3年前に離婚した元夫に、突然呼び出されて…？慌ててタクシーで向かった女が見た、衝撃の光景とは
「2人は、幸せに暮らしました。めでたし、めでたし」
…本当に、そうでしょうか？
今宵、その先を語りましょう。
これは「めでたし、めでたし」から始まる、ほろ苦いラブ・ストーリー。
▶前回：同棲3年目、彼女にいきなり別れを告げられて…。怒り狂った29歳男が言い放ったヤバすぎる一言
Episode３：過去に翻弄される女
「今から、うちでワインでも飲まない？」
達也から初めて電話がかかってきたのは、ある真夏の夜のことだった。
「えっ、今から…？」
「うん。どうしても、君に会いたくて」
当時、私は富裕層向けの不動産売買に携わっていた。そして得意先の社長の紹介で、ベンチャー企業を立ち上げたばかりの達也と出会ったのである。
「なんか、洋子ちゃんに無性に会いたくなるときがあるんだよね」
そう言って彼は気まぐれに私を自宅に招き入れ、酔った勢いで激しく求めてきた。
精神科医の父と心理カウンセラーの母の元で、大切に育てられた私。だから母の顔も知らず、野性的で自分勝手な達也が、愛に飢えた子どもに見えることがあった。
そしていつの間にか彼のペースに巻き込まれ、たちまち達也のことを愛してしまったのだ。
彼の立ち上げたアプリ開発のITベンチャーは大成功。ほどなくして私たちは結婚し、六本木の2LDKマンションで、幸せな結婚生活をスタートさせるはずだったのに。
◆
「ねぇ、また今日も朝帰りなの？」
「お前に関係ないだろ」
「いったい誰と会ってるの？毎日、口紅がついたYシャツを洗うのは嫌よ」
「…うるせぇなぁ！」
結婚から、半年後。
達也が甘い香りを漂わせながら、早朝に帰ってくることが増えた。しかも帰宅するとなぜか、悪びれる様子もなく私の布団に潜り込んでくる。
そんな豹変した彼の態度に悩んでいたある日、離婚の決定打となるような事件が起きてしまった。
ある平日の午後。
買い物から帰宅した私は、玄関にプラダのパンプスが並べられているのを見つけてしまった。…もちろん、私のものではない。
恐る恐る部屋の中を覗くと、髪の長い女がベッドに寝転がりながらニヤリと笑っていた。
「…もう、離婚しましょう」
その日のうちに、私は達也に離婚届を突き付けた。
彼は一瞬うろたえたものの、謝る素振りも見せない。その場でサインをもらい、私たちはすぐに別れることとなったのだ。
しかし離婚後にも突然、達也から電話がかかってくることがあった。
「会いたい」
「もう一度やり直したい」
いつまでも私のことを呼び出そうとしてくる彼にうんざりし、ついに達也の連絡先を削除したのだった。
離婚から3年後
「もしもし…」
知らない番号から電話があったのは、セミの声が鳴り止まない真夏日のことだった。
「あの、石村洋子さんのお電話ですか？」
「えっ？…あぁ、はい」
久しぶりに「石村」と呼ばれ、少し戸惑う。石村は、私が結婚していたときの名字だからだ。
― 銀行やカードの手続きはとっくに済ませたのに。昔、契約してた化粧品のセールスか何かかしら。
そう思っていると、電話口の男性は言葉を詰まらせながらこう言った。
「あの…。通りがかりに、達也さんが道で倒れているのを見つけまして。意識がなく、救急車で病院に」
「えっ？達也が、ですか？」
「はい。達也さんが持っていた手帳の緊急連絡先に、奥さんのお名前があったので」
私が元妻だと知らない様子の彼はその後、淡々と病院の住所を告げてきた。
彼は、達也が道に倒れているのを偶然目撃した大学生で、緊急連絡先に記載されていた私の番号に電話をかけてきたらしい。
「緊急連絡先に、私の名前を書いたままにしてるなんて迷惑だわ」
電話を切った後、私はしばらくその場に立ち尽くしていた。おろしたばかりのセリーヌのかごバックに、汗がポタポタと滴り落ちる。
― どうしよう。
「意識がない」と言っていた大学生の言葉がリフレインする。
私は、さっき到着したばかりの代々木公園駅にくるりと背を向けると、交差点へと走り出した。
「南青山のほうまでお願いします」
タクシーに乗り込むと、ハンカチで汗をぬぐいながら大きくため息をつく。どれだけ恨んだ相手でも、意識不明だと聞かされて放っておくことはできなかった。
「もしもし光くん？…ごめん。ちょっと急用で、病院に行かなくちゃいけなくなって」
「えっ？洋子さん、大丈夫ですか？」
「うん、大丈夫。ごめんね。元夫が倒れたみたいで。事情はまた今度話すから」
電話の相手は、2つ下の恋人・光だ。離婚して3年。やっとできた彼氏と、今日はランチデートをする予定だったのだ。
彼との電話を切った後もしょんぼりしていると、突然タクシーの運転手から声をかけられた。
「お客さん？着きましたよ」
その声で我に返ると、私は窓の外に目をやった。すると、予想もしていなかった光景が飛び込んできたのだ。
「えっ、どうして…？」
病院があるはずの住所に到着すると、そこにはタワーマンションがそびえ立っていた。よく目を凝らすと、マンションの前に1人の男性が立っている。…なんと、達也だった。
「なんで…？倒れたんじゃなかったの？まさか、嘘だったわけ？」
「うん。どうしても、君に会いたくて」
それは、私が初めて達也の部屋に呼ばれたあの夜。彼が電話してきたときと、全く同じセリフだった。
「洋子なら、来てくれると思ってた。部下を使って電話させたんだ。…騙したりなんかしてごめん」
「ふざけないで！」
私は吐き捨てるように言うと、先ほど降りたばかりのタクシーへ戻ろうとした。しかし、その腕を達也が強く掴んでくる。
「…本当なんだ。俺、本当に病気なんだ」
私は仕方なく、青山霊園の遊歩道を歩きながら彼とゆっくり話すことにした。
セミのけたたましい鳴き声が耳のすぐそばで聞こえ、足元には、セミの死骸がいくつも転がっている。
「俺、ガンでさ。余命はあと1年って言われてる」
「…そうなんだ」
そのとき「また嘘か」と、正直思った。確かに彼の目は少しくぼみ、明らかに痩せているのがわかったが、恐らく夏バテのせいだ。
私がうつむくと、達也はジッとこちらを見つめた後「今は事業もうまくいってなくてさ」と言い、こう続けた。
「あのとき洋子にヒドいことしたの、後悔してる。でも俺、変わったから。やっぱり洋子とやり直して、子どもを作って…！」
彼がすがるような目で私を見てくる。すると、途端に怒りがこみ上げてきた。
「ふざけないで！嘘ついて突然呼び出して。あなた、あの頃と何も変わってないじゃない…！」
達也に呼ばれたら、どんな時間だってタクシーで駆けつけていた私。当時のことを思い出しながら吐き捨てるように言うと、私は恋人の元へと向かった。
「そうだったんだ」
光は、私の話を静かに聞いてくれる。
私たちは遅めのランチを楽しんだあと、目黒川沿いをゆっくりと歩いていた。もう夕方だというのに、まだセミが鳴いている。
「…元夫に、また突然呼び出されるなんてね。私は最初から最後まで、達也に都合よく呼び出されてばかりだったなあ」
私がため息交じりに言うと、光は川沿いの木に止まっているセミを指差して、こう言った。
「洋子さん。セミって、オスしか鳴かないって知ってましたか？」
「えっ、そうなの？」
「はい。オスは鳴いて、メスを呼んでいるんです。自分のいる場所を知らせて『俺はここにいるよ』って。つまり求愛行為なんです」
「求愛行為…」
「達也さんは、セミみたいな人だったんじゃないでしょうか」
◆
達也が亡くなったことを知ったのは、それから3年後の夏だった。
今年もセミが鳴いている。蝉時雨を聞くたびに、私は彼を思い出すのだった。
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