兵器で最も重視される要素とは? 「レオパルト2」はなぜベストセラー戦車となったのか
ドイツ製戦車「レオパルト2」は、いわゆる西側陣営のベストセラー戦車です。なぜこれほど広く使われるようになったのか、その理由を紐解くことで、およそ「兵器」というものに最も求められているものについて見ていきます。
クルマも戦車も買うならドイツ製…となるワケ
アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、ロシア、イスラエル、スウェーデン、スイス、日本。この中で日本車以外の外車を買うとしたら、どの国のものを選択するでしょう。
日本国内で販売された輸入車の、2022年1月から12月における累計台数は、メルセデスベンツ、フォルクスワーゲン、BMW、アウディのドイツ車で全体の52%を占めています。ドイツ車が選ばれるのは「故障しにくそう」「信頼性が高そう」という、これまでに定着している工業力のブランドイメージによるところも大きいのではないかと思われます。
そのようなブランドイメージができたのは、ドイツ車メーカーのセールスが上手いというだけではなく、実際に品質がよく、アフターケアもしっかりしているという実績から生まれた、メーカーに対する信頼が築かれてきたからでしょう。あるスーパーカーが最高時速300kmと謳われても、故障が多ければ需要は限られます。
ドイツ陸軍の「レオパルト2A6」(画像:アメリカ陸軍)。
冒頭に上げた10か国は戦車を国産している、またはしていた国です。そのほかの戦車を保有している国は、これらの国のどこかから戦車そのものや部品、技術を輸入しています。国が戦車を輸入する際は、民間のクルマとは違い国防という国家の命運に直接、関わりますので、選択は慎重になります。カタログスペックとともに、実績と信頼が優先するのは当然です。
そうした意味で、昨今話題になっているドイツの「レオパルト2」は、実績と信頼を積み重ね売れ続けてきたベストセラー戦車といえるでしょう。とはいえもちろん、最初から実績と信頼があったわけではありません。
「レオパルト2」がデビューした1979(昭和54)年は、東西冷戦の真っただなかという時期です。当時の西ドイツは、ソ連を中心とした東側諸国によるワルシャワ条約機構軍の戦車部隊に対抗する最前線だったこともあり、「レオパルト2」は大量に生産されます。
ところが1991(平成3)年に冷戦が終結すると、これが余剰になります。戦車は持っているだけでもコストになりますので、ドイツは中古市場へ安価に放出しました。ドイツ車に代表されるような「工業力のブランドと性能」をひっさげた戦車が安価に手に入る、というコスパの良さから、「レオパルト2」の顧客は増え始めます。
「レオパルト2」は西側最大のベストセラー戦車へ かたや東側陣営では…?
とはいえ「レオパルト2」は、ドイツのブランド力だけで売れたわけではありません。
クルマのディーラーが謳うセールス文句そのままのような、堅実かつ発展性のあるその設計は、ユーザー独自の改修を施す余地が大きく、ドイツ政府やメーカーはそうしたニーズに応じ、仕様変更にも対応する柔軟なサポート態勢を整えるという品質向上にも努力しました。
こうしてドイツおよび「レオパルト2」は、ユーザーが増えればさらにアフターフォローも充実するという、持続可能なビジネスモデルの構築に成功したのです。ウクライナが「レオパルト2」を熱望した大きな理由のひとつは、この充実したアフターフォローを期待してのことです。
「レオパルト2」はユーザーのニーズに応じて改修できる設計上の余裕があった。ポーランド陸軍仕様に改造された「レオパルト2PL」(画像:ポーランド国防省)。
ここでひとつ注意が必要なのは、戦車をはじめ兵器ビジネスは、クルマのビジネスとは違って基本、国家間取引で、製品力だけでなく外交関係の影響を強く受ける、ということです。
「レオパルト2」と対決するかもしれないロシアのT-72戦車は、これまで41か国で使われ生産台数も2万5000両以上という、「レオパルト2」をしのぐベストセラーです。しかし、日本でソ連/ロシア製のクルマをほとんど見かけることがないように、かの国に「工業力のブランド」は、宇宙技術など以外にあまり感じられません。
T-72がベストセラーになったきっかけは、戦車の製品力というより、旧ソ連を中心とする社会主義陣営のなかで友好国へ政策的に安価で輸出し、一方で国産戦車の開発を許さないという、ソ連の政策的要因が大きく関係します。第2次世界大戦まで戦車王国と呼ばれたドイツの系譜を継いだ西ドイツが、「レオパルト」という傑作戦車を生み出したのとは対照的に、ソ連の社会主義陣営に入った東ドイツは、戦車の試作すら許されませんでした。
冷戦期、東側陣営の最前線だった東ドイツ軍のT-72戦車。西ドイツと並び戦車王国の血統でもある東ドイツだったが、盟主ソ連の意向で戦車の独自開発は許されなかった。
ただ、ソ連/ロシア戦車はコスパに優れていました。T-72は先端技術こそ使われていませんが、長く使われている堅実な技術で高い信頼性がありました。そうでなければ政治力のごり押しだけで、41か国ものユーザーを獲得することはできません。ユーザーが増えれば品質も安定し、アフターフォローも充実するという持続可能なビジネスモデルができたのは、「レオパルト2」と同じ流れともいえます。
戦車の供給が追いつかない! そこに商機は…?
2023年現在、ここにきて戦車の需要が高まってきている一方で、先に挙げた戦車国産国のいくつかは新車製造を取りやめるなど、供給があまり追いつかない状況に陥っています。
T-72も堅実な設計と高い信頼性があり、ユーザーのニーズに応じて改造された。写真はポーランド軍のT-72の改良型であるPT-91(画像:ポーランド国防省)。
第1次世界大戦で実用戦車を発明し、真っ先にウクライナへ戦車供与を決定したイギリスも、2009(平成21)年に戦車生産ラインを閉鎖しています。
2023年2月3日にはノルウェー軍が次期主力戦車選定において、最終候補に絞り込んでいた「レオパルト2A7」と韓国のK2から、「レオパルト2A7」を採用することに決定しました。しかしドイツの生産能力が追い付かず、ノルウェーのような新規顧客の納品は順番待ちになりそうです。
ロシアの新規戦車製造も、電子部品の多くを西側のサプライチェーンに頼っていたことから、経済制裁の影響で滞っていると伝えられています。
日本の国産10式戦車。小型軽量で、重厚長大化した西側第3世代戦車とは一線を画すコンセプト。日本専用仕様で輸出は考慮されていない(月刊PANZER編集部撮影)。
日本は戦後、実績も信頼もない日本車を国際市場に拡販して、日本車ブランドを築き上げてきた経験があります。10式戦車や日本の戦闘車両技術にビジネスチャンスはあるのでしょうか。
国内の防衛関連産業の衰退が問題視されているなか、日本は自動車ビジネスの経験を、真剣に振り返る時期に来ているのかもしれません。