坂本龍一さん(写真:AP/アフロ)

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2023年3月28日に71歳で亡くなった坂本龍一さん。音楽家として高いカリスマ性を見せる一方、お笑い番組にも数多く出演し、そのギャップがお茶の間にインパクトを与えてきた。お笑いに詳しい識者は「お笑いに対する理解や愛情があり、ここまで『シャレ』がわかる大物アーティストは、日本では少なかったのではないか」とする。

YMO時代には3人でお笑い番組出演

東京都出身の坂本さんは東京芸術大学大学院を卒業後、1978年に細野晴臣さん、高橋幸宏さん(23年1月没)とYMOを結成。シンセサイザーを使ったテクノポップサウンドを生み出し、社会現象を巻き起こした。83年には大島渚監督の映画「戦場のメリークリスマス」に出演し、主題歌も制作。87年には映画「ラストエンペラー」の楽曲を手がけ、グラミー賞やアカデミー作曲賞を受賞するなど、音楽家として国際的な評価を高めていった。

「教授」という愛称が定着するほど、知性あふれる言動や佇まいで知られていた坂本さん。その一方で深かったのが、お笑い界との縁だ。80年にリリースされたYMO4枚目のアルバム「増殖」では、DJの小林克也さん、俳優の伊武雅刀さん、音楽プロデューサーの桑原茂一さんによるコントグループ「スネークマンショー」のコントを曲間に挿入するという斬新な取り組みを実施した。

またYMO時代には漫才番組「THE MANZAI」(フジテレビ系)や、「戦メリ」で共演したビートたけしさんらが出演するお笑い番組「オレたちひょうきん族」(フジテレビ系)に、メンバー3人揃って出演し、漫才やコントを披露する姿が見られた。

お笑い評論家としても活動している江戸川大学メディアコミュニケーション学部マス・コミュニケーション学科の西条昇教授は23年4月7日のJ-CASTニュースの取材に、YMO時代に見せた坂本さんの「お笑い挑戦」について「YMOの3人は全員お笑い好きとして知られていますが、知的でおしゃれなイメージがあり、またメイクも施すなどセクシーな印象もあった坂本さんが面白いことをやるというギャップは大きかったのではないでしょうか」と振り返る。

「アホアホマン」で衝撃的な姿

90年代に強めたのは、お笑いコンビ・ダウンタウン(松本人志さん、浜田雅功さん)との結びつきだ。「ダウンタウンのごっつええ感じ」(フジテレビ系、91年〜97年)では、松本さん演じるキャラクター「アホアホマン」の兄役で衝撃的な姿を披露し、浜田さんとも身体を張ったコントを演じた。「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!」(日テレ系)では、浜田さんが米ニューヨークに住む坂本さんの自宅にシャープペンシルを取りに行き、坂本さんがぞんざいな態度でシャープペンシルを投げ渡したシーンが有名だ。

「ラストエンペラー」の評価で世界的な評価を得た後の坂本氏の姿に、西条氏は「『世界のサカモト』になっても、身体を張ったコントに挑戦することに抵抗がなく、むしろ自分のイメージを利用して、そのギャップによって笑いを生み出されていた。お笑いに対する理解や愛情があり、ここまで『シャレ』がわかる大物アーティストは、日本では少なかったのではないでしょうか」とする。

お笑い芸人並みに身体を張る一方、音楽家としてもお笑い界に関与した坂本さん。94年にはダウンタウン扮する音楽ユニット「GEISHA GIRLS」の楽曲をプロデュースし、自身もサポートメンバーとして参加した。GEISHA GIRLS以前にも、ビートたけしさんや山田邦子さんの楽曲にも携わった。

坂本さんの死を受け、ビートたけしさんは公式サイトで「ただただショックで残念で仕方がなく言葉もありません」とコメント。松本人志さんはツイッターで「坂本龍一さん。たくさんの楽しい思い出ありがとうございました」と投稿している。