新卒で入った会社に馴染めず、就活で妥協したことを後悔する女。総合職への転向を試みるも…
女にとって、33歳とは……。
32歳までの“20代の延長戦”が終わり、30代という現実に向き合い始める年齢だ。
結婚、キャリア、人間関係―
これは、33歳を意識する女たちが、それぞれの課題に向かって奮闘する2話完結の物語だ。
▶前回：1億5,000万円の赤坂タワマンで「一緒に住もう」と言われたけれど…。女が見抜いた、男の魂胆とは
33歳までにキャリアアップしたい女・冬木朝香（29歳）【前編】
「それでは、新郎新婦が退場します。皆さま、盛大な拍手で2人をお見送りください！」
パレスホテルの披露宴会場“葵西”の扉がゆっくりと開かれ、腕を組んだタカシと真理子が歩いていく。長身で塩顔イケメンのタカシと華やかな顔立ちの真理子は、まさにお似合いのカップルだ。
会場はソーシャルディスタンスに配慮してか、ややゆとりを持ってテーブルが配置されている。
しかしそんなことを思わせないほどに、広い空間は温かい空気で包まれ、割れんばかりの拍手が鳴り響いている。
「真理子さん、本当に綺麗でしたね！すっごく幸せそうでした！」
「真理子さんみたいに社内のエリート男子と結婚するのって、理想のパターンですよね」
隣では、私と真理子が所属する部署の後輩たちが無邪気に言い合っている。
彼女たちは、業界大手の損害保険会社であるうちの会社に新卒入社して、まだ2、3年目。結婚式のクオリティを意地悪く品評するでもなく、新郎新婦の門出を素直に祝っている。
とりわけ盛り上がっているのは、私の同期が座っている隣のテーブルだ。
「俺、感動して泣きすぎてヤバイ…！」
「タカシと真理子、改めて見ると本当にお似合いだったよね！いい式だった〜！」
「ね、夫婦になるべくしてなったって感じ！」
ワイワイと話し合っている6人の男女もまた、揃いもそろって美男美女。300人いる私の代の同期社員の中で、特に目立つグループ――いわば“1軍”のメンバーだ。
― 本当…。お似合いの2人ね。
拍手を送りながら、私はふと、タカシとの出会いを思い返していた。
朝香とタカシの出会いのきっかけは？
不本意な結果に終わった就活
私は明治大学を卒業後、大手損害保険会社に“エリア総合職”として入社した。
「数学が好きだから」という理由で数学科ばかりを受け、1年浪人して明治の理工学部数学科に進学したが、入学すると、自分よりも才能や熱意がある同級生に圧倒された。大学院に進む気にはとてもなれず、学部卒で就活することにした。
就活を通じて、私はメガバンクの総合職を目指した。他学部の授業を聴講して、金融の世界に興味を持ったのがきっかけだ。
でも、結果は惨敗。
メガバンクも都銀も落ち、唯一、北関東のある地銀と、押さえで受けていた今の損保から内定が出た。
“損保のエリア総合職”と聞くと「総合職のサポート業務だからやりがいがなさそう」と最初は思ったが、人事から話を聞いて考えが変わった。
たしかに、業務は営業補助や会計など、総合職の補助が中心だし、基本給だって総合職よりも数段落ちる。
しかし、その代わりに産休・育休制度が充実していたり、付与される有休が多いからワークライフバランスを取りやすいし、転勤がないのもメリットだ。
地銀の総合職としての仕事も面白そうだったから、すごく迷ったけれど、“小さな地銀の総合職”と“大手損保のエリア総合職”を天秤にかけて、私は後者を選ぶことにしたのだ。
内定者研修に参加するようになると、まずは女子の多さに驚かされた。
3分の2が私と同じエリア職採用の女子で、MARCHやトン女、ポン女など有名女子大の学生が中心だった。皆華やかで明るくて、ノリも良い。
それ以外の3分の1は、早慶や旧帝大出身者が占めている総合職採用の男女。こちらは圧倒的に男子が多い。
そして、タカシのようにクオンツやアクチュアリーとして働くことが約束されている東大卒の“エリート採用”の人がごく少数いる、という具合だ。
何度か顔を合わせるうち、顔やキャラクターが釣り合う者同士でグループができていく。華やかなキラキラ系の“1軍女子”は“1軍の男子”と、“2軍女子”は“2軍男子”と…。
誰に決められるでもなく、ごく自然にカーストが形成される。
ただ、総合職女子は、なんとなく“別枠”扱い。
彼女たちは、どのグループに所属することもなく“総合職女子だけのグループ”で和気あいあいとしているように見えた。
そんななか、私はエリア職であるものの、「本当は総合職として働くはずだった」というプライドもあり、キラキラ女子が多い“1軍”や“2軍”の雰囲気になじめなかった。
かといって意識の高い総合職女子の集団に仲間入りできるわけでもなく…。
心許せる友人がいないなか、タカシだけは私の理解者だった。
東大経済学部出身の彼は、アクチュアリーコースで採用された生粋のエリート。気さくで誰とでも分け隔てなく接し、リーダーシップもあった。
「冬木さん、数学科出身なの？俺に数学教えてよ！」
研修で同じグループになったのをきっかけに、彼と仲良くなった。
彼の周りの女子は、「タカシってエリートコースなんだよね？」と適当に彼をヨイショするばかり。一方、卒論のテーマに統計学を選んだ私は、発展的な議論ができる。
彼はそれを気に入ったようだ。入社後も彼と定期的に連絡を取り合い、何年も2人で飲みにも行く仲だった。
「同期の中でマトモに話ができるの、朝香だけだわ〜」
「なに言ってるのよ、タカシはたくさん友達がいるでしょ」
口では彼をいなしながらも、優秀で人気者の彼から褒められるのは、良い気分だった。彼に評価されていることが嬉しくて、仕事だって頑張ることができた。
盛り上がりすぎて何度か終電を逃し、彼の家に泊まったことだってある。もちろん、そんなことがあったなんて、誰にも言っていないけれど…。
それなのに。
「朝香。ずっと話せてなかったんだけどさ…俺、実は真理子と付き合ってるんだ。今度、プロポーズしようと思う」
私と同じ部署で働く真理子は、同期のエリア職女子の中でもトップに君臨する美女だ。小学校から大学まで成城に通ったお嬢様で、親はテレビでもよく見かける代議士だと聞いた。
しかし仕事面では正直言って頼りなく、彼女のミスをフォローしたのは1度や2度ではない。
「…そうなんだ。おめでとう」
ガッカリしている自分がいて、その時初めて、私はずっとタカシのことが好きだったのだと気がついた。
そしてその日以来、急激に仕事へのモチベーションが落ちた。
低い給与、どんどん降ってくる雑務、総合職がやったミスのリカバリー。
管理職になることはないのに、強い責任感は求められる。それがエリア職を取り巻く状況だ。
給与が上がらないことに不満を持ち、仕事を適当にやる同僚も多かった。けれど、私はプロ意識を持ってやってきた。タカシのように、本質を見てくれている人がいると思ったから。
でも結局、彼も他の多くの男と変わらず、外見とスペックで真理子のような女を選ぶのだ。
― 報われるために頑張ってきたわけじゃない。だけど…。
たまには報われなくちゃ、頑張り続けることはできない。なんだか何もかもどうでもよくなって、もう会社を辞めてしまおうかとすら思った。
でもそんな時、転機が訪れた。
失意の朝香に訪れた、転機とは…
新たなチャンス
「朝香、お疲れ。この前は結婚式、来てくれてありがとな」
結婚式から2週間ほど経ったある日。
仕事を終えて丸の内のオフィスを出ると、後ろからやってきたタカシに声をかけられた。
「こちらこそ、お招きありがとう。素敵な式だったよ」
結婚式で幸せそうなタカシの笑顔をみて、胸が締め付けられたことは胸の奥深くにしまい、笑顔で彼に返事をする。
実際、式場からお料理、全体の雰囲気まで、文句のつけようがない100点満点の結婚式だった。
それを聞いてタカシは嬉しそうに「サンキュー」とはにかむ。
― もう〜その笑顔、ずるいんだから…。
「そういえばさ。前に話してた総合職転換試験、そろそろなんだろ？」
「ああ、そうね。よく覚えてたね」
「だって俺、朝香のことめっちゃ応援してるからさ。朝香なら絶対合格できるよ！」
私は来月、エリア総合職から総合職への転換試験を受ける。
入社当初こそ「いつかは総合職に」と思っていたが、忙しい毎日の中で、その意識は徐々に薄れていた。
けれど年度末の面談で、上司から「冬木さんさえやる気なら、僕の方から人事に推薦しておくよ」と言ってもらえたのだ。私の普段の仕事ぶりを評価してくれてのことだった。
試験を受けられるのは、社会人6年目から10年目の5年間。1年浪人して大学に入った私にとっては、33歳が試験を受けられるラストチャンスだ。
「朝香なら、絶対一発合格だよ」
「そんなことないよ、選考は結構厳しいって聞いたもの」
総合職転換試験は、これまで毎年5、6人が受けているそうだが、受かるのはそのうち1人か2人だと聞いた。
試験の構成は筆記テストと面接だけだが、必要に応じて部署内の360度評価も加味されるらしい。筆記テストの結果が振るわずとも、面接で熱意を伝えられて合格した人もいれば、その逆パターンで合格した人もいるようだ。
「試験の準備は進めてるけど、対策が難しいのよね…」
「大丈夫だって。朝香なら、自然体でもいけるから！」
快活に笑うタカシの横顔を見ていると、胸の奥がほんのりと温かくなる。
― タカシも応援してくれてるし。頑張らないとね！
結局、私のモチベーションはいつも、タカシによって保たれているのかもしれない。
◆
試験の結果は…
試験を受けた感触は、悪くなかった。
筆記試験の問題は、毎年会社で受けている“キャリアアップ研修”や、ファイナンシャルプランナー資格試験をなぞったような問題が出題され、難なく回答できた。
面接だって、終始和やかな空気で進んだ。
― もしかして、一発合格できちゃうかも！
やっぱり私は、他のエリア職の子たちと違うのかもしれない――そんな心地よい満足感が、3時間にわたる試験を終えた私の胸を満たした。
合格すれば、秋の人事で総合職になれる。
待遇は飛躍的に上がるし、昇進だって目指せる。
何より、もう真理子や他の“1軍”の女たちと同じ土俵に立たなくて済む。私は“別枠”として扱われ、巨大なピラミッドの一番下から這い出すことを許されるのだ。
試験結果を待つ数日間、日を追うごとにそんな期待がふくらんでいった。
しかし…。
「冬木さん。先日の試験の結果は、残念だけれど不合格でした。君にやる気があれば、また来年、ぜひチャレンジしてみてほしい」
人事部長から言い渡された非情な宣告に、私は目の前が真っ暗になった。
▶前回：1億5,000万円の赤坂タワマンで「一緒に住もう」と言われたけれど…。女が見抜いた、男の魂胆とは
▶1話目はこちら：結婚間近の29歳女。彼が約束より早く家に来て、衝撃的な告白を…
▶Next：5月7日 土曜更新予定
朝香が試験に落ちてしまった理由は…
