新たな胎動の予感? 各メディアの2021年の年間ベストから読み取れる時代の空気とは?
音楽メディアThe Sign Magazineが監修し、海外のポップミュージックの「今」を伝える、音楽カルチャー誌Rolling Stone Japanの人気連載企画POP RULES THE WORLD。ここにお届けするのは、2021年12月25日発売号の誌面に掲載された、海外の主要メディアによる2021年の年間ベストの結果を考察した記事。各メディアの年間ベストを横断的に眺めることで見えてくる時代の空気とは?
【一気にチェック】2021年の年間ベスト・アルバム上位10作
様々なメディアが恒例の年間ベスト・アルバムを発表した。果たして2021年はどのような作品が、どのような文脈から支持を集めたのか? それを横断的かつ俯瞰的に見ていくことによって、2021年という一年の輪郭を浮き彫りにしていきたい。なお、本稿執筆時の2021年12月8日現在ではThe GuardianやNMEなど幾つかの主要メディアの年間ベスト・アルバムがまだ出ていないため、あくまで現時点での暫定的な総括だということを付記しておく。
まず結論から言ってしまうと、2021年の年間ベスト・アルバムには過去数年ほどのわかりやすい傾向はない。と言うのも、2020年のフィオナ・アップル『Fetch the Bolt Cutters』、2019年のラナ・デル・レイ『Norman Fucking Rockwell!』のように圧倒的な支持を集めている作品が見当たらないからだ。だが、それこそが2021年的な光景だとも言えるだろう。つまり、誰もが時代を象徴すると感じるような特定の作品はない。「中心を欠いたバラバラな状態」というのは過去数年にも言われたことだが、2021年はいよいよそれが全面化したと読み取ることが出来る。とは言え、停滞した印象はない。それは多くのメディアのチャートにおいて、世界各地、各ジャンルの新たな胎動への興奮と、それをしっかりと捉えようという意図が汲み取れるからである。
具体的に見ていこう。今のところ、もっとも多くの媒体で1位を獲得しているのはリトル・シムズ『Sometimes I Might Be Introvert』(6つの媒体で1位。媒体数のカウントはalbumoftheyear.orgを参照している)。これまでとは比べ物にならないほどのスケール感を獲得した本作が各年間ベストでも上位に食い込むのは大方の予想通りだろう。パンデミックの行動制限下で自分を見つめ直し、更なる深みに到達した作品という意味では、2021年に生まれるべくして生まれた作品だと言える。
TikTok世代によるドラムンベースの再定義、ピンクパンサレス
そして、オリヴィア・ロドリゴ『Sour』はRolling StoneとBillboardで1位、The New York Timesではスタッフライター3人のランキングですべてトップ10入りするなど、主要な媒体が今年の顔として象徴的に取り上げることが多い。インディ系のPitchforkの21位、Stereogumで13位、ヒップホップ中心のComplexで15位と、トップ10入りは逃しているもの幅広い支持を獲得している印象だ。
トラップ全盛期のようにラップミュージックが非ヒップホップ専門メディアの年間ベストも席巻するような状況は落ち着いたが、そんな中でも最大公約数的な支持を集めたラップ作品はタイラー・ザ・クリエイター『Call Me If You Get Lost』だった。ヒップホップ系メディアのComplexでは堂々の1位。Pitchforkで3位、Rolling Stoneで4位、NPRで13位と高順位を連発している。他にもラップ作品ではマック・ホミー『プレイ・フォー・ハイチ』、ヴィンス・スタイプルスのセルフタイトル作など、いわゆる全米トップ40ものではなく、よりオルタナティヴな作品にスポットが当てられた。
今年はイギリスの若手に注目が集まっているのもひとつの傾向だろう。サウスロンドンのバンドシーンからはドライ・クリーニング『New Long Leg』とブラック・カントリー・ニュー・ロード『For The First Time』が複数の媒体でランクイン。特にドライ・クリーニングは本国イギリスのRough Tradeで1位を獲得しただけでなく、アメリカのPitchforkで10位、Rolling Stoneでも24位と、国境を越えた支持を得た。そして、西ロンドン出身のアーロ・パークスのデビュー作『Collapsed In Sunbeams』もBBC Radio 6 MusicとRough Tradeで2位、NPRで8位、Rolling Stoneで19位とワールドワイドな評価を獲得。
イギリス勢はこの辺りまでは前評判通りの結果だが、予想以上に多くの媒体でランクインを果たしたのが英バース出身のピンクパンサレスによる初ミックステープ『to hell with it』ではないだろうか。3位に選んだTimeは「未来のサウンド」、12位に選んだRolling Stoneは「2021年最高の驚きのひとつ」と絶賛。TikTok世代によるドラムンベースの再定義は、海を越えたアメリカでもフレッシュな新世代の声として受け入れられた。
これまで取り上げた以外では、インディではウェザー・ステーションやジャパニーズ・ブレックファスト、R&Bではジャズミン・サリヴァン、電子音楽/ジャズではフローティング・ポイントとファラオ・サンダースと論同交響楽団のコラボ作、そしてナイジェリア出身のテムズなど、各ジャンルの然るべき作品が然るべき評価を受けているという印象だ。
前言したように、2021年は過去数年でもっとも「中心を欠いたバラバラな状態」かもしれない。しかし、各ジャンルや地域から充実した傑作は多数生まれており、オリヴィア・ロドリゴからピンクパンサレスまで新世代の新しい感性は生き生きと躍動している。先を見通せない時代の中、だが確かに新しい胎動はそこかしこから感じられる――それが2021年の年間ベストから読み取れる時代のムードなのかもしれない。
【関連記事】田中宗一郎×小林祥晴「2021年ポップ・シーン総括対談:時代や場所から解き放たれ、ひたすら拡張し続ける現在」
【関連記事】グラミー賞は「おかしい」のか? 確かに存在する現実として受け取るべきか?
Edited by The Sign Magazine
様々なメディアが恒例の年間ベスト・アルバムを発表した。果たして2021年はどのような作品が、どのような文脈から支持を集めたのか? それを横断的かつ俯瞰的に見ていくことによって、2021年という一年の輪郭を浮き彫りにしていきたい。なお、本稿執筆時の2021年12月8日現在ではThe GuardianやNMEなど幾つかの主要メディアの年間ベスト・アルバムがまだ出ていないため、あくまで現時点での暫定的な総括だということを付記しておく。
まず結論から言ってしまうと、2021年の年間ベスト・アルバムには過去数年ほどのわかりやすい傾向はない。と言うのも、2020年のフィオナ・アップル『Fetch the Bolt Cutters』、2019年のラナ・デル・レイ『Norman Fucking Rockwell!』のように圧倒的な支持を集めている作品が見当たらないからだ。だが、それこそが2021年的な光景だとも言えるだろう。つまり、誰もが時代を象徴すると感じるような特定の作品はない。「中心を欠いたバラバラな状態」というのは過去数年にも言われたことだが、2021年はいよいよそれが全面化したと読み取ることが出来る。とは言え、停滞した印象はない。それは多くのメディアのチャートにおいて、世界各地、各ジャンルの新たな胎動への興奮と、それをしっかりと捉えようという意図が汲み取れるからである。
具体的に見ていこう。今のところ、もっとも多くの媒体で1位を獲得しているのはリトル・シムズ『Sometimes I Might Be Introvert』(6つの媒体で1位。媒体数のカウントはalbumoftheyear.orgを参照している)。これまでとは比べ物にならないほどのスケール感を獲得した本作が各年間ベストでも上位に食い込むのは大方の予想通りだろう。パンデミックの行動制限下で自分を見つめ直し、更なる深みに到達した作品という意味では、2021年に生まれるべくして生まれた作品だと言える。
TikTok世代によるドラムンベースの再定義、ピンクパンサレス
そして、オリヴィア・ロドリゴ『Sour』はRolling StoneとBillboardで1位、The New York Timesではスタッフライター3人のランキングですべてトップ10入りするなど、主要な媒体が今年の顔として象徴的に取り上げることが多い。インディ系のPitchforkの21位、Stereogumで13位、ヒップホップ中心のComplexで15位と、トップ10入りは逃しているもの幅広い支持を獲得している印象だ。
トラップ全盛期のようにラップミュージックが非ヒップホップ専門メディアの年間ベストも席巻するような状況は落ち着いたが、そんな中でも最大公約数的な支持を集めたラップ作品はタイラー・ザ・クリエイター『Call Me If You Get Lost』だった。ヒップホップ系メディアのComplexでは堂々の1位。Pitchforkで3位、Rolling Stoneで4位、NPRで13位と高順位を連発している。他にもラップ作品ではマック・ホミー『プレイ・フォー・ハイチ』、ヴィンス・スタイプルスのセルフタイトル作など、いわゆる全米トップ40ものではなく、よりオルタナティヴな作品にスポットが当てられた。
今年はイギリスの若手に注目が集まっているのもひとつの傾向だろう。サウスロンドンのバンドシーンからはドライ・クリーニング『New Long Leg』とブラック・カントリー・ニュー・ロード『For The First Time』が複数の媒体でランクイン。特にドライ・クリーニングは本国イギリスのRough Tradeで1位を獲得しただけでなく、アメリカのPitchforkで10位、Rolling Stoneでも24位と、国境を越えた支持を得た。そして、西ロンドン出身のアーロ・パークスのデビュー作『Collapsed In Sunbeams』もBBC Radio 6 MusicとRough Tradeで2位、NPRで8位、Rolling Stoneで19位とワールドワイドな評価を獲得。
イギリス勢はこの辺りまでは前評判通りの結果だが、予想以上に多くの媒体でランクインを果たしたのが英バース出身のピンクパンサレスによる初ミックステープ『to hell with it』ではないだろうか。3位に選んだTimeは「未来のサウンド」、12位に選んだRolling Stoneは「2021年最高の驚きのひとつ」と絶賛。TikTok世代によるドラムンベースの再定義は、海を越えたアメリカでもフレッシュな新世代の声として受け入れられた。
これまで取り上げた以外では、インディではウェザー・ステーションやジャパニーズ・ブレックファスト、R&Bではジャズミン・サリヴァン、電子音楽/ジャズではフローティング・ポイントとファラオ・サンダースと論同交響楽団のコラボ作、そしてナイジェリア出身のテムズなど、各ジャンルの然るべき作品が然るべき評価を受けているという印象だ。
前言したように、2021年は過去数年でもっとも「中心を欠いたバラバラな状態」かもしれない。しかし、各ジャンルや地域から充実した傑作は多数生まれており、オリヴィア・ロドリゴからピンクパンサレスまで新世代の新しい感性は生き生きと躍動している。先を見通せない時代の中、だが確かに新しい胎動はそこかしこから感じられる――それが2021年の年間ベストから読み取れる時代のムードなのかもしれない。
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