“インスタ映え”が流行語大賞に選ばれたのは、もう5年も前のこと。

それでもなお、映えることに全身全霊をかける女が、東京には数多く存在する。

自称モデル・エリカ(27)もそのひとり。

そんな彼女が、“映え”のために新たに欲したのは「ヨガインストラクター」という肩書だった―。

エリカは、ヨガの世界で“8つの特別なルール”と出合う。しかし、これまでの生活とは相いれないルールばかりで…。

これは、瞑想と迷走を繰り返す、ひとりの女性の物語である。

◆これまでのあらすじ
「ヨガインストラクターの肩書が欲しい」。彼氏に費用を援助させ、不純な動機でハワイに向かったエリカ。3週間のヨガ留学にフラストレーションを溜めつつも、なんとか資格を取ることができたが―。

▶前回:「…特に」発言でひんしゅくを買った女。ハワイ滞在最終日、たった1人で向かった先とは




Vol.3 1回着たものは、もう表に出せない


ハワイから帰国して、1週間。

私の頬は、ずっと緩みっぱなしだった。

『ハワイでヨガの資格を取りました!』と、Instagramに投稿してからというもの、連日、フォロワーが増え続けているのだ。

― あっ、また増えてる!

この日も、朝からシャワーを浴びて、スマホを手に取ると、“○○があなたをフォローしました”というお知らせが、画面を埋め尽くしていた。

― これって、ザッと100人くらいいるんじゃない?

少し前までは、1日10人フォロワーが増えればいいほうだった。

それが、1週間で一気に2,000人以上増えた。70,000人近くいたフォロワーも、近いうちに75,000人に届くかもしれない。

ヨガウェア姿の写真に、「#ヨガ」「#ヨガインストラクター」とハッシュタグをつけただけの投稿。

たったそれだけで、注目度が下降の一途をたどっていたInstagramに、勢いが戻った。

― ここまでは、私の読みどおり!ただ…。

浮かれた気分の私にも、心配事があった。体の露出が多い投稿は、良くも悪くもコメントが荒れるのだ。

経験上それをわかっていた私は、コメントにだけは目を通さずにいた。

“コメント72件”。

― なんて書かれてるんだろう…。

コメント数が少しずつ増えていくと、嫌でも気になってしまう。そこで私は、意を決して、投稿画面のコメント欄をスクロールしてみることにしたのだった。

― 見てみよう。厳しい感じだったら、すぐに見るのをやめればいいよね?

すると―。


『エリカさん、めちゃくちゃ綺麗です』
『そのウェア、とても似合ってますね!健康的なスタイルも素敵!』

ハワイ最終日に投稿した写真―。

それは、胸の谷間もウエストも大きく露出した、白のブラトップ姿だった。レギンスは、赤と紫が絶妙に混じり合ったプラムカラー。ピタッとして、ボディーラインがはっきりわかるものを身につけている。

せっかく買ったハワイ限定のTシャツは、ワイキキビーチを前に気が大きくなり、脱いで撮影した。

なかには、『上に1枚羽織っては?』なんていう親切なのか、お節介なのかわからないコメントもあったけれど、ほとんどが好意的なものだった。

― ナイトブラの投稿じゃ、散々叩かれたのに。ヨガって、結構露出してもいいものなんだ?

私は、ふたたびいい気分になって、コメントに“♡”で返事をしていく。

そのまま、さらに画面をスクロールする。




『次の投稿も楽しみにしています』
『次回は、動画もアップしてほしいです』

“次”を期待するコメントを見て、鼻息が荒くなる。

― 次…そうだよね!そろそろ新しい写真、撮らなくちゃ。

確か、ハワイで着ていたヨガウェアが5〜6セットある。

1度投稿したヨガウェアを表に出したくない私は、ワードローブの中から上下の組み合わせを考え、鼻歌交じりにクローゼットの扉を開けた。

ところが、ヨガウェアを手に取って、愕然とした。

― ひどっ…。

改めて見てみると、ヨガの練習と洗濯の繰り返しで、色あせて生地のダメージが目立つものばかり。とてもじゃないけれど、ドヤッて人に見せられるような状態ではない。

「ちょっと待って!“次”が…ないっ」

Instagramがいい感じで盛り上がっているこのタイミングを、逃す手はない。

そう思った私は、慌てて外出する支度を整えはじめた。その最中に、アプリでタクシーを手配する。




「“SIX HARAJUKU TERRACE”まで」

マンションの前でタクシーに乗り込むと、目的地を告げた。

― 新しいヨガウェア、買わなくちゃ!

それからすぐに、スマホを取り出す。

銀行のアプリを開いて、預金残高を確認するためだ。

― えっと、資格の講座費用と宿泊費、航空券代で113万はもう引き落とされてるから、残りは…?

ハワイヨガ留学のために、智樹に援助してもらったのは200万。

すこし多めに見積もった結果、80万以上が、まだ手つかずのまま残っている。

ハワイでは朝から晩までヨガ漬けの生活を送っていたので、お金を使う機会がほとんどなかったのが幸いした。

― これ、使っちゃう?ヨガに関わる出費に変わりはないんだし。

しかし、彼に一声かけないことには後ろめたい。

ショップに到着するまで、あと5分。

その間に私は、智樹が“使っていいよ”と確実に言うであろう文章を考えて、LINEを送ることにしたのだった。


エリカ:ともくん、お疲れさま!留学費用の引き落としがひと通り終わったから、残りを返したいなーって。どうしたらいい?

智樹からは、すぐに返事が届いた。

智樹:いいよ、返さなくて!新しいことをはじめるときは、準備にお金がかかるものなんだから。

“返したい”と言えば、“返さなくていい”と言う智樹のことは、3年の交際期間でわかっていた。

エリカ:いいの…?ありがとう!今夜は、ともくんが好きなワインを用意して待ってるね。

こうして、LINEを送り終えると、タイミングよく目的地に到着したのだった。



ショップ内にいたのは、スポーティーなウェアに身を包んだいかにもアクティブそうな店員。

「いらっしゃいませ!試着したい商品がありましたら、お声がけください」
「じゃあ、今1番新しいカップ付きのブラトップと、レギンスはサイズ“4”を持ってきてもらえます?」

せっかくインスタに載せるのだから、選ぶのは新商品一択だ。

「あっ、ブラトップは白で、レギンスはくすみ系の色で!何着か持ってきてください」

私が、こう付け加えた数分後、試着室には、ブラトップとレギンスがそれぞれ4着ずつ用意された。

「あーどうしようっ!これもいいし、こっちも…迷うなぁ」
「お客様、サイズはいかがですか?」
「うーん、サイズはピッタリなんですけど…」

声はいかにも迷っているふうを装いながらも、私は自信満々に試着室のドアを開けた。

「とてもお似合いです!このレギンスは、引き締め効果があるんですけど、足さばきもよくて。ヨガをするときだと、座位も立位もどちらのポーズも取りやすいですよ」
「へぇ!このブラトップ、かがんだときに、胸元が見えすぎたりしません?」

洋服を試着するときと比べると、ボディーラインがあらわになるうえに、見るポイントも違ってくるのが新鮮だ。

ただ、レギンスを試着して鏡に映したとき、下着のラインが丸わかりになっていた。

Tバックを履いてこなかったことを少しだけ悔やみながらも、気分は高揚。店員のアドバイスが的確だったのとダブルで、すっかりやられた。

結局、ブラトップとレギンスを、上下セットで4着購入。合計、81,200円の買い物だった。




その日の夜。

さっそく、買ったばかりのヨガウェアに着替えた。

会計後に追加で購入したヨガマットをリビングに敷き、Instagram用の写真を撮る。

― ヨガマットが13,800円って!ヨガって、いろいろ高くない?

そういえば、ハワイにいる間、養成講座の同期の誰かが、こんなことをいっていたのを聞いた。

「初心者のインストラクターって、スタジオにもよるけど、1レッスン3,000円からのスタートが多いんだって」

それだと、仮に1日2レッスンしても、インストラクターの報酬は6,000円ということになる。1ヶ月のうち、20日働いても120,000円の収入にしかならない。

しかも、実際に同期相手に模擬レッスンをおこなってみて、私は気づいていた。

意外と自分が人に気を使うタイプだということに―。

怪我をさせないように、リラックスしてもらえるように。相手のことをじっくりと見て、心も体も動かすのは、まあまあしんどい。

楽に、のびのびとヨガができるのは、生徒だけなのだ。

インストラクターは、労力と報酬が釣り合っていないし、自分の性格にも合わないように感じる。

― やっぱり、無理だな。そもそもレッスンなんてする気ないし。

レッスンではなく、オシャレなヨガウェアを着て収入につなげればいい―。改めて、そう思った。




そんなことを考えながら、足元に寝転がる猫のミケ子の頭をなでる―。

「ただいまー。あれ、今ヨガやってたの?エリカ先生って感じでいいね!」
「おかえり!そう?じゃあ、ともくんにはあとで、特別にストレッチ講座をしてあげる」
「ストレッチか、体硬いからなぁ。そうだ、はいこれ!ワインと一緒に」

智樹から紙袋を受け取ると、私が好きな燻製ナッツの詰め合わせが入っていた。それを皿に出し、ワインと一緒にテーブルに並べる。

「ねぇ、ともくん。本当に、いろいろありがとう。今日、ヨガウェアを買ったんだけどね。ヨガって、結構お金がかかるんだなーって」
「さっきのウェアも、よく似合ってたよ」
「あれは、私もお気に入り!…だけど、準備にお金がかかるわりに、初心者のインストラクターって報酬がかなり少ないの。ヨガインストラクターだけでやっていくのって、大変そうなんだ」
「まぁ、人気の講師はウェアブランドのアンバサダーとか、いろいろやってたりするからね」

確かに彼の言うとおり、アンバサダーとして契約をすれば、ヨガウェアを無償なり、割引なりで提供してもらえる。

新作のウェアをいち早く手に入れることができて、経済的にも助かるし、企業が宣伝してくれたら、知名度もグッと上がっていいことばかりだ。

― アンバサダー…ね。いいかも。

とはいえ、資格を取ったばかりの自分が、インストラクターとして企業側から声をかけられるわけもない。

がっかりしかけたそのとき、私はいいアイデアを思いついてしまった。

自分から、やらせてくださいと“お願い”しなくても、さりげなくアピールできる方法を―。

▶前回:彼のお金で、ヨガの資格を取りにハワイへ。浮かれる女が愕然とした、厳しすぎるルールとは

▶1話目はこちら:「私に200万円投資して」交際中の彼に懇願する、自称・モデルの女。お金の使いみちは?

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