ジェンダー意識が低いのは「昭和おじさん」だけではない

「最近、女性活躍とかいって無理に女を出世させたりするよね、アレなんかおかしくない?」
「何かとつけて男女平等とか、女性の権利とかを持ち出すフェミニストのせいだろ」
「ああゆう人たちが騒げば騒ぐほど、世の中どんどん悪くなっていない? 経済効果のある萌えキャラも性的搾取だなんだと抗議して潰したりしてさ。男が女を性的な目で見られなくなったら、少子化がもっと進行しちまうっての」

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居酒屋でそんな会話が聞こえてきたら、きっと多くの人は、そこには「ジェンダー」に対する意識の低い「昭和生まれのおじさん」がいるはずだと思うだろう。しかし、そのイメージは間違っているかもしれない。

■若くなればなるほど「フェミニズム憎悪」が強まる

11月16日、電通の社内シンクタンク「電通総研」が発表した「男らしさに関する意識調査」によれば、若い男性ほど「女性活躍推進に反対」「フェミニズムが嫌い」という傾向があるというのだ。

国内18〜70歳の男性3000人に「女性活躍を推進するような施策を支持する」という質問をしたところ、「まったくそう思わない」「そう思わない」と回答した51〜70歳が21.2%であったのに対して、18〜30歳は37.2%、31〜50歳もほぼ同じ38.4%。意外や意外、「男は外で仕事、女は家を守る」という時代を生きてきたシニア世代より、若い人たちの方が女性活躍に後ろ向きなのだ。

また、「フェミニストが嫌いだ」というズバリ直球ストレートの質問に対しても、「とてもそう思う」「そう思う」と回答した51〜70歳で31.7%、31〜50歳が39.1%、18〜30歳は42.8%と、若くなればなるほど「フェミニズム憎悪」が強まるという結果となった。

では、なぜ若い男性ほど女性活躍やフェミニズムに否定的な人が多いのか。研究者などによれば、男社会の恩恵を受けてきたか、そうでないかの「世代間格差」ではないか、という分析が多い。

■「昔のほうが男にとっては楽しそうじゃん」という妬み

50代以上の人たちが若者だった時、女性を採用してもいずれ寿退社するという理由から、「男」というだけで就職は有利だった。会社に入っても、女性はお茶汲みや酒のお酌をさせられたり、下ネタに付き合わされるという精神的苦痛が多かったが、男は上司に媚を売っているだけでも定年まで会社にしがみつけた。社会も寛容で、オフィスでヌードグラビアを見ることもセーフだった。

つまり、50代以上は男社会を120%堪能してきた世代なのだ。だから、女性活躍やフェミニズムという時代の変化にも、「昔はよかったなあ」と文句を言いながらも渋々受け入れることができる。しかし、50代以下、特に若い世代にとってこんな時代はドラマや漫画の世界の話だ。「昔のほうが男にとっては楽しそうじゃん」という妬みしかない。当然、この古き良き時代を壊した人々に怒りを向ける。それが、男性中心社会を否定し、#MeToo運動などを呼びかけるフェミニストの皆さんだというのだ。

非常に納得感のある説だが、個人的にはもっと本質的かつシンプルな原因もあるのではないか感じている。それは「低賃金」だ。

■低賃金で虐げられた若い男性の不満の矛先

ご存じのように、他の先進国がこの30年で着々と賃上げに成功をしてきたにもかかわらず、日本の賃金は横ばいで、ついに平均賃金(年収)で韓国にまで抜かれてしまった。この常軌を逸した低賃金で最も虐げられるのが「若い男性」であることは言うまでもない。

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日本は年功序列で若者の給料はスタート時ギリギリまで安く抑えられる。また、近年増えている非正規雇用も若者が多い。令和元年分民間給与実態統計調査によれば、20代の平均年収は330万円だ。

若い男性は世代的に、恋愛や結婚に関心が高い人も多い。しかし、経済的な理由から「断念」をせざるを得ない人々もたくさんいる。そこで想像していただきたい、このよう人々の行き場のない怒り、不満がどこへ向かうのか。

若者ばかりに低賃金を強いる社会へ向けられるかもしれない。たいして仕事もしないのに年功序列で高い給料をもらう祖父・父親世代が悪いという発想になるかもしれない。しかし、その中には「女性活躍推進」や、「男女平等」を声高に叫ぶフェミニストに憎悪を募らせる若い男性も現れるのではないか。

■「低賃金で結婚できない男」が急増中の韓国で起きていること

かつて欧州に吹き荒れたユダヤ人排斥や、現在のアジア系移民への差別などにも通じるが、人間というのは、自分たちが恵まれない境遇に陥った時、社会の中で存在感を増してきた「新参者」に対して、「お前らがやってきたせいで悪いことが起きた」とスケープゴートにすることがわかっているからだ。

低賃金で結婚できない若い男たちが、「どうしてこんな世の中になってしまったんだ?」と社会を見渡した時、「男女平等」や「女性の人権」をうたうフェミニストが視界に入ったらどんな感情がわき上がるだろうか。「ああゆう連中が増えせいで、男ばかりが損をしている」などと一方的な憎しみを抱く者もいるのではないか。

その典型が、実はお隣、韓国の若い男たちだ。

先ほど日本の平均賃金は韓国にまで抜かれてしまった、と述べたが裏を返せば、ちょっと前まで韓国は日本よりも低賃金だった。しかも、日本以上の学歴・格差社会なので、少しでもレールを外れて大企業に入れなかった若い男性は、日本以上の過酷な低賃金労働に従事するしかない。当然、日本以上に「結婚できない若い男」が溢れかえる。

韓国保健社会研究院の日韓比較研究の報告書によれば、1995年時点では、韓国の30代前半男性の未婚率約19%で、日本の同世代男性よりも低かった。しかし、2015年になるとこれが約56%に跳ね上がり、日本を追い抜かしてしまう。これは所得が低いなど経済的理由から交際相手がいない若者が増えていることが影響しているという。

では、このように「低賃金で結婚できない若い男が溢れかえる」という問題が日本以上に深刻化している韓国で今、何が起きているのか。

■「フェミニストが嫌い」を上回る憎悪

それは、日本以上に深刻な「フェミニスト憎悪」である。

20代男性のなんと半数が、反フェミニズム意識を持っている、という驚きの調査もあり、「フェミサイド」(女性憎悪に基づく男性による女性の殺人)も続発しているのだ(20代男性の6割が「女性が憎い」と答える韓国で起きたフェミサイド)。

日本の若者たちはまだ「フェミニストが嫌い」くらいだが、韓国の若者の憎悪はさらに凄まじいことになっている。それを象徴するのが、東京2020の女子アーチェリーで韓国代表のアン・サン選手へ向けられたバッシングだ。彼女が3つの金メダルを獲得した際、韓国のサイトにはこんな投稿が相次いだ、とBBCNEWS(2021年8月12日)が紹介している。

「アン選手が金メダルを取ったのは良いけれど、短い髪を見るとフェミニストのように見える。もしそうなら応援しない。フェミニストは全員死ねばいい」

■韓国の若い男性にのしかかる「失業」と「兵役」

もちろん、韓国の若者がここまで憎しみをあらわにするのは「低賃金」以外にも、韓国特有の事情もある。「中央日報」は海外メディアの分析を引用する形で、2つのポイントを指摘している。

《CNNはフェミニズムに対する韓国の男性の拒否感は深刻な就職競争と兵役義務による剥奪感だと分析した。女性は政府の政策支援で職場を得られる半面、男性は雇用競争で厳しい状況と考えている》(中央日報2019年9月23日)

個人的には、日本のフェミニスト攻撃が、韓国に比べてマイルドな理由はこのあたりにあると考えている。日本は世界の中でも失業率がかなり低い国である。ILOによれば2019年、世界の若年労働者の失業率は13.6%だったが、日本は3.7%と世界で17番目に低い割合となっている。また、男性だからということで自衛隊に入るような義務もない。

つまり、日韓の若い男性たちはともに「低賃金で結婚できない」という問題を抱えているところに、韓国の場合はさらにオンする形で「失業」「兵役」という要素がのしかかっている。その日本以上に過酷なプレッシャーが、日本以上に激しいフェミニスト憎悪を生み出しているのではないか。

写真=iStock.com/kemalbas
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■アメリカでもフェミニストへの攻撃が過激化

日韓の話ばかりをしてきたが今、「フェミニスト憎悪」はさまざまな国に広がりつつある。

アメリカでも近年、「インセル」という女性蔑視主義者の男性たちが過激化して、フェミニストへ陰湿な攻撃をしたり、無差別殺人を起こすなどの問題が発生している。ちなみに、「Incel」とはInvoluntary celibateの略で、不本意ながら禁欲を強いられている人々を指す、元々ネット上で生まれた言葉だ。

恋愛や結婚を望んでいるのだがパートナーがいない、身も蓋もない言い方をすれば「モテない男」のことである。ちなみに、アメリカも日本や韓国ほどではないが、成人の未婚率は38%で、1990年より10%アップしている(Forbs「米国の成人の38%は独身、1990年の29%から大幅に増加」)。

インセルは自分たちがモテないのは、イケメン男性や、若くて金持ちの男性に惹かれるような女性たちが世の中に多いということや、「男女平等」や「女性の自立」を掲げるフェミニストのせいだと目の敵にしている。

自分たちが不幸な境遇になったのは、とにかく女性側に原因があるという発想で、韓国の若い男性にも見られた「女たちが人生を謳歌するようになったから、代わりに男が我慢を強いられている」という思想が垣間見える。

■日本にも「フェミニズム憎悪」が存在している

このような思考回路を聞いて思い出すのは、2021年8月6日、小田急線内で起きた無差別刺傷事件だ。加害者の男は、10人に重軽傷を負わせたが、その中で20歳の女子大生に狙いを定めて、執拗に追いかけて背中まで刺して殺そうとした。当時の報道によると、男はその理由について、こう述べた。

「幸せそうな女性を見ると殺してやりたい」
「女性なら誰でもよかった」

韓国やアメリカで起きている「フェミサイド」が日本でも広まりつつあるようにしか見えないが、マスコミや専門家は、何か都合が悪いことでもあるのか、「レッテル貼りはよくない」「無差別殺人者の心の闇に注目すべき」とかワケのわからない論法を持ち出して、まるで日本には「フェミニズム憎悪」は存在しないかのように必死に取りつくろっている。

しかし、ネットやSNSを見てみるといい。この加害男性のように、女性に憎悪を抱き、フェミニストを罵り、社会を悪くする犯人だと断罪している男は山ほどいる。

冒頭で紹介した電通の調査を「世代間の意識のズレですな」なんて呑気な話で片付けているうちに、静かにアメリカや韓国のような過激な反フェミニスト運動が広がっているのだ。

暴力やヘイトは水と同じで、高いところから低いところへ流れる。つまり、弱い立場の人が狙われる。日本は多くの国で憎悪や排斥の対象となる移民がいないため、若い男たちの怒りや不満は、もっぱら中国人や韓国人に向けられてきた。が、今のまま低賃金が続くようなら、新たな「サンドバッグ」も必要になる。

韓国のように、若い男たちが「フェミニストは死ね!」と叫びだす日も、そう遠くないかもしれない。

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窪田 順生(くぼた・まさき)
ノンフィクションライター
1974年生。テレビ情報番組制作、週刊誌記者、新聞記者等を経て現職。報道対策アドバイザーとしても活動。数多くの広報コンサルティングや取材対応トレーニングを行っている。著書に『スピンドクター“モミ消しのプロ”が駆使する「情報操作」の技術』(講談社α文庫)、『14階段――検証 新潟少女9年2カ月監禁事件』(小学館)など。
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(ノンフィクションライター 窪田 順生)