「僕の家だと…」女に関係を迫る男が、自宅へ招くのだけは拒否する意外なワケ
いまや私たちの日常に溶け込んでいるSNS。
InstagramやYouTube、Twitterなど、とても便利で面白いツールだが…。
そこには、とんでもない“ヤバイ世界”が潜んでいる可能性も。
SNSの沼にハマった女たちに待ち受ける衝撃の事件と、その結末は…？
◆これまでのあらすじ
広告代理店に勤める美南（27）は、案件で関わったスマホゲーム「ネクストタウン・エスケープ」にハマり、毎日のようにプレイしている。そんな中、ゲーム上で知り合った仁（29）とリアルで対面し、一目惚れをしてしまう。一方の仁もまんざらでもない様子で、2回目のデートをすることになったが…。
連夜、Discordで男と密会を重ねる女〜美南（27）の場合〜【後編】
木曜21時。
私は、仁さんとの2回目のデート場所である『Bar Corvinus 02』の、地下にある仄暗いVIPルームへ来ていた。
「美南ちゃん、今日も可愛いね」
仁さんはそう言って、シャンパンを片手に微笑む。
今日は19時に仕事を終わらせて、美容院でヘアメイクをしてもらっていた。
― 昨日、深夜3時まで前倒しで仕事しといてよかった〜。
私は心のなかで、「よしっ！」とガッツポーズを決めた。
仁さんのほうに体を向き直した私は、隅々まで精査するように、改めてじっと彼を見つめる。
シャンパンを飲むその姿は本当に様になっているし、端正な横顔はまるで彫刻のように美しい。
ふと彼が、薄茶色の瞳で私を見つめ返してきた。
ソファで横並びに座っているから、体の距離がかなり近く、鼓動が一気に早まるのを感じた。
「……仁さんに“可愛い”なんて言われて…喜ばない女性はいないと思います」
そう言って、私は赤ワインを一口飲んでから視線を逸らした。
彼とじっと見つめ合っていたら、心臓がどうにかなってしまいそうだ。
照れている私をよそに、彼はらさに体を近づけ、甘く優しい声で囁いた。
「今日はまだ…美南ちゃんと一緒にいたいな。このあと、どうする？」
夜更け手前の頃合いに、仁から「このあと」を迫られた美南は…
彼に対して淡い気持ちを抱く私は、一夜を共にするという選択に心が揺らいだ。
しかし、まだ交際前だから、というほんのわずかな理性が邪魔をする。
どう返事をしようかと考え込んでいると、私の右手に彼の左手がそっと重なった。
「美南ちゃんの家って遠いの？」
彼は、左手にぎゅっと力を込めて、私の右手を温かく包み込む。
― 私の家…。
彼からの甘い誘惑に酔いしれる私だったが、はっと我に返った。
― 彼を呼べるほど、部屋が片づけてない…！
仕事の資料は出しっぱなしだし、掃除機をかけたのも3日前。彼には絶対に幻滅されたくないから、ほこりひとつあるだけでも絶対に許されない。
「……えっと、うち明治神宮前のほうなので、六本木からだと乗り換えめんどくさいかなって。仁さんの家のほうが、近いんじゃないですか？」
とっさに出た言い訳だったが、彼は恵比寿に住んでいると言っていたから、うちよりアクセスは良いはずだ。
すると、仁さんは頬をかきながら苦笑した。
「いやー、僕の家に来てほしい気持ちはもちろんあるんだけど、うち、猫飼ってるって言ったでしょ？ 知らない人が来ると、怯えちゃってさ。
次の日に体調崩しちゃって大変なんだよね」
ペットの飼育経験がない私は何とも言えないが、猫は犬よりも他人の侵入を嫌がる子が多いと聞く。だから、彼の言い分はもっともなのかもしれないと、納得した。
近くのホテルという選択肢もあるはあるが…。私は悩んだ末、彼にこう告げた。
「じゃあ、次に会うとき、うちに遊びに来ませんか？私、料理は得意なので、ぜひ仁さんに食べてもらいたいです！」
自信満々な私の様子を見て仁さんは目を細め、「ゲームが下手だから、てっきり不器用なのかと思ってたよ。楽しみにしてるね」と、からかうような笑みを浮かべた。
翌日。
『次、いつ会える？』と仁さんから届いたDiscordのメッセージを見て、私は深いため息をつく。
良い雰囲気を壊したくなかったのと、酔いが回っていた勢いもあったが、「うちに来てください」と軽い気持ちで誘ってしまったことを、少し悔いていた。
家に来たら、お互いそういう関係になる可能性が高い。
でも、もし付き合えなかったら…。
私は悪いシナリオを振り払うように、ぶんぶんと頭を振った。
最近は、Discordで通話もたくさんしているし、メッセージのやりとりも毎日している。
― 私のこと好きじゃなかったら…こんなに時間、割いてくれないよね？
私は自分を落ち着かせるように、言い聞かせる。
それに彼は通話中、『美南ちゃんみたいな子が理想』『彼氏がいないのは本当にラッキー』などと、私に好意を寄せているアピールをしてくる。
万一、「付き合おう」という言葉なくそういう雰囲気になったとしても、ちゃんと『付き合ってない人とは無理です』と伝えればいいだけだ。
私は『再来週の土曜はどうでしょうか？ 好きな料理を教えてもらえれば、作ります！』と、仁さんに返事を送った。
◆
仁さんを家に招く、前日の金曜日。
私はリモートワークの合間に、インテリアショップで新しいお皿とカトラリーを購入した。
彼からのリクエストで「煮込みハンバーグ」を作ることになったので、スーパーにも立ち寄って、必要な材料を買いそろえた。
明日に向けての一通りの買い出しが終わった私は、家に帰って仕事を再開したのだが…どこか上の空で集中できない。
PCのキーボードのうえに両手を置いてぼーっとしたまま、気づけば、もう20時を回っていた。
― 仁さん、今日は接待で遅くなるから通話やゲームができないって言ってたし…。半身浴しながらむくみ取りのマッサージでもしよう。
いまいちお腹がすかなかった私は、夕飯よりまず風呂に入ろうと、バスタオル、パジャマ、ミネラルウォーターなどを用意して、バスルームに向かおうとした。
そのとき。
「……ん？」
スマホの画面に表示された、Discordでの着信通知に気が付く。
発信相手の名前は『JIN』。
― 通話はできないって言ってたくせに…もしかして、私の声が聞きたくなっちゃったのかな？
私はニヤニヤしながら、その電話に出た。
しかし、電話の向こうから聞こえてきたのは、見知らぬ女性の声だった。
『……あなた、誰なんですか？』
JINのアカウントで美南に電話をかけてきた女の正体は…
「え……」
私は状況をうまくのみこめず、呆然とする。
一瞬“まちがい電話かも”と思った。でも、Discordではアカウントを知らなければ通話ができないのだから、そんなことは起こりえない。
そもそも、通知は確実に『JIN』と表示されていた。
「……私は仁さんの友達ですけど、あなたこそ、どなたですか？」
心臓をバクバクさせながら、なんとか言葉を絞り出す。
『はぁ？ 家に呼ぶような間柄のくせに、“友達”ですって？ 私、全部知ってるんですからね。あなたと仁が夜中に長電話してたり、コソコソ会ってること』
女性の声色から強い怒りを感じ取り、私は体がこわばる。
何を責められているのかわからないが、恐らくこの女性は、仁さんの恋人…？
「だから、あなたこそ誰なんですか！」
必死に平然を装い、強い口調で聞き返す。すると、電話口から大きなため息が聞こえた。
『私は、仁の妻です』
その言葉に、私はサーッと血の気が引いていくのを感じた。
「……し、知りませんでした。仁さんが結婚してたなんて、そんな…」
『本当に？ Discordの履歴、全部PCから見ました。あなたと仁は、頻繁に連絡を取り合ってますよね。
しかも、家に呼ぶような“深い仲”なわけだし』
仁さんの奥さんは、完全に私を疑っている様子だ。
私の頭には「慰謝料」の三文字が浮かび、スマホを持つ手が震える。
「ほ、本当に、彼とは何もないんです！ 実際にはまだ2回しか会ってないし、家に誘ったのだって、話の流れでなんとなくそうなっただけで、そういうことは全然なくて……お願いです、信じてください！」
私はしどろもどろになりながらも必死で無実を訴えるが、やはりなかなか信じてもらえない。
そこで、「私の話を聞いてください」と仁さんの奥さんに懇願し、今日に至るまでの経緯を詳細に説明していった。
下手に誤魔化すと怪しまれると思ったので、素直に「仁さんを魅力的だと感じていて、付き合いたいと思っていた」ということまで伝えた。
すると、だんだんと彼女もクールダウンしていき、私が話し終えると「そう…」とぽつり呟き、話に納得してくれたようだった。
「もう二度と、仁さんとは連絡を取りませんし、絶対に会いません。Discordも、ゲームアプリも削除するとお約束します」
『…わかりました。あなたの言葉を信じます』
その一言に、全身の力が抜けて安堵の涙がこぼれる。私は何度も、感謝と謝罪の言葉を繰り返した。
通話を切る間際、仁さんの奥さんは、ふと私にこう投げかけた。
『LINEを交換せず、他のツールで連絡を取り合うことに、あなたは何の違和感も覚えなかったんですか？不倫の偽装工作なのかもって』
「……すみません、何も、思わなかったです」
今のいままで、本当に何の疑いも持っていなかった。
ゲームで知り合ったし、やり取りもDiscordで十分だったから、わざわざLINEを交換する必要もないと思っていた。
『私が言うのは筋違いだけど…もっと警戒心を持たなきゃだめよ』
「…はい。本当に、すみませんでした」
通話を終えた瞬間、糸が切れたように目の前のソファに倒れ込んだ。
― 仁さん、結婚してたんだ…。
先ほどまでは奥さんへの弁解に必死で何も考えられなかったが、好きな人が既婚者だとわかったショックはとてつもなく大きい。
そして、彼にまんまと騙されてしまった自分の鈍さにも嫌気が差し、複雑な感情が入り乱れる。
仁さんに文句のひとつでも言ってやりたいが、二度と連絡を取らないと約束したため、それはできない。
「……最低」
やり場のない思いを、自室でひとり、何度も何度も口に出して発散する。
何分、何十分そうしていたかはわからないが、一旦、気持ちが収まった私は、改めてスマホを手に取った。
そして、彼への未練を断ち切るように、躊躇なくDiscordとネクストタウン・エスケープを削除した。
Fin.
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