PTAを廃止した小学校の画期的な取り組み。「気軽に参加できる」工夫とメリットとは
保護者と学校が協力して、子供の成長を見守る「PTA」。本来であれば任意参加でありながら、多くの学校で全員参加が暗黙の了解になり、保護者の負担増が社会問題にもなっています。そんななか、保護者からの不満の声をきっかけにPTAを廃止し、PTOを設立した東京都大田区の大田区立嶺町小学校の取り組みが話題に。入会は任意だが加入率100%で、画期的な仕組みに注目が集まっています。本記事では、大田区立嶺町小学校PTO団長・久米雅人さんにPTOの活動について、お話を伺いました。
PTAとPTOはなにが違う?
まず大きな違いは呼称。PTAは(Parent-Teacher Association)の略であるのに対し、PTOはもともとアメリカにある呼称である(Parent Teacher Organization)の略称。日本語訳ではどちらも保護者と教師の組合という意味になりますが、PTOの「O」は、学校「応援団」の「O」という意味もあるそう。
「各担当の呼称も、『PTA会長・副会長→PTO団長・副団長』、『役員会→ボランティアセンター(通称ボラセン)』、『行事係→サポーター』など、より親しみやすく感じられるよう工夫しています」(久米さん、以下同)
また、参加方法も異なります。PTAは、1年縛りの強制参加で、在学中に1回は必ずなにかしらの担当をしなければならず、共働きの方や参加が難しい環境の方の負担となりがちな現状があります。PTOは、完全自由のボランティア制。
「年度ごとの縛りもなく、1年だけでも参加でき、一方で数年間続ける方も多くいらっしゃいます」
さらに、多くの学校のPTA規約には「会員はすべて平等の権利と義務を有する」とあるように、権利だけでなく義務も広く負うべきと明文化されています。
「PTOでは『できるひとが、できるときに、できることを」を理念にしており、仮にPTO担当となっても無理なときはだれかにお願いする、あるいは一部の参加のみでも問題ないという形で運営しています』
PTOに参加したくなる仕組み4つ
「かつて嶺町小学校でも、くじ引きやじゃんけんなど半強制的に役員や委員を決め、前例にのっとって義務的に活動を行うなど、ブラックな側面がありました。そんな活動内容に負担を感じていた保護者の悩みに答え、初代PTO団長の方が一念発起して大改革をして、『もっと負担が少なく、時代にあった新しい学校支援の形をつくろう』ということで立ち上がりました」と久米さん。そこから、今は参加率100%に! 参加したがる仕組みづくりの工夫を教えてくれました。
●1:気軽に参加できるボランティア制
「1年縛りでなく、その日だけ、その期間だけ、といった部分的な参加ができるため、負担が軽くなることで保護者の方が参加しやすくなっています」
●2:入学シーズンでの積極的な広報活動
「入学式や春の保護者会でPTOの理念をしっかりと伝えてご理解をいただくことで、『自分でもできるかも』という人を増やすような広報活動を積極的に行っています」
●3:ボランティアに参加してくれた人には特典も
「たとえば運動会のサポートに参加していただいた保護者の方は、自分のお子様が演技をする際に写真を取りやすい席を優先的に確保できるなどの特典を提供しています」
●4:夢プロジェクトの発案と運営
「学校やPTOが決めたイベントだけでなく、保護者の方発案の『夢プロジェクト』という機会を設けており、だれでもアイデアを出して実行していただけます」
嶺町小学校のPTO活動
実際にどのような企画をやっているのか教えてもらいました。
●1:嶺小夏祭り
「夏休みに校舎を使ってお化け屋敷やビーズづくり、射的や魚釣りなど、楽しいイベント盛りだくさんのお祭りを実施しています」
●2:ハロウィンウォーキング
「多摩川の土手を仮装して歩きます。写真ブースなどもつくって、記念撮影なども撮りながらハロウィンの思い出がつくれます」
●3:ストリートキャンプ
「地元の商店街と協力をして、道路を使って楽しいイベントが盛りだくさんのお祭りを実施しています。道路に思い切り絵を書いたり、工作をしたりして地域の方とのふれあいも創出し、また地元の中学校のボランティアお兄さん・お姉さんとも触れ合う機会をつくっています」
●4:逃走中
「多摩川の河川敷を思いきり使ったリアル逃走中を実施しました。鬼ごっこに近い形で保護者のみなさんがハンターになって子どもたちと死闘を繰り広げます」
忙しくても、貴重な小学校時代を親子が一緒に過ごせる時間をもてた
実際にPTO活動に参加をした保護者の方に話を伺いました。
大田区嶺町小学校に、小学2年生の長女を通わせている由美子さん(仮名)は、フリーランスの編集者。在宅勤務とはいえフルタイムで働いており、保育園時代は「小学校PTAの役員決め」などに漠然とした不安を感じていました。
嶺町小学校に入学してみると、PTOに関する資料が配られ、「やらないといけない義務感を廃止して完全ボランティア制で運営している」という説明を受けたそう。当初、忙しさもあって「拘束時間はないのはとても助かる」と思っていた由美子さんですが、娘の希望もあって、たまたま時間があいていた日のボランティア活動に参加。
プレッシャーなしで子どもとともに楽しめる「サークル活動」のような現場に魅了されたようでした。
●前日にドタキャンの危機でも「無理なくご参加ください」
漫画『SPY×FAMILY』の主人公・アーニャの仮装がしたいという娘に、「ママもハロウィンのお手伝いをして」と頼まれた由美子さんは、事前に送られてきた登録フォームからハロウィンウォークのボランティアに応募しました。
「イベントの前日には娘の歯茎が腫れ、熱が出てしまいました。もしかしたらドタキャンするかもしれない事態に恐縮しつつ、担当者に経緯を説明するメールを送ると『お気になさらず、参加できるときに無理なくご参加ください』という返信が」(由美子さん)
病欠の返信としては想定内の内容ですが、翌日、朝一番に歯医者に行って回復した娘と現場に足を運ぶと、その言葉が「嘘偽りの無い本音」だと実感します。
「PTOのメンバーは、心から楽しんでボランティアに参加しており、サポーターのキャンセルが出てもフォローできるような仕組みで運用されていました。帰宅部の人がいても気にならなかった学生時代の部活のように、『自分が楽しいから活動していて。活動しない人がいても問題ない』というようなスタンスだったので、気負いなく参加できました」(由美子さん)
●参加したい人にペナルティはないけれど参加した人にメリットはある
PTOには様々な趣味や特技、職業を持つ保護者が参加しており、ハロウィンウォークの現場には、本格的な一眼レフを持ったカメラマンも参加していたそう。
「イベント開始前のまだ人が少ない時間に、仮装をした子どもとの写真を撮影してもらい、一般参加より多くの記念写真をもらうことができました」(由美子さん)
「参加しないペナルティ」ではなく「参加する特典」を設けることで、よりいっそうモチベーションがあがる効果も。また、子どもが思春期に入ると親子で過ごす時間がとれなくなる傾向があるなか、貴重な小学校時代を親子が一緒に過ごしイベント運営に取り組む経験そのものにも、多くのメリットが感じられたようでした。
「1回だけ」と気軽に参加して楽しくなり、2〜3年続けるメンバーも多いという、嶺町小学校のPTO。無理なくそれぞれの「得意分野」を活かせるシステムは、親にとっても子どもにとっても得るものが大きい環境と言えそうです。