“鐘のおじさん” 秋山気清さんが21年間の「NHKのど自慢」鐘奏者人生を振り返る「前日に彼氏にフラれた女性」「歌をやめないおばあちゃん」リニューアルした番組を見て何を思う?

NHKのど自慢」で21年間鐘奏者を務めた秋山気清(きせい)さん。3月26日の放送をもって番組を卒業した“鐘のおじさん”に集英社オンラインがインタビュー。前編では秋山さんが番組の鐘奏者になるまでの人生を語ってもらった。後編では番組裏話とリニューアルした「NHKのど自慢」に対する思いを聞いた。

判定不服の時のささやかな抗議

「やはり『(NHKのど自慢』はただの歌番組と違って、一人ひとりの人生に触れるような瞬間が多い。本当に数え切れないくらいの人に出会い、そのエピソードを聞いてきましたので、21年間があっという間に感じました。

『この曲を歌って奥さんと結婚した』『脳梗塞で倒れて復帰してやっとこの曲を歌えるようになった』なんて方もいましたね。だから私はすべての人に合格の鐘を鳴らしたかった」

鐘の鳴らし方は3パターン。合格を意味する「鐘3つ」(ドシラソ ドシラソ ド ミ レの11音からなるお馴染みのメロディ)と、不合格を意味する「鐘2つ」(ド レの2音)、「鐘1つ」(ドのみ)となっているが、決して秋山さんが判定していたわけではない。

「審査室から私のイヤホンに判定の指令がくるので、それに従って叩いていただけです。ただ、『今のが鐘2つ? 鐘3つでしょう』と思うことだって多々ありました。そんな時にはドとレの間を少し空けて、 “カーン・カーン”と叩いてました」

21年間の鐘奏者人生を振り返る秋山さん

いくら抗議の意思を持って鐘を鳴らしても、鐘2つは鐘2つ。秋山さんが判定していると思っている視聴者からクレームを受けることもあったという。

「私が鐘奏者になったばかりの頃に韓国で『のど自慢』をやったことがあるんです。ほとんどの方が日本の歌謡曲を歌うのでびっくりしましたね。それで、20歳くらいの女性に鐘1つを鳴らしたら『どうして鐘1つなんだ』と抗議をされました。私としては『知りません』としか言えませんよね。

逆のパターンもありましたよ。ある回に登場した高校生くらいの男の子に鐘3つを叩くと、その子はサッと私の方を振り返って握手を求めてきました。普通、合格したら司会のアナウンサーに抱き着いたりするんですが、確かにこれだと私が合格させたみたいですよね」

バックバンドの粋な計らいも生バンドならでは

NHKのど自慢」はご存じ生放送だ。秋山さんは21年間番組を出演するなかで起こった“生ならではのハプニング”を笑顔を浮かべて述懐する。

「昔は合格した人に名前と住所を聞く決まりになっていて、ある放送で若い女性が合格したので司会のアナウンサーが『おところとお名前は?』と聞いたんです。そうすると女性は『え、男の名前を言うんですか……?』と聞き間違えて困惑しているんです。

どうやら『のど自慢』に出演した前日に彼氏にフラれちゃったそうで、よほど思い詰めてたからそう聞こえてしまったんでしょう。アナウンサーがアドリブで上手くこなしていましたけどね」

そんなアドリブ力が求められる「NHKのど自慢」の司会が特に気をつかっていたのが時間配分だったそうだ。しかし、中にはこんな強者も。

「段取り通りに終わらせようとすると、持ち時間は1人1分程度。だからサビ前で鐘を叩くことも多いんですが、あるおばあちゃんは鐘を鳴らして音楽が止まっても夢中になっていて気づかなかったのか、一向に歌をやめない。あまりに一生懸命だからバンドも演奏を再度スタート。当時の司会の小田切(千)アナも『歌い切りましたね』と労っていましたよ。こういうのは生ならではで、面白かったですね」

番組において欠かせない存在だったバックバンド

番組は4月2日からリニューアル。伴奏は生バンドの演奏からカラオケ音源へと変更されるので、こうしたバックバンドの粋な計らいも今後は見られなくなってしまった。

また、司会のアナウンサーも10年間務めた小田切千アナから廣瀬智美アナと二宮直輝アナが交代で担当する体制となった。さらに、テーマソングも葉加瀬太郎氏がアレンジした新バージョンに刷新。このような“新生”「NHKのど自慢」について、秋山さんはどのように思っているのか。

リニューアルした「NHKのど自慢」に何を思う?

「これまでの『のど自慢』は生放送とはいえ、どこかのんびりした空気があったのですが、新しくなって少しせわしくなった印象を受けました。カラオケ音源もやはり残念ですね。生バンドの良さは、歌い続けたおばあちゃんの話のようにアドリブができること。

素人の方だと、本来より遅いテンポで歌ってしまうこともありますが、バンド演奏ならさりげなく伴奏のスピードを落とすといった調整をしていたんです。ですから、どのような理由かはわかりませんが、そこ(生バンド演奏)は貫いてほしかった」

番組がリニューアルされてバックバンドがいなくなってしまった

もちろん、秋山さんはすべてを批判的に見ているわけではなく、「新『のど自慢』もこれからどんどん良くなってほしい」と古巣にエールを送る。

さて、長年お世話になった番組から巣立った秋山さんは今後どのように過ごしていくのか。

「21年間、週末になると放送のためにいろいろな地方に出張していましたが、今はのんびりしています。

妻は週末に私が家にいることにまだ慣れないようですね。この間の日曜日(リニューアルして最初の放送日)も私が家にいるもんだから『今日は月曜日だっけ?』と聞いてきましたよ。

今後についてですか? とりあえず就活でもしましょうか(笑)。とりあえずしばらくはゆっくりして、また何かしら音楽に携われたらなあ、とぼんやり思っています」

リニューアルされた「NHKのど自慢」では、鐘奏者は各地のオーケストラの打楽器奏者が担当することになっている。つまり、毎週同じ人が叩くことがなくなるということで、残念に思うのど自慢ファンは多い。

最後に秋山さんはトレードマークの笑顔で穏やかにこう語った。

「今まで応援していただいて本当にありがとうございました。これからもみんなが『のど自慢、大好き』と言って、テレビの前に集まってくれたらうれしいです」

取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班