冬の守護神「ラッセル車」社員減で車掌が兼務 電気代も圧迫 鉄路守る厳しさ弘南鉄道に聞く
青森県の弘南鉄道で94歳のラッセル車が現役です。その名はキ100形。自走はせず、機関車に後押しされ走ります。ローカル線の冬は古豪の車両と、職員の絶え間ない努力で守られていました。
御年90歳の古豪2両が現役
青森・津軽平野の冬は、気圧配置の等圧線が縦に並ぶと、大陸から東へ向かって冷たい風が吹き、雪雲が流れ込んで断続的な降雪となります。元・東急電鉄の7000系電車が走る弘南鉄道は、大鰐線と弘南線の2路線に除雪車が配備され、降雪に備えます。この2路線はお互い独立しており、それぞれに除雪車が必要なのです。
除雪車は、ハイモやMCR(モーターカーロータリー)と呼ばれる排雪用モーターカーだけでなく、昭和の時代から活躍してきたキ100形ラッセル車が2両在籍しています。キ100形は弘南線用キ104が1929(昭和4)年製で車齢94歳、大鰐線用キ105が1937(昭和12)年製で車齢86歳という古豪です。後押しをする電気機関車も引けを取らないほど古豪で、弘南線は1923(大正12)年製ED33 3号機、大鰐線は1926(大正15)年製ED22 1号機です。
弘南線はキ104とED33 3の組み合わせだ。キ104は1929年 苗穂工場製で、1968年に国鉄から弘南鉄道へ譲渡された(2023年1月21日、吉永陽一撮影)。
鉄道ファンとしては、令和の世の中で戦前製のラッセル車と機関車が走行する姿にしびれ、キ100形と電気機関車が豪快に除雪する勇姿を見て心躍る気持ちとなりましょう。実際に撮影ツアーを行う趣味団体もあり、しっかりと統制できる団体に限定して弘南鉄道が協力し、除雪列車を走らせることがあります。
また弘南鉄道も、この除雪列車の体験コンテンツを海外の旅行会社へ紹介。以前は事前に除雪列車の時刻を公表し、全国からファンが駆けつけたこともありました。さらにキ100形は、同鉄道のイメージキャラクター「ラッセル君」にもなっています。
私(吉永陽一:写真作家)は2023年1月に除雪列車を撮影した際、せっかくの機会なのでキ100形や除雪列車について弘南鉄道へお話を伺いました。除雪作業でお忙しいなかお答えいただき、この場を借りて御礼申し上げます。
モーターカーとラッセル車の違いは?
先に紹介したように、キ100形は自走できません。除雪列車を走らせるといっても、後押しの機関車運転士1名、キ100形に操作員2名の計3名が最低限必要です。現在は社員数の減少などで車掌業務と操作係を兼務して切り盛りしており、休日出勤や時間外勤務のほか職域や職責を越えてなんとか頑張っている状況です。
一方モーターカーは、雪の寄せ集め作業がなければ最低2名で対応可能なのですが、モーターカーは車体が軽いために湿った重い雪には弱く、浮き上がってしまうのです。そこで人員が必要でもキ100形が選ばれ、しかも車体は鋼鉄仕様のため力強く、重い雪もかきあげて進むことができます。
キ105のサイドフォルム。大きな翼が雪を寄せるウイングである。除雪時はこれが魚のエラ呼吸のように開く。許可を得て撮影(2023年1月21日、吉永陽一撮影)。
そもそもモーターカーとラッセル車の用途は異なります。モーターカーは線路上と線路脇表面の雪を、車体にある回転式のロータリー装置で遠くへ飛ばします。道路用の除雪車にもこのタイプはメジャーですね。ただし湿った雪はロータリー装置内で詰まってしまうこともあるとか。
ラッセル車は「ウイング」と呼ばれる翼のような板を広げ、線路上の雪を線路脇へ寄せるのが主な役割です。鋭利な形状の前部には、下側部分がせり出す「フランジャー」と呼ばれる装置があり、線路間にある雪をえぐるように掻き出すときれいに除去でき、モーターカーよりも深く除雪できます。新雪のたびに出動するモーターカーと比較して、除雪出動回数を抑えられるのです。
電気機関車も大正生まれ
弘南鉄道では人員が少ないなか、しっかりと除雪できるキ100形をなんとか走らせて頑張っています。雪の絶えない天候でも電車を安全に走らせるため、職員の不断の努力によって成り立っているのです。稼働日は降雪の状況によって変化するものの、連日であったり、1日4回以上運行したりと、高頻度です。それほど降雪の多い日が続くのです。
今年になっても断続的に強い降雪が続き、直近の2月1日も強い冬型気圧となってドカ雪が降りました。そのたびにキ100形を運行し、合間に撮影ツアーも行い、そのファンサービスに頭が上がりません。
ED33 3はED22形と同じ製造所であるが、凸型車体は少々小ぶりだ。武蔵野鉄道発注、西武鉄道から弘南鉄道へ譲渡されてきた(2023年1月21日、吉永陽一撮影)。
弘南鉄道は除雪車を体験型観光コンテンツにしようと、冬場に限らず1年中キ100形と触れ合う機会を設け、2022年に車両基地見学やラッセル操作体験を実施。100名以上が来場しました。こうして我々一般旅客が、事業車であるキ100形と触れ合うことで、除雪と冬の安全運行の理解が深められます。
さて、キ100形ばかりが注目されますが、それを後押しする電気機関車も大事な存在です。ED22 1号機、ED33 3号機とも大正生まれで、古いゆえ調子が悪かったものの、外注工事で1年ほどかかってモーターコイルを巻き直して改修しました。両機関車は交換パーツが乏しく、いまは調子が良くとも車体老朽化は否めません。補修も営業電車の合間に行うため、時間がかかってしまうのだそうです。
かさむ電気代 とにかく厳しい冬
さらに弘南鉄道の除雪車は電化路線ゆえ、電気と切っても切れない関係です。除雪列車は電気機関車で運行し、そのたびに電気使用量が増します。昨今は電気代の値上げが取り沙汰されていますが、鉄道の世界でも例外ではなく、冬季は空転、滑走、架線離線に対応するノッチアップ(力行)回数の増加、転轍機ヒーター、暗い早朝の外灯点灯と、電気使用量が増加するため、契約電力量をオーバーしないよう注意が必要です。
また経産省の減免処置対応に関連して、使用電力量に対して売上が向上しないといけないため、利用収入増加が求められています。「キ100が動いている!」と沿線で喜ぶ背後には、電気代とのせめぎ合いがあるのです。かといって降雪は待ったなしなので、除雪列車は頻繁に運行しないとならず……。難しい状況ではあります。
除雪作業が終わり、職員がED33 3のデッキを行き来する。運転台へは前部デッキより出入りする構造である。許可を得て撮影(2023年1月21日、吉永陽一撮影)。
キ100形が運行されるのは弘南鉄道のみとなり、全国のファンが注目するでしょうが、マナーを守り、くれぐれも安全への配慮が欠けた行為は慎むべきです。除雪作業時の危険行為や沿線住民への迷惑行為はもちろん、雪で分からないからと田畑などへの侵入も厳禁です。また除雪列車撮影ツアーは有料であり、参加撮影者に対する妨害行為などもやめましょう。
一般常識として当たり前のことですが、目の前の貴重な列車に目が眩んで周りが見えなくなるのではなく、むしろ厳しい冬に、沿線住民の足を確保するキ100形と電気機関車、運行に携わる職員の皆様へ敬意を表したいところですね。