今あえてスーパーカブを買った筆者の率直な思い
筆者が購入したスーパーカブ C125。納車直後の1枚(筆者撮影)
1958年のデビュー以来、60年以上も基本設計を変えずに作り続けられ、累計生産台数は1億台以上。世界のモビリティシーンの中でも、比類なき実績を打ち立て、いまなお販売が続く本田技研工業(ホンダ)の「スーパーカブ」。
毎日、当たり前のように目にする乗り物ではあるが、最近になって「一度、所有してみたい」という気持ちが湧き上がるようになってきた。
きっかけとなったのは、やはり2017年の1億台達成と、その次の年に迎えた60周年だった。しかも、自分と同じ日本生まれだ。
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モビリティジャーナリストを名乗る人間であり、過去にイタリアのベスパ、フランスのソレックスを所有したことがあったので、「日本代表の魅力をたしかめるべき」と思うようになった。
1億台を記録した2017年に、筆者は55歳を迎えていた。そこで漠然と、還暦を迎えるまでに買おうと心に抱くようになった。切りのいい次のタイミングとして頭に思い浮かんだのが還暦だったのだ。
とはいえ、迷いもあった。まずは「どのスーパーカブを買うか」ということだ。当時、日本では、2017年にモデルチェンジして現行型になった「50」と「110」、60周年を記念して2018年に発売された「C125」の3タイプが販売されていた。
現行型スーパーカブ50(写真:本田技研工業)
これ以外に派生車種として、アウトドアテイストを盛り込んだ「クロスカブ」、スーパーカブと同じエンジンを使ったレジャーバイクの「モンキー125」もあったが、筆者はオリジナルデザインにこだわりたかったので、スーパーカブ3車種から選ぶことにした。
その気持ちは、その後「CT125ハンターカブ」や「ダックス125」が出てからも、変わることはなかった。
購入したのはプレミアムなC125
運転免許は大型2輪も持っているので、50でなくてもかまわない。逆に原付一種の50は30km/hの制限速度や交差点での2段階右折などがネックになると思ったので、早々にリストから外した。
残るは原付二種の110とC125だ。110は日本製、C125はタイ製で、生産国でいくと前者を選びたくなるところ。またC125はプレミアムモデルという位置付けであり、実用車という本来の立ち位置を貫く110に惹かれたのも事実だ。
2022年にマイナーチェンジを実施したスーパーカブ110(写真:本田技研工業)
しかし、当時の110は、スポークホイールにチューブ入りタイヤ、前後ドラムブレーキというスペックだった。キャストホイールにチューブレスタイヤを組み合わせ、前輪ディスクブレーキを備えたC125のほうが、安全性では長けていると感じた。
2021年には環境性能に優れた新エンジンを搭載するとともに、前輪のみではあるもののABSが標準装備されたことで、その思いはさらに強くなっていた。でも同じころ、海外で発売された“ある仕様”が、気持ちを押し止めることになる。
C125はグローバルモデルで、改良型は日本に先駆けて生産国のタイとヨーロッパで発表されたのだが、そこには全身を黒に近いマットグレーで統一し、シートを赤としたカラーが追加されていたのだ。
とりわけヨーロッパでは、この色だけが設定された。現在もいくつかの国のウェブサイトを確認すると、現地で買えるスーパーカブはマットグレーだけになっているようだ。
クルマでは長年フランス車やイタリア車を乗り継ぎ、バイクもモトグッツィやベスパを所有してきた筆者にとって、たしかにマットグレーのC125からはヨーロピアンテイストを感じた。
かつて筆者が所有していたベスパP125X(筆者撮影)
それとともに、スーパーカブの開発当時のエピソードを思い出した。ホンダの創業者である本田宗一郎氏と経営を司っていた藤澤武夫氏が、自転車取り付け用エンジンの「カブF型」に代わる新型車の構想を練るために、ヨーロッパ視察を行ったという話だ。
このときは実際に現地のモペッドを何台か買ってきて、開発の参考にしたという。こんなエピソードからも、筆者がヨーロッパ風のスーパーカブに惹かれるというのも、そんなに的外れではないと勝手に考えている。
筆者が所有していたソレックスのモペッド「S3800」(筆者撮影)
ところが、日本ではなかなかこのボディカラーが設定されない。そのうちに2022年になり、110にもキャストホイールとチューブレスタイヤ、前輪ディスクブレーキおよびABSが装備されるようになった。
価格はC125より10万円以上、安い。おまけに日本製で、ちょっと心が揺らいだ。まもなく還暦を迎えることになり、気持ちが110に傾いていく中で、2023年を迎えることになった。
すると年明け早々、C125のカラーバリエーション変更が発表に。なんとマットグレーが日本でも売られることになった。思い悩む筆者の気持ちを、天国にいる本田氏と藤澤氏が察してくれたような気がして、すぐにホンダに買いたい旨を伝えた。
“スーパーな乗り物”という実感
生産遅延はクルマに限った話ではなく、スーパーカブもその影響を受けているが、真っ先に注文を入れたこともあり、約2カ月後の3月下旬に納車となった。
納車直後のメーター。オドメーターには「1km」と表示されている(筆者撮影)
あれから2カ月あまり。距離はそんなに伸びてはいないけれど、東京23区内をメインに、あちこち走り回った印象を簡単に言えば、やっぱり60年、1億台を達成したことを実感する“スーパーな乗り物”ということになる。
なによりも、乗っていておもしろい。スーパーカブは究極の実用車、つまりコモディティを目指した車両なのに、趣味の相棒、つまりマシンとしても十分に満足できるのだ。
クラッチレスを実現するために、自動遠心クラッチと4速MTを組み合わせたことが、イージーライドと操る喜びを両立している。
ライダーの下にガソリンタンク、その下にエンジンとトランスミッションがほぼ垂直に並ぶという、自転車に近い重量バランスも見逃せない。走り出せばすぐに、慣れ親しんだ乗り物のように安心して操ることができる。
エンジンとチェンジペダル。チェーンなどがカバーされていることがわかる(筆者撮影)
パワーユニットのまろやかさも、特筆できる。空冷単気筒エンジンの鼓動や左足で操作するトランスミッションのタッチなど、すべてがソフトで、エンジンやチェーンがカバーされていることもあり、気になるノイズもない。
乗りながらなごんでしまう。それでいて排気音は歯切れよく、オートバイに乗る楽しさも味わわせてくれる。
ちなみにこのまろやかさ、以前乗った110はここまでではなかった。見た目だけでなく乗り味も、プレミアムなスーパーカブというコンセプトをしっかり実現できていると感じている。
もう1つ、110より好ましいのは、シートの高さだ。日本人の体格に合わせて低めにセットされた110に対して、C125はグローバルモデルということもあって、シート高が40mm以上高い。
都内のバイク駐車場にて。ヘルメットを収納するためリアキャリアにボックスを装着した(筆者撮影)
それでも身長170cmの自分なら楽に両足が着くし、シートに対してハンドルがやや低く、少しだけ前傾の姿勢になるうえに、ひざの曲がりがゆるやかになるので、モーターサイクルに慣れ親しんだ身には扱いやすいし、疲れにくい感じがする。
唯一、気になるのは、多くのスクーターにはあるメットインスペースがないことだが、これはリアキャリアにボックスをつけることで解決した。
1つの「理想形」として
スーパーカブといえば、燃費の良さも愛される理由の1つ。満タン法で計測したのはまだ一度だけだが、そのときの数字は57.4km/Lだった。
給油中の様子。燃料タンク容量は3.7Lだが、これで約200km走れるのだから驚く(筆者撮影)
WMTCモードのカタログ燃費68.8km/Lには劣るけれど、当たりのついていない下ろしたての車両で、あっさり50km/Lをオーバーしてしまったのは、すごいというほかない。
ホンダはクルマだけでなく、バイクについても電動化を進めることを明言しており、先日交換式バッテリーを搭載した原付一種登録の「EM1e:」を発表した。
筆者は電動モビリティを否定するつもりはない。というか、これの原付二種仕様が出てきたら欲しいとさえ思う。でも、50km/L以上走れば、それだけで十分エコだと思うのも事実。つまり、環境対策のアプローチは1つである必要はなく、目的に最適な手法を選ぶのが自然だと感じている。
そしてなによりも、自分ひとりで移動するなら「クルマは過剰だ」ということを教えられた。道路占用面積も環境負荷も小さなスーパーカブこそ、エンジン付きパーソナルモビリティの理想形だと思う。しばらく生活のパートナーとして付き合っていきたい。
(森口 将之 : モビリティジャーナリスト)