「女って怖い…」“好きな男の妻”にされた、衝撃的な嫌がらせとは
女にとって、33歳とは……。
32歳までの“20代の延長戦”が終わり、30代という現実に向き合い始める年齢だ。
結婚、キャリア、人間関係―
これは、33歳を意識する女たちが、それぞれの課題に向かって奮闘する2話完結の物語だ。
◆これまでのあらすじ
大手損保の“エリア総合職”から、“総合職”へのキャリアアップを狙う朝香。しかし、試験に落ちてしまい…。
▶前回：「こんなはずじゃなかった…」新卒で入った会社に馴染めず悶々とする女。総合職への転向を試みるも…
33歳までにキャリアアップしたい女・冬木朝香（29歳）【後編】
「冬木さん。先日の試験の結果は、残念だけれど不合格でした」
人事部長から告げられた、残酷な現実。
エリア総合だった私は、キャリアアップを図って、総合職に転換すべく先日試験を受けた。
試験の感触が良かっただけに、ショックだった。
「ペーパーテストの結果は完璧だったよ。面接でも、君の熱意は伝わった。
ただね…360度評価の結果が思わしくなかったんだ」
彼が机の上に広げたA3の紙は、360度評価プログラムの評価シートだ。
このプログラムでは、自分で自分の評価を行い、上司や同僚も自分に対して5段階で評価する。
結果を目にして、私は愕然とする。
― 何これ……。私に協調性がないっていうの？
同僚からの評価が散々だった。特に“協調性”に関する項目で、同僚からの平均評価は1や2ばかり。
― あえて何もしなくても、いい評価をつけてもらえると思ったのに…。
昇進試験を受ける先輩が、試験直前になると後輩たちを引き連れて飲みに行く様子を時々目にする。360度評価で良い評価を得るためのパフォーマンスだ。
ごますりなんてカッコ悪いなと、これまで見下してきた。
でも、今になって、先輩たちがなぜわざわざ“対策”をしてきたのか、わかった気がする。
悔しくて恥ずかしくて、目の奥が熱くなるのを感じる。こみ上げてくる涙をこらえるのに、必死だった。
試験結果に落ち込む朝香に待ち受けていたのは…
会議室を出て、気持ちを落ち着かせようとトイレに立ち寄る。
すると、同僚であり、タカシの妻になった真理子に遭遇した。
「あ、朝香。お疲れさま」
大きな瞳に、つんと尖った鼻。形の良い唇には、塗り直したばかりのリップがつやつやと光っている。
「そういえば朝香、総合職転換試験受けたんでしょう？360度評価のアンケート、私も回答したの」
「ああ、うん」
「試験の結果、どうだった？やっぱり、ダメだった？」
私はぎょっとして目を見開く。
― いま、『やっぱり』って言った？
真理子はくすくすと笑った。
「私、あなたに低い評価をたくさんつけたの。後輩たちもそうしたみたい。同僚からの評価が低ければ、さすがに総合職にはなれないでしょ」
「どうしてそんなこと…」
私は震える声で尋ねる。すると、真理子はさらりと言い放つ。
「ずっとイヤだったの。朝香、『自分だけは特別』って顔で、私やエリア職のみんなのこと見下してたでしょう。それに、陰で嬉しそうにタカシと会ってたみたいだし」
― 真理子、私がタカシと会ってたの、知ってたんだ。
人からこんなにも敵意をむき出しにされるのは初めてで、心臓がどくどくと早鐘を打つ。
「後輩たちにまで、評価を低くつけるように指示したの？」
「指示なんてしてないけど。『私は低くつける』って言ったら、彼女たちもそうするって言ってただけ」
― それ、ほとんど指示したようなものじゃない。
悔しくて、手をギュッと握りしめる。
ただ――実際、真理子の言葉は図星だった。私はエリア職でありながら、同じ職種の同僚を見下して、「一緒にされたくない」と思っている。
もしその本心が後輩たちにも見透かされていたのだとしたら、低い評価をつけられてもおかしくない。
何も言い返せずにいると、真理子は氷のように冷たい瞳で私を一瞥し、ヒールの音を鳴らして去っていった。
◆
“彼”に相談したけれど
「ああ、疲れた」
帰り道、すっかり気落ちした私は、会社から15分ほど歩いたところにある居酒屋に立ち寄った。新卒1年目の時から通っている店だ。
カウンター席にかけて注文を済ませ、ため息をつく。すると、背後で扉が開く音がした。
「あれ、朝香？珍しい、最近ここで会うことなかったじゃん」
立っていたタカシと目が合った瞬間、真理子の顔が頭をよぎり、一気にイヤな気分が胸を覆ったけれど…。
― でも正直、彼に会えて嬉しい。
タカシが真理子の夫だとわかっていても、そう思ってしまう自分がいる。
私の複雑な感情を知る由もない彼は当然のように私の横に座り、飲み物を注文した。
「なんか元気ない？どうした？」
乾杯するやいなや、彼は心配そうに私の顔を覗き込む。
へこんでいるときに触れる人の優しさほど、涙腺を刺激するものはない。反射的に、私の頬をぽろりと涙がつたう。
「何かあったの？俺で良ければ話、聞くよ」
彼の優しさに甘えたい気持ちを、私は抑えることができなかった。
ぽつりぽつりと、今日あったことを話す。
試験に落ちてしまったこと。真理子の名前は伏せたけれど――同僚にわざと低い評価をつけられたこと。後輩もそれに倣っていること。
それを聞くと、タカシは「つらかったな」とつぶやいた。
「でも、朝香なら大丈夫だよ。キツイと思うけど、周りとの関係を改善できれば、次はきっと試験に合格できる」
「無理だよ。何回試験を受けても、きっとまた同じように低い評価をつけられるけだと思う」
「うーん、その低い評価の原因なんだけど。もう一度、評価シートをしっかりと読んでみたら？何か課題が見つかるかも」
「…」
言われるがまま、バッグの奥底にしまいこんだシートを取り出す。
シートには、数値評価だけでなく、部署メンバーからのコメントも記載されている。
今朝はショックで読めなかったけれど、改めてそれらにじっくりと目を通した。
朝香への評価シートに書かれていたこととは？
『冬木さんの言い方が時々キツく、上から目線だと感じます』
『プロ意識は尊敬していますが、1人で業務を抱えがちだと思います』
『後輩たちへのより丁寧なフォローを期待します。同期社員をよく観察し、やり方を学んでみてください』
最後のコメントは、課長からのものだろうか。“同期社員”とは、きっと真理子のことだろう。
思えば真理子は面倒見がいい。後輩がミスしたらフォローに回るだけでなく、明るく声をかけて和ませ、丁寧に指導している様子を何度か見かけた。
一方の私は…後輩がミスすると、「なぜこんな簡単なことができないの」とあきれ、厳しく叱責してしまう。最近では「自分がやった方が早い」と、仕事を任せないことも増えた。
どちらが人から頼られるか。この評価シートを見れば、結果は歴然だった。
「俺の部署にも、エリア総合職から総合職になった人がいるんだ。
彼女、周りのエリア総合職の子たちの悩みや不安をうまく吸い上げて、上司や会社へ橋渡ししてるみたいだよ。
朝香も、そういう存在になることを求められてるのかも」
タカシからの言葉は、私の胸にすとんと落ちた。
― たしかに、人事部長からも『周りを見る目を養って』って言われたわ…。
周りからの厳しい評価を受けて、明日からまた働くことへの不安でいっぱいだ。でも一方で、「ここで逃げちゃダメだ」とも思う。
「タカシ、ありがとう。自分の今までのやり方を反省して、頑張ってみる」
「おう、頑張れよ。俺でよければ、いつでも話聞くし」
タカシの優しい言葉に、思わずキュンとしてしまう。
― でも、いつまでも彼への気持ちを持っててもダメだよね。
彼の左手薬指には、真新しい結婚指輪が輝いている。
それを見つめながら、「自分の気持ちに整理をつけなきゃ」と、ひっそりと考えていた。
◆
半年後
「朝香さん、お忙しいところすみません。今、お話よろしいでしょうか？」
丸の内のオフィス。
月初業務で部署全体がバタバタする中、入社1年目の後輩がおずおずと話しかけてくる。私は作業の手を止め、彼女の方に体を向けた。
「うん、いいよ。どうしたの？」
「この見積書なんですけど、数字が誤っていることに今になって気がついて…」
震える手で見せてきたのは、彼女が昨日営業マンに回したという、見積書のコピー。よく確認すると、一部の項目で金額が誤っている。
「ああ、本当だ。これ、このままお客さんに送ってたらマズいわね。とりあえず、営業さんにミスの報告と謝罪に行きましょう。私もついていくから」
そう言って席を立つと、向かいの席の真理子が顔を上げてニヤリと笑う。
「さっすが朝香先輩、面倒見がいいわね〜」
「もう、真理子はいつもそうやって茶化して」
私が言い返すと、真理子はいっそう楽しそうに笑う。
この数ヶ月で、真理子とはこんなふうに軽口を叩き合える関係になった。
私が周囲への対応を改めた様子を、最初こそシラけた目で見ていた彼女だったけれど、徐々に打ち解けて話ができるようになった。
― タカシと会わなくなったのも、影響してるのかもしれないけれど。
半年前に居酒屋で励ましてもらってから、タカシとは2人で会っていない。既婚者になった彼への気持ちは、断ち切らなければと思ったのだ。
そんなことを思い出しつつ、後輩と一緒に営業マンへミスの報告と謝罪に出向く。
幸いにも見積書はまだ顧客へ送付する前だったようで、大事にならずに済んだ。
「朝香さん、本当にありがとうございました。私、朝香さんが先輩で、本当によかったです…！」
「大丈夫よ、これが私の仕事だから」
何度も頭を下げる後輩に、私は微笑む。
「席に戻ったら、次のミスを防ぐために、一緒にやり方を考えようか」
うなずく後輩を見て、ほんのりと胸が温まる。
総合職転換試験には落ちてしまったけれど。
仕事に対する新たなやりがいを、私はたしかに見つけていた。
▶前回：「こんなはずじゃなかった…」新卒で入った会社に馴染めず悶々とする女。職種替えを試みるも…
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