「監督だけをやるために生きてきたわけではない」元サッカー監督・風間八宏氏に聞く仕事哲学 - 森雅史
※この記事は2020年03月20日にBLOGOSで公開されたものです
風間八宏はサッカー監督の中でもユニークな存在感を持つ。就任すると最初に「止める」「蹴る」という基礎中の基礎を選手に要求した。相手にボールを渡さなければ守らなくていいと守備の練習をしなかった。相手チームには言及せず、ひたすら自分のチームの完成度を高めていった。
勝負の世界にいながら、勝敗を超えたところにある哲学を貫く。その独特の理論は選手の中にも信奉者を生んだ。2019年シーズン途中で名古屋グランパスを離れた今、次はどこに向かおうとしているのか。すべてに「風間節」で答えてもらった。
「人のせいにしない」独自の指導論
--監督というのは、自分ではプレーできないので様々なストレスや困難なことがあると思いますが、一番困難だったのはどんなときでしたか?
自分の困難だったときを振り返ろうと思っても、自分に困難はないから。
なぜ困難がないと思うかというと、一番は人のせいにしちゃいけないと考えてるからなんです。何か物事がうまくいかなかったとき、それを人のせいにしたら何の解決にもならない。
人に出来ないことを押し付けたところで、永久に出来ないじゃないですか。それよりも自分にできることは何なのか。それを見つけて、そこに向かって全力を注ぐことに集中したほうがいい。結果的にはそこに戻ってくるんです。この話って、これまで選手に言ってきたことなんですけど、実は自分自身に言ってたんです。
それから人のせいにしていたら、自分の頭の中にダメだったことや、うまくいかなかった人のことが残っちゃうんです。だったら自分でできることを考えればいい。そっちのほうが実は楽なんですよ。そうやれば悩むことはないですね。
--うまくいかなかったというのも、色々なケースがあると思います。仮に試合で選手のプレーがよくなかったとして、そのときはどう考えていたのでしょうか。
たとえば今、試合が終わって負けてすごく頭に来てるとしますよね。そこで「何で頭に来てるんだ」って考える。たとえば、その原因はある選手が点を取れなかったことだとします。「なんだよアイツ、点取れないなんて」とイライラするのではなく、そこで「言葉を砕いていく」んです。その選手が「点を取れなかった」理由を考えて、そこからだんだん砕いていくと、もう次のトレーニングができる。「じゃあ明日はこういう練習をやろう」と思うんですよ。そうしたら、寝られるんです。
言葉で砕いていく作業は面倒くさいと思うかもしれないんですけど、結果的にそっちのほうが楽なんです。そうじゃなかったらゴールを入れなかった選手のことが頭に残ってしまう。しかも自分のやることは何も整理できてない。それが、砕いていったら、モヤモヤも無くなるし明日やることも決まってくるから、あとは寝るだけになる。整理をつけるようにしてからは楽になりましたね。余計なものが頭に残らなくていいので。
「監督だけをやるために生きてきたわけではない」
--監督は2019年のシーズン途中で名古屋グランパスを離れています。いま、またどこかで監督をやってみたいという気持ちはありますか。
監督を終えたとき「元気ですか」「大丈夫ですか」と……まぁあまり言われなかったですね(笑)。「次は何やるの」「どうするの?」っていうことは言われました。
「次はどこで監督をやりたいですか?」ともよく聞かれますが、監督というのは僕の中のひとつの仕事で、監督だけをやるために生きてきたわけではありません。そもそも、監督というのはやりたいからといってやれる仕事でもありません。その代わり仕事は何でもなめちゃいけないと思いますし、どんな仕事も全力でやるということはいつも考えています。
--最初に川崎フロンターレの監督に就任したときは、確かに急な監督就任だったので驚きました。Jクラブの監督をやってみようというきっかけは何だったのでしょう。
それまでもずっと「Jチームの監督をやる気ありますか?」と聞かれて「ない」って断っていました。でも川崎で監督をお願いされたときはちょっと違ってたんです。オファーをいただいて話を聞いたら、庄子春男取締役強化本部長が「自分たちは点を取れるチームだけど、攻撃っていうのがわからない。だから上から下まで攻撃的なチームというのを構築してほしい」と言ってくれたんです。それはすごく心に響いて、面白い話だと思いました。
--メディアや大学の仕事を途中で辞めて監督に就任しましたよね。
ちょっと生意気を言わせてもらうと、監督という漠然としたものではなくて、面白いもの、やるべきだと感じるものに対して一生懸命やりたいという考え方です。それで「挑戦してみます」と言ったんですけど、そのときはフジテレビにも出ていたし、筑波大学の准教授でもあった。庄子本部長に「そこに話をしなければいけない」と言ったら、「2つをやりながらでもいい」と言ってくれたんです。そうしたらフジテレビも筑波大学も、仕事をしなくていいから監督をしっかりやってくれとサポートしてくれたんです。
--監督になって実現したいと思っていたことは何でしたか?
それまでにJリーグや日本サッカー協会の理事もやらせていただいたんですけど、そこで思っていたのは、「勝ってもお客さんが入らない」という現象が起きていたことでした。
その反対の極論が「負けてもお客さんが入る」ということだと思うんですが、そのためには何が必要か。やはり面白いサッカーをすることだと思います。サッカーって見るほうからすれば「娯楽」のひとつなんです。いくら戦いだって言ったって、映画やミュージカルよりも面白くなければ見に行かない。自分がそうなので。
--エンターテインメントとしてのサッカーに目を向けたのですね。
だからお客さんに楽しんでもらいたいというのがまずあって。勝手なこっちのイメージかもしれませんけど、自分たちの中で面白いものを提供できれば、お客さんは入ると思ったんです。「選手や自分たちのようなサッカーをやってきた人間でも面白いと思えるようなサッカーが出来れば、お客さんは入るよね」というところから始めたんですよ。
もちろんお客さんを入れるというのはグラウンドの上だけのことじゃないですよね。事業、営業とも一緒にやらなければいけない。グラウンドと事業が一体となって「面白いもの」を突き詰めていったら、お客さんにも楽しんでもらえるはず。そう思ってました。
--川崎と名古屋グランパスで実際に指揮を執ってみて、自分の理想は実現できましたか?
僕が川崎に行った最初のころの選手たちというのは、能力はあるんですけど、それをたくさん隠している状態でした。そこを選手それぞれに引き出してもらった。それでみんなの目がひとつになっていって、驚きのあるプレーがどんどん見られるようになっていったと思います。
名古屋の監督に就任したときは、J1昇格が最低のノルマでしたが、その上で志すスタイルを作り出すこと、豊田スタジアムを満員にすることを目標にスタートしました。選手たちの頑張りで多くのお客さんが入り、本当のファミリーの形が見えた1年目だったと思います。それからは、自分たちのスタイルをJ1の中でどう構築していくかということに専念していきましたが、全員が本気になって作った満員のスタジアムの光景と、躍動する選手たちの姿は脳裏に焼きついています。
「とてつもない選手」に会いたい
--では、今一番やりたいと思っていることは何ですか?
僕が今、何をしたいかというと、たくさんの指導者と関わりたいと思ってるんです。指導者ってみんな孤独なんですよ。指導者がどんどんつながっていったら、みんないろんな挑戦をしながら支え合うことができる。そうやってみんなが本気になっていろんなことをやることで、グラウンドで「とてつもない選手」が見られるようになると思うんです。
正直、今のヨーロッパのサッカーを見てもあんまり驚かないんです。物凄い能力を持っている選手はたくさんいるけれど、今だったら予想外の驚きを見せてくれる選手はリオネル・メッシぐらいじゃないでしょうか。
--指導者という立場だと勝敗に目が行きがちだと思うのですが。
指導者としてベンチに座っていても、ワクワクするものが見たい、という気持ちがあるんですよ。もちろん試合には勝てると思ってやってるし、勝つためにやってるんですけど、やっぱり選手たちには楽しんでプレーしてほしいし、ワクワクさせてほしい。たとえばマラドーナと一緒にサッカーをやったら、相手選手もみんな「マラドーナ、ボール持てよ」と思ってるのと一緒でね。驚きがあってこそのプロだと思うので。
逆に言うと子供でも驚きがある、驚かせてくれる選手はプロだと思うんです。昔からそういう選手に会いたいと思っているし、そういうとてつもない選手たちが苦しくなるサッカーじゃおかしい。
--海外でプレーした経験もある中で日本の指導者を見てどう感じますか?
日本人の指導能力ってすごく高いと思うんです。いろんな国の育成を見てきましたけど、本当にそう思います。どちらかというと、ヨーロッパの指導者は選手を見抜く力がすごい。だから世界中からすごい子供たちを連れてくる。それはある種の文化として根付いているものだと思いますし、大したものだと思います。
自分たちもそういう見抜く目をさらに兼ね備えていけば、日本人は教えるのってうまいと思うので、本当のサッカー大国になるんじゃないかと思いますね。これまでも多くの指導者の方々に会っていますが、みんなどんどん変化をしている。若い人たちも物凄い力を持ってる。その人たちの力を伸ばせるように、僕たちは力を使いたいと思います。それが今一番やってみたいことですね。