子どもが朝なかなか起きない…。脳の専門家に聞いた予想外のメリット
「子どもが朝なかなか起きてくれない…」「毎日ゲームばかりしている」といった悩みがある人も多いのではないでしょうか? でも、それは悪いことばかりではないかもしれません。今回は、脳の仕組みに詳しい、薬学博士で東京大学薬学部教授の池谷裕二先生に、子育てにも役立つ意外なお話を教えてもらいました。
子育ての悩みに対して、脳の専門家が語る意外なメリット
子育てに関する悩みも、科学的な側面から考えてみると、意外な発見があるかもしれません。
●寝る子は風邪をひかない?免疫力と睡眠の密な関係
みなさんも「バカは風邪をひかない」という言葉を耳したことがありますよね。「バカは風邪をひかない」という言葉は本来、「バカは鈍感だから風邪をひいたことに気づかない」という意味。現代風に加味すれば「だから知らぬ間に感染を拡大してしまう」となるかもしれませんね。
バカはさておき、あるものが「風邪をひかない」ことにつながる、と池谷裕二先生は話します。
「ウイルス感染には「免疫力」が大きく関係します。免疫力が十分に高ければ、ウイルスを防御できる確率が高まります。免疫力が睡眠と関係するのはご存知でしょうか。十分な免疫力を発揮するためには十分な睡眠時間は欠かせません」(池谷先生・以下同)
・睡眠時間が短い方が風邪をひきやすい
池谷先生によると、免疫力にとって睡眠が重要であることは、ある有名な実験からも分かっているそう。
「カーネギーメロン大学のコーエン博士らの有名な実験があります。21歳から55歳の健康な153人に風邪の病原ウイルス(ライノウイルス)を鼻腔内注入したところ、平均睡眠時間が7時間未満だった者は、8時間以上だった者に比べ、2.94倍も風邪の発症率が高かったのです。
より穏当な研究として、ウプサラ大学のベネディト博士らのワクチンを用いた実験を紹介しましょう。全24名にA型インフルエンザのワクチンを投与した後、52日にわたって抗体の力価を調べました。ワクチン接種から数日以内にわずか一晩でも徹夜すると、インフルエンザに対する抗体の量が70%も減ってしまうことがわかりました。減少効果はとくに男性で強かったのです」
・抗ウイルス作用を高めるには、しっかりと眠り込むことが大切
池谷先生によると、単に横になる姿勢をとるだけではだめで、しっかりと眠り込まなければ抗ウイルス作用は薄いそう。つまり効果をもたらすのは姿勢でなく睡眠。「寝る子は風邪をひかない」とでも言えるのではないでしょうか。
朝なかなか起きられないわが子に対して、「これもひとつのコロナ対策…」と思えば気持ちに余裕が生まれるのかもしれません。
●ゲームの中毒性が自己管理能力を促進する!?
TVゲームやSNSなどのデジタル技術は脳にとって悪影響、という説は昔から言われていますが、実際のところはどうなのでしょうか?
「ゲームで遊ぶことで認知能力が高まるとするデータもあれば、SNSが台頭したここ10年で若者のうつ傾向が強まったことを示すデータもあり、専門家の間でも統一的な見解は得られていません」
このように、はっきりとしたひとつの結論が出てはいないよう。ただ、池谷先生はゲームが子どもに与える影響について、以下のように話します。
「なかなか結論の出ない混沌とした議論を眺めるにつけ、私は、心配するほどひどい悪影響はないだろうと判断しています。この判断は私自身がゲームとともに育った世代であり、おそらくは一種の自己弁護でもあります」
・デジタル技術の嗜癖性の高さに注意
そんな池谷先生が「一つだけ指摘したい注意点」というのが、「デジタル技術の嗜癖性の高さ」。
「世界保健機関(WHO)が公開している国際疾病分類(ICD)は、病気や死因の判定基準や名称を統一するための指針で、多くの臨床現場で採用されています。これが32年ぶりに刷新され、2022年には第11版となりました。
ここでは「ゲーム障害」が新たな診断カテゴリーとして収載されます。ゲームに夢中になるあまり睡眠や食事などの日常の活動が疎かになる状態を、正式に「病気」と認定し、治療の対象としようというわけです」
・ゲームの中毒性が自己管理能力を促進することも
それほどゲーム依存症が世界的に問題となっているのです。しかし、その嗜癖性の強さにも表裏があるといいます。
「たとえば、ゲームの中毒性が自己管理能力を促進することがしばしば指摘されます。ゲームにはまった経験から、自分の危うさに気づき、「一日60分まで」などといった制約を自ら設けるなどして時間管理や健康管理に気を遣うようになります。いわば反動効果です。かくいう私も学生時代にゲームに出会い、自省を通じて自制心が養われた口です」
宿題よりもゲームを優先する、時間を守って遊ばない…など、ゲームに夢中なわが子に困っているなら、一度好きなだけゲームをやらせてみてはどうでしょうか?
●若手教師が能力を発揮するのにかかる年月は?
子どもの学校の担任が、若手の先生になってしまって心配…なんて経験、ありませんか? 生徒の学力は、本人の勉強への意識だけでなく、親や校風などさまざまな影響で決まりますが、近年の調査によれば、担当教師の能力がとりわけ強い要因となっていることが判明しているそう。それを考えると、ベテランの先生の方が安心、ということなのでしょうか?
・教師の人材不足が問題に
それに関して池谷先生は、今、学校教育の現場が変わりつつあると話します。
「その原因は、教師の人材問題です。小中高の教師の約4割を占めていた50代のベテランが次々と引退を迎えているのです。東京都の公立学校教員だけでも毎年2,000人規模の退職です。
人材不足を補うためには大量採用せざるを得ません。1999年度には公立小学校教諭の採用試験は十倍以上の競争率でしたが、2009年度には2.6倍に減少しました。ここ数年は追加採用も珍しくありません。教職不人気も重なり、全国レベルで教師の質の低下が危惧されています。教育のツケは数十年後に国家レベルでやってきます。教師の人材は日本の将来を左右する重要な課題です」
じつは、こうした人材不足が問題になっているのは、日本だけではないそう。
「アメリカではもっと深刻です。教師を勤めた歴年数としてもっとも多かったのは、1988年は25年間でしたが、2008年にはなんと1年です。想像以上の重労働に意気消沈するのでしょうか。教師になって最初の5年間に約半数が辞めてしまうといいます」
・4年の教育歴があれば、若手の教師でも十分な能力を発揮できる
このように、途中で辞めてしまう人も多いなか、若手の教師が十分な能力を発揮するのにどれほどの年月が必要なのでしょうか?
「最近アメリカの公立高校教師を対象に大規模な調査データが発表されました。ノースカロライナ大学のヘンリー博士らの研究です。調査結果によれば、新米教師でも4年の教育歴があれば十分なレベルに達するといいます。20代後半です。文系科目よりも、理科系のほうが熟達は早いようです。ちなみに5年以内に辞めてしまう教師は、最初の1年ですでに教育能力に差が出はじめているといいます」
能力という面で、若手教師よりもベテラン教師を担任の先生に望む保護者は多いのかもしれません。しかし、脳科学的には、4年の教育歴があれば、若手教師でも十分な指導力をもっていると言えると池谷先生は話します。