「家賃も習い事も両親のおかげ！」港区女子の価値観が一変する出来事が…
港区、千代田区、中央区、渋谷区、新宿区。
通称「都心5区」。このエリアは、東京でもずば抜けて不動産価値が高い。
日本の高級住宅街を抱えるこのエリアに住めるのはもちろん、“選ばれし者たち”のみ。
そこに選ばれた女たちは、男、仕事、年収、プライベートも“すべて”手に入れたいと思っている。
尽きることのない欲望を持つ女たちは、白鳥のように美しくあろうと足元でもがき続けているのだ。
File8. 真緒、港区在住。麻布十番に住む正統派港区女子
Kayo.M : お疲れ〜！今、『マデュロ』で飲んでるんだけど、真緒どこ？今から来れない？
スマホの画面に出たLINE通知を即座に開いて、真緒は返信する。
Mao：うん、今仕事終わったところだから行くー！
こんなやりとりを、今まで何百回しただろうか。誰かに誘われるのは嬉しい反面、代わり映えのしない毎日に我ながらあきれている。
真緒は、大学卒業後に広告制作会社に就職した。
住まいは港区・麻布十番。
大学時代から住むその賃貸マンションは、就職した今でもお金に余裕のある両親が家賃を払ってくれている。
「麻布十番にひとり暮らし」というのは、特に大学時代には周りからの羨望を浴び、真緒の自慢のひとつだった。
部屋は35平米の1Kと手狭だが、セキュリティーはしっかりしていて、女性がひとりで暮らすにはまったく不自由がない。
しかし、就職してからというもの仕事は順調に続けているが、広告業界自体がコロナ禍もあり不況真っただ中。ボーナスは、ほぼゼロに近い状況が続いている。
経済力のある父親と専業主婦の母親という夫婦のもとに生まれた真緒。何不自由ない環境で育ったゆえ、自分も両親のような結婚をすると信じて疑わなかった。
バレエやピアノ、茶道など、お金のかかる習い事をいくつもしているが、すべて親のお金で続けている。
真緒は、広告制作会社の仕事をずっと続ける気はない。結婚したらゆるく働き、できれば専業主婦になりたいと思っているのだ。
そんな“古き良き”港区女子の真緒は、願いを叶えるため日々出会いに精を出していた。
真緒の目の前に現れる、予想外の人物とは…？
気がつけば、あっという間に…
麻布十番に住んでいるので、フットワークはもちろん軽い。
真緒は大学時代から、お金のある男性が集うお食事会によく参加していた。
ご馳走になったり貢いでもらったり、楽しい時を過ごしていたが、6月に30歳を迎えようとしていた。
― 大学の頃は、27歳くらいには結婚して、今頃子どもを産んでいるはずだったのに…。
月一で通う麻布十番のネイルサロンで施術を受けながら、ぼーっと考えていた。
― もうすぐ30歳よ。さすがに今から付き合うなら、結婚を考えられる男性とじゃないとね。早くお金持ち…とまではいかなくても、それなりにお金のある男性と結婚して、早く子どもを産まないと…。
早く結婚して、早く子どもを産んで、早く幸せになりたい。
30歳を目前に、真緒は結婚したくて仕方がなかった。
しかし、一方でこう思ってしまうのだ。
― でも、男なら誰でもいいわけじゃないわ。都心で暮らすなら年収は最低でも750万以上じゃないと無理。私だってちゃんと稼ぐんだから、それくらい稼ぐのは男なら当たり前！
贅沢できるほどではないが、ひとりで暮らすには不自由のない稼ぎはある。そして、麻布十番という場所に住み、広告という華やかな業界にいるだけに、真緒は男性について妥協するということを知らない。
そんな矢先。
土曜日の昼下がり、真緒の母親から電話がかかってきた。
「真緒、翔が結婚したい人がいるっていうから、今度その子を家に連れてくるって。あなたも一緒にご挨拶しなさい」
それは、1歳下の弟が結婚するということで、顔合わせの会に真緒を呼ぶ電話だった。
― へぇ、翔もついに結婚ねぇ。翔が連れてくる子、どんな子なんだろう？
姉の女性に対する厳しい目は、翔も知っているはずだ。だから可愛い子を連れてくるだろう…真緒はそう思っていた。
しかし、翔が連れてきた婚約者を見て、真緒は拍子抜けしてしまった。
「はじめまして。翔の姉の真緒です。よろしくお願いいたします」
― え…。何、この子…？
できる限りの笑顔で挨拶したものの、心の中は疑問符で埋め尽くされていた。
というのも、目の前の里佳子と名乗った弟の婚約者はファッションもこなれてなく、メイクも半年くらい流行から遅れていて、全身から野暮ったさがにじみ出ていたのだ。
里佳子の話を聞くと、四国出身で、大学から東京に住んでいるという。
― ちょっと待って。こんな子が私の妹になるっていうの…？せっかく妹ができるから一緒にお出かけできると思ったのに、こんな子はさすがに連れて歩きたくないわ…。
真緒は、実家で母の夕食を食べながら、こうやって意地悪に考えてしまう自分を止められない。
そして、里佳子は色々な話をしていた。
大学卒業後は、食料品の輸出入を主とする専門商社で働いていること。そして、土日は趣味のランニングで汗を流していることなど。
堅実に働き、お金のかからない趣味ばかりの里佳子。そんな彼女の話、ただのひとつも楽しくないと真緒は思ってしまう。
しかし、両親は、そんな婚約者の堅実さがいたく気に入ったらしい。目の前の両親の関心は、弟の翔と婚約相手の里佳子にしかなかった。
そんな状態に、真緒は居場所をなくしていくのを感じていた…。
弟の婚約者のせいで、居場所がなくなっていく真緒…
― はぁ、もう疲れた…。ホント、何から何まで気に食わない！
実家での顔合わせからの帰り道。
滞在時間も短く、移動も大した距離でもないのに、体が泥のように重いのは気のせいだろうか。
南北線の麻布十番駅で降りて、地上に出た真緒。
いつもなら真っすぐ家に帰るが、今日は少し遠回りしたくなって十番商店街を六本木方面に歩く。
「里佳子」という家族の新しい主役の登場は、真緒にとって予想以上に大きなダメージだった。認めたくなかったが、明らかに落ち込んでいる自分を認めざるを得なかった。
そのとき、ふとある光景が目に留まった。
― あれ、こんなお店あったっけ？ここ、コロナ前まではよく行っていたバルだったのに、いつの間に紅茶専門のカフェになってる…。
毎日歩いているはずの場所なのに、街のあちらこちらが少しずつ変化していることに、真緒は今まで気がつかなかったのだ。
もう10年も麻布十番に住んでいるが、いつの間にか街は変化していた。そして、弟も結婚することになり、家族の在り方も確実に変わってきている。
それだけではない。友人も結婚したり転職したり、ライフスタイルが変化していく子が増えていた。
しかし、自分はどうだろう。
大学生から社会人の今まで麻布十番に住み、お洒落して食事会や集まりにいって、男性にチヤホヤされて、ちょっといいかなと思う男性と付き合って…の繰り返しだ。
― 私、何も変わっていない…。私だけ、何も変われていない…。
自分のやっていることは、この10年でほぼ変わりがない。そう思うと、真緒は猛烈な焦りに襲われた。
「私は、何がいけないのかしら？まだ、よくわからないけれど、とにかく何かを変えないといけないんじゃないかしら…」
そう思った真緒は、もう一度麻布十番の街を眺めた。
あんなに華々しくて、住んでいるのが誇らしかった麻布十番という街が、何だか急に色褪せて見えた。
― もう、私はこの街から去る時なのかもしれない。両親が家賃を払ってくれているマンションから出て、経済的にも精神的にも自立する時がきたのかも…。
真緒は、この麻布十番から去ってリスタートしてみようと、心に誓った。
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