレーしてきたわけだし、今はもう『彼のチーム』だよ」

 東京オリンピック直後、富樫は「世界との差があることは感じたが、今後、日本が世界と戦えるチームになっていくと思える大会になった」「自分がメインではなく、八村選手、渡邊選手がメインのチームのサイドでプレーしたこの経験はすごく生きる」と語っていた。

 ホーバスHCのチームでずっとキャプテンを担い、チームの中心となってきた富樫は、今度は自身がメインとして「アカツキジャパン」を背中で、言葉で、引っ張っていく──。