日本のビッグマックはタイより安い…日本が急激に貧しくなったのは「アベノミクス」の責任である
※本稿は、野口悠紀雄『日本が先進国から脱落する日』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■アメリカ人にとって「日本のビッグマック」はかなり安い
英誌『The Economist』が、各国のマクドナルドで販売されているビッグマックの価格を調査し、公表している。2021年6月のデータを見ると、つぎのとおりだ。
日本のビッグマックは390円。これを、1ドル=110円という6月時点の為替レートで換算すると、3.55ドルになる。
他方で、アメリカのビッグマックは5.65ドルだ。日本円にして621.5円。したがって、日本のビッグマックはアメリカの価格の62.8%ということになる。
だから、アメリカ人が日本に来てビッグマックを買えば、「日本は物価が安い国だ」と感じる。逆に、日本人がアメリカに行けば、「物価が高い国だ」と感じる。
つまり、海外旅行をした時に、アメリカ人は豊かな旅行ができ、日本人は貧乏旅行しかできない。
またユーロ圏のビッグマックは、ドルに換算して5.02ドル、イギリスのビッグマックは4.5ドル。韓国のビッグマックは4.0ドルだ。これらは日本の3.55ドルより高い。
ビッグマック価格が日本より低い国は少ない。
「安い日本」と言われるが、まさにそのとおりだ。
■各国の物価を測る「ビックマック指数」
以上のことが、「ビッグマック指数」という指標で表されている。
これは、つぎの算式で計算されたものだ。
前述の日本の場合は、〔3.55÷5.65−1〕×100=−37.2となる。
なお、アメリカのビッグマック指数は、定義によって常にゼロだ。
ビッグマック指数がマイナスで絶対値が大きいと、日本人は、アメリカに行った時に「物価が高い」と感じることになる。一般に、ビッグマック指数が小さい国の人が大きい国に行けば、物価が高いと感じる。
■日本の物価が安すぎることを示すデータ
2021年6月におけるいくつかの国・地域のビッグマック指数を見ると、つぎのとおりだ(カッコ内がその国の指数)。
指数がプラスの国として、スイス(24.7)、ノルウェー(11.5)、スウェーデン(9.6)などがある。これらは、アメリカ人から見ても、物価が高いと感じる国だ。
マイナスでも日本より指数が大きい国・地域として、韓国(△29.2)、アルゼンチン(△30.2)、タイ(△31.0)、パキスタン(△36.3)などがある。
これらの国では、アメリカ人は物価が安いと感じるが、日本人は高いと感じる。
ビッグマック指数の順に世界各国を並べてみると、調査対象57カ国・地域中で日本は31位だ。
ヨーロッパ諸国をはじめとして、30の国が日本より上位にくる。サウジアラビア(26位)も日本より上位。いまや日本人は、世界の多くの国に行ったときに、物価が高いと感じる。
■物価の高低感覚は、各国の物価と為替レートが影響する
ビッグマック指数は、つぎの値によって決まる。
第1は、日米のビッグマック価格だ。アメリカのビッグマック価格が変わらないとき、日本のビッグマック価格が上がれば、日本のビッグマック指数の値は大きくなる。マイナスであれば、指数の絶対値が小さくなる。つまりアメリカに近づく。
第2は為替レートだ。円高になれば、日本のビッグマック指数の値は大きくなる。指数がマイナスであれば、絶対値が小さくなる。そして、アメリカに近づく。
「円安になったために、日本人が外国に行くと物価が高いと感じるようになった」と言われる。しかし、これは正確ではない。
円安になったからといって、直ちに円の購買力が低下するわけではない。もし日本の物価が上昇したとすると、日本人が外国に行っても、物価が高いとは感じないだろう。
逆に為替レートが変わらなくても、日本の物価が安くなったとすると、日本人は外国に行って物価が高いと感じるだろう。
日本人が外国に行って物価が高いと感じるかどうかは、ビッグマック指数のようなもの、つまり、為替レートと国内外物価を考慮した指数によって決まるのだ。
■10年前の日本のビックマック指数
日本のビッグマック指数がこのように低い位置になったのは、比較的最近のことである。昔はこうではなかった。
ビッグマックの2010年の価格(ドル換算値)で見ると、次のとおりだ。
日本は3.91ドルで、アメリカの3.71ドルやイギリスの3.63ドルより高かった。日本より高かったのは、スイス、ブラジル、ユーロ圏、カナダぐらいだった。韓国は3.03ドルで、日本より低かった。この頃には、日本人が海外に行った時に、多くの国で物価が安いと感じたはずである。
■アベノミクスで日本は急激に貧しくなった
アベノミクス直前の2012年との比較でもそうだ。
2012年6月に、日本のビッグマック価格は320円であった。このときの為替レートは1ドル=78.22円であった。これで換算すると4.09ドルとなり、アメリカの4.33ドルとあまり変わらなかった。
つまり、日本は、国際的に見て、アベノミクスの期間に急速に貧しくなってしまったことになる。アベノミクスの期間に生じた最も大きな経済的事件がこれだ。
もっとも、それ以前を見ると日本の値はさらに高かった。2000年では、日本のビッグマック指数は10.5で、世界第5位だった。指数がプラスだったので、アメリカより高かったことになる。日本より高い国は、イスラエル、スイス、デンマーク、イギリスしかなかった。この10年、20年の間に、日本の国際的地位が大きく下がったのだ。
■異常な円安に導く経済政策がすべての元凶
賃金やGDPの日本の立ち後(おく)れについてよく言われるのは、過去20年以上にわたって、日本経済がほとんど成長しなかったことだ。それに対して、世界の多くの国では経済が成長した。「このため、日本が取り残された」と言われる。
この考えによれば、日本が貧しくなった原因は、日本の成長率の低さだということになる。確かにそうだ。しかし、ここでとどまらずに、さらに検討を続ける必要がある。
なぜなら、アメリカで物価が上がり日本で上がらなければ、あるいはアメリカで名目賃金が上がり日本で上がらなければ、為替レートが円高になって調整されるはずだからである。
ところが、日本は金融政策によって為替レートを円安に導いた。このため、国際的に見て日本の物価や賃金が安くなったのだ。
したがって、現在の日本の低い賃金や「安い日本」を問題とするのであれば、その責任はアベノミクスにあるということになる。
シャーロック・ホームズ・シリーズの『銀星号事件』で、ホームズは、犯人が侵入した時間に「犬が吠えなかった」ことが不思議だと言う。あって当然のものがなければ、それが問題を解くカギだ。異常な円安に対して、番犬が吠えなかったのが、日本の問題なのだ。
■「亡国の円安」としか言いようがない
円安になれば簡単に利益が増えるので、技術開発や新しいビジネスモデルへの転換が行われず、その結果、賃金が上昇しなかった。
円安は次の二重の意味において、日本を貧しくしたことになる。
為替レートが円安になったため、日本円の購買力が低下した。これは、「円安の直接効果」だ。
円安の麻薬効果によって、日本企業が技術開発やビジネスモデルの転換を怠った。これは、「円安の間接効果」だ。「亡国の円安」としか言いようがない。
■日本を貧しくした根本的な原因
前述したように、為替レートがアベノミクスの期間に円安にならなければ、国際的に見て日本の賃金や物価はいまのように安くならなかったと言える。
この見方に対して、つぎのような意見があるだろう。
アベノミクス以前の円高は異常なものであり、企業(特に、製造業の輸出企業)が立ちゆかなくなっていた。それを金融緩和で円安にしたから、日本経済が立ち直ったのだと。
しかし、本来であれば、円高に対して、技術革新で生産性を向上させて対応すべきだったのだ。低成長になったのは、技術開発がなされなかったからであり、円安によって企業が安易に利益を増加できたからである。
だから、円安政策こそが、日本を貧しくした根本的な原因であるということになる。
こうして、日本の地位は、円安政策をとり続けたアベノミクスの期間に急激に低下した。
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野口 悠紀雄(のぐち・ゆきお)
一橋大学名誉教授
1940年東京生まれ。63年東京大学工学部卒業、64年大蔵省入省、72年エール大学Ph.D.(経済学博士号)を取得。一橋大学教授、東京大学教授、スタンフォード大学客員教授、早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授、早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問を歴任。一橋大学名誉教授。専攻はファイナンス理論、日本経済論。著書に『「超」整理法』『「超」文章法』(ともに中公新書)、『財政危機の構造』(東洋経済新報社)、『バブルの経済学』(日本経済新聞社)ほか多数。
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(一橋大学名誉教授 野口 悠紀雄)