「最近、彼が冷たい…」御曹司の男が彼女に内緒でコソコソ連絡を取っていた相手とは
「海外で、挑戦したい」
日本にいる富裕層が、一度は考えることだろう。
そのなかでも憧れる人が多いのは、自由の街・ニューヨーク。
全米でも1位2位を争うほど物価の高い街だが、世界中から夢を持った志の高い人々が集まってくる。
エネルギー溢れるニューヨークにやってきた日本人の、さらなる“上”を目指すがゆえの挫折と、その先のストーリーとは？
現状に満足せず、チャレンジする人の前には必ず道が拓けるのだ―。
Vol.6 国際恋愛の壁に直面した女
コミュニティカレッジ留学中・瀬奈（28歳）
「あははっ！やだ、そうだったの？」
ハーレム地区にあるコミュニティカレッジの帰りにグロッセリーストアに寄ると、40代くらいの女性2人の大きな笑い声が聞こえてきた。
楽しそうに話す彼女たちを見て、友人同士だと思っていたが「ねぇ、ところであなた名前は何て言うの？」と自己紹介を始めた。
そこで、彼女たちが初対面だと知り驚いた。
ニューヨークに来てから、見知らぬ人によく話しかけられる。ナンパも多いが、彼らは文化的に、見知らぬ人とも普通に会話をする。
そんな光景を微笑ましく見ていると、テキストが届いた。
「Do you wanna go out with me?（デートしない？）」
送り主は最近連絡を取り合っているアメリカ人のノアから。彼とは友人を通して知り合った。
私は大学卒業後日本で就職したものの、夢だったニューヨークへの留学が諦めきれず、思い切って会社をやめて、ニューヨークへ留学でやって来た。
初めの1ヶ月間通った語学学校で、たまたま日本人の真理さんと出会った。彼女はMBAを受けるために来たらしく、2週間だけ通っていた。
色々と話すうちに意気投合した私たちは、それぞれ違う学校に行った後も、たまにお茶をする仲だった。
ある日、彼女が通うコロンビア大学内のカフェテリアでランチをしていた時、彼女と同じMBAコースを取るノアと出会った。
その時は何気ない会話で終わったのだが、その日の夜、SNSを通してメッセージが来た。
何度かやりとりしているうちに、デートに誘われたのだ。
「I’d love to;)」
初めから彼の綺麗な目や紳士的な振る舞いに惹かれていた私は、すぐにYESと返信した。
そうして、私たちはデートを重ねた。
彼は知れば知るほど優しくてスマートで、私はどんどん惹かれていった。
彼のほうも私を気に入ってくれたようで、いつしかお互いのことを彼氏・彼女と人に紹介するようになっていた。
付き合って半年が経った頃。
最近なんだか急に彼がよそよそしくなった。元々授業が忙しく会えない日も多かったが、近頃は会える日もめっきり少なくなり、テキストの返信もそっけない。
そろそろ終わりが近づいているのかと思っていた時、彼から家に呼ばれた。
ハーレムとアップタウンの境にある彼のStudioタイプ（ワンルーム）のアパートメントの部屋に行くと、彼が目を潤ませながら言った。
「I love you, Sena. I love you so much…」
てっきり別れ話だと思っていた私は拍子抜けた。と同時に、涙が溢れ出た。
彼は、いつか帰ってしまう私を本気で好きになってしまい、戸惑っていたらしい。
私も同じように、カレッジが終わったら帰国するからと、彼への気持ちをセーブしていた。
それなのに、彼の言葉で一気に想いが溢れた。
「I love you too…」
私の答えを聞いて安堵したように、彼の方も涙を流した。
柔らかな夕日が差し込む部屋で、2人は愛を確かめ合った。
◆
数ヶ月後、セントラルパークで寝転んでリラックスしていたとき、彼が言った。
「来月兄の子どものオリヴィアが誕生日だから、『The Modern』で家族で集まる予定なんだ。セナも来るだろう？」
彼の両親は元々ニューヨークに住んでいたが、リタイアした今はフロリダにいると言っていた。その両親も遊びに来るらしい。
家族の場に行っていいものかと一瞬躊躇したが、彼は言った。
「セナを婚約者として紹介したいんだ」
「えっ」と驚く私に、彼がひざまずいた。
「Will you marry me?」
手には2カラット以上はある指輪を持っていた。
「ハリー・ウィンストン？こんなお金どこから…？」
「言ってなかった？実は兄の会社は元々うちの親が経営していたもので、そこで僕も働いているんだ」
食べる物にも着る物にも、住むところにさえ無頓着な彼だったので、そんなこと想像すらしていなかった。
「ねえ、僕と結婚してくれる？」
戸惑いながらも、彼との結婚を望んでいた私は「Yes, of course!」と満面の笑みでプロポーズを受け入れた。
しかし…。
数週間後に会った彼は、明らかに暗い顔をして元気がない。
聞いてもなかなか答えようとしない彼が、やっと重い口を割った。
「オリヴィアの誕生日会は、やっぱり家族だけで祝いたいって母に言われたんだ…」
そんなことか、と私は胸を撫で下ろす。
「そっか、挨拶はまた別の機会にしよう」
「そうだね…」
気にしないと言っても、彼の気持ちは沈んだまま。それでもなんとか気を取り戻し、将来のことを話し合った。
◆
さらに数週間後。
あの後忙しいからと、彼からの連絡の頻度が減り、不安に思っていた。
そしてようやく彼から連絡が来て『Demitasse Coffee & Tea』で会うことになったのだ。
一目見た瞬間、彼が憔悴しきっているのがわかる。
「ノア、どうしたの？」
驚いて心配する私に「実は…」と答えた。
「母から僕たちのことを反対されているんだ。彼女は保守的な人で…」
どうやら彼のお母さんが“国際結婚”に反対しているという。
“どうせ市民権目当てでしょう？”と思われているらしい。
「私がアメリカ人じゃないから…？ご両親に会いにフロリダに行くよ。会って話せば、私たちが本当に愛し合っていることがわかるんじゃない？」
「僕も何度もそう言ったんだけど、母は“付き合うのはいいけれど、結婚は同じ国の人しか認めない“って聞かなくて…」
納得がいかなかった私は、それから彼と話し合った。
最近会えなかったのは、彼が両親を説得するためフロリダに訪れていたからだと知り、胸がキュッとなる。
「すごく考えたんだけど…。やはり僕たちは別れた方がいいと思うんだ」
「…」
振り絞るように言った彼の言葉に、私は悲しみで崩れ落ちそうだった。
でも、愛する両親の反対で憔悴しきっている彼を見ると、もう解放してあげた方がお互いのためだと思えた。
「これまでありがとう。心の底から愛しているし、あなたの幸せを願ってる」
別れ際Columbus Avenueの道端で彼に何とかそう告げると、泣きながら彼は私を抱きしめて言った。
「本当にありがとう。セナは僕の人生を変えてくれた。これから先もずっと、僕の心に君は居続けるし、ずっと想っているよ」
悲しみの中にもどこかホッとした表情を見せた彼に“これでよかったんだ”と頭では理解したが、悲しさと悔しさが込み上げてくる。
“私”と会ったこともないのに反対する彼の母親にも、それを2人で一緒に乗り越えようとできなかった私たちにも。
彼と別れた後、行くあてもなくただ歩いた。
大好きだったマンハッタンの街並みが、曇り空でどんよりと沈んで悲しみを帯びている。
― 日本に帰ろうかな…。
とめどなくこぼれ落ちる涙を手で拭っていると、50代くらいの綺麗な格好をした女性がハンカチを差し出してくれた。
「これ使って」
恐縮しながら受け取ったハンカチから、カランッと地面に何かが落ちる音がした。
「あら、Pennyね、拾ってくれる？」
「あ、はい」
言われるがままに拾うと、女性が満足そうな顔をして言った。
「それはあなたのよ。きっと良いことが訪れるわ」
彼女はウィンクをすると「あなたはまだまだ若くてすごく綺麗よ。これからたくさんいいことがあるわ」と言って、そのまま去ってしまった。
呆気に取られながら私は手の中にあるコインを見つめる。
そういえば、アメリカには“Pennyを拾うと良いことが訪れる”という迷信があることを思い出した。
彼女は泣いている私を見て、素敵な仕掛けをしてくれたのだろう。
空を見上げると、雲の隙間から一筋の光が差していた。
その時、スマホが震えてメールが届いた。
内容は、大学への編入試験の合格通知だった。
ノアと婚約後、将来のことを考え、奨学金をもらって大学へ編入しようと準備していたのだ。
私はスマホを握りしめ、前を向く。
彼女が言ったように、きっとこれからたくいいことが起こる。こんなことに負けず、大好きなニューヨークでそれらを見つけよう、と私は決意した。
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