「人当たりの良さで採用と出世が決まる」ワークマンには"凡人しかいない"は本当なのか
■凡人による凡人の経営
今回取材に応じてくれたのは、ワークマン・新業態事業部の吉田悟さん(29)と稲富恵子さん(26)のおふたりだ。
吉田さんは新業態事業部のチーフであり、稲富さんの上司にあたる。稲富さんは6月17日にオープンした「#ワークマン女子南柏店」のフォーマット(什器の発注や商品の陳列など)の担当者。同店は、ワークマン女子としては初のロードサイド店である。
最初にちょっと聞きにくいことを質問。
ワークマンには「スター・プレイヤーは不要」であり、「凡人による凡人の経営」が行われているそうだが、おふたりは自分自身のことを「凡人」だと認識しているのだろうか。
「高校時代は陸上部でハンマー投げを結構がんばってやっていまして、地区大会で3位に入る成績でしたが、大学(関東学院大学)時代は人並みというか、勉学の面でもごく普通の学生でした。(仕事の)能力としては、たしかに平凡だと思いますね」(吉田さん)
「大学(東京農大)は収穫祭の時だけ熱くなる、メリハリのある大学でした(笑)。写真サークルに入っていましたけれど、普通に暮らしていましたね。きっと吉田さんより、一層平凡な人間だと思います(笑)」(稲富さん)
■オープン直前に、なぜこの余裕
ちなみに取材日は6月8日。担当店舗のオープン直前にインタビューを受けている余裕などあるのか、ちょっと心配になった。稲富さんが言う。
「南柏店の立ち上げにかかわって約1カ月半になりますが、すでに仕事の70%は終わっています。350ぐらいあるアイテムはすでに陳列を終えていて、あと3、4日でよりかわいらしく見えるように手直しをして私の仕事は終わります。ですから、時間的な余裕はあるんです」
■準備が間に合わなければオープンを遅らせる
新店舗のオープンといえば、前日の深夜、あるいは当日の明け方近くまでドタバタ騒ぎが続くのが普通だと思うが……。上司の吉田さんが言う。
「スケジュール管理ができているというよりも、ワークマンは施工を開始する期日が他社に比べて早いんです。他社の場合、商品の搬入から陳列まで1週間なんて普通のことですが、ワークマンは(個店の場合)1カ月程度の時間をかけます。だから余裕がある。しかも、何日までに仕事を終わらせるという目標は立てても、それは決して期限ではありません。だから、それぞれのペースで仕事ができるんです」
余裕のある日程を設定するだけでなく、ワークマンは仕事に期限を設けない(納期を定めない)というのだが、「目標は立てても期限はない」とは、わかるようでよくわからない言葉だ。
「仕事の期限が決まっていたら、プレッシャーを感じてしまって、とにかくその日に間に合わせるように仕事をしてしまうと思います。でも南柏店の場合、オープンの日は決まっていますが、それまでのスケジュールは自由にやらせてもらっています。もしも、スケジュールを決められていたら、『いまいちだけどオープンしちゃえ』ってなるかもしれません。スケジュールが決まっていないからこそ、納得できるまで売り場をよくしたいと思えるんです」(稲富さん)
つまりワークマンでは、「期日を設けてそれに間に合わせる」ことよりも、「納得のいく売り場づくり」を優先しているということになるだろうか。
準備が間に合わなければオープン日を遅らせてしまうことさえあるというから、筋金入りだ。
■会社に対するストレスは何もない
上場企業がそんな仕事のやり方をして社会的な信用を得られるのかという疑問がなくはないが、それはひとまず脇に置いておいて、ワークマンは「しない経営」を実践する企業として知名度を高めており、社員のストレスになることはしないと公言している。当然のごとく「残業もさせない」というのだが、しかし、納得のいくまで仕事をしようと思ったら、時間がかかって残業になってしまうことだってあるはずだが……。
「それはちょっと意地悪な質問ですね」
取材に立ち会っていた広報部の鈴木悠耶さんに叱られてしまった。鈴木さんが言う。
「会社から命じられてやる残業は、ストレスになりますよね。でも、自分が100点を目指して納得がいくまでやろうとした結果、残業になってしまった場合は、むしろ達成感しか残らないと思うんです。ですから、あくまでも『残業しろ』とは言わないのであって、残業自体を禁止しているわけではありません」
うむ。まだ完全に納得はできない感じだが、正直なところ、稲富さんは仕事にストレスを感じることはないのだろうか。
「ストレスにもいろいろなストレスがあると思います。私の場合、自分が思うように仕事ができなくて(能力の不足を)悔しく感じることはあって、それはストレスだと言っていいのかもしれません。でも、会社に対するストレスというのは、何もないんです」
■数値目標なしに、どうやって上司は部下を率いるのか
ワークマンは、社員のストレスになることはしないと同時に、ムダなことも徹底的にしないと宣言している。社内行事もしない、飲み会もほとんどない。ショッピングセンターの店舗を任せている協力企業に、週次報告を提出させることすらしない。「スーパーバイザーが巡回して店長と話をすれば、そのお店の状況はわかりますからね」(吉田さん)。
そして諸々の「しない」の中で最大のものは、おそらく数値目標を設定しないことだろう。FC店に対しても売り上げノルマを課すことをしない。
厳密に言えば、一応は期ごと、部門ごとの数値目標は立てるが、それが未達になっても当該部署や担当者が譴責されることはないというのだ。
これは、社員のストレス低減という面だけでなく、ガバナンスという面から見ても重要な問題ではないだろうか。というのも、上司が部下に対してガバナンスを利かせようとする場合、突き詰めて言えば、「定量的(数値的)な目標が達成できなかったらお前の責任だぞ」という強迫をもってするのが一般的だからだ。学校の先生の権威が、生徒に成績をつけることによって支えられているのと同じ原理である。
組織の上に立つ人間が「数値目標」というツールを手放してしまったら、いったいどうやって部下を管理・監督するのだろうか。吉田さんが言う。
「まず、上司と部下が確固たる目標を共有していることが前提になりますよね。お互いがそれを認識できていれば、あとはその目標に向かってどんな方法でチャレンジするのかという、方法の問題になります。上司の仕事は、部下のチャレンジを支援し、結果の責任を負うことだと思います」
■“100年先”という超長期目標
分からなくはないのだが、ひとつ思うのは、目標の質についてである。上司と部下が心をひとつにして向かっていける目標とは、いったいいかなるものなのか。
もう1点は、上司と部下の関係の核には何があるのか、という問題だ。数字やノルマで部下を縛ることなしに部下を動かそうとする場合、いったい何が必要なのか。鈴木さんが言う。
「ワークマンは100年先を見据えている(100年の競争優位の確立を標榜している)会社なので、1年や2年数字が行かないからといって、だからなんだ? ということだと思います」
超長期の目標を言揚げすることによって、目先の目標をクリアせねばならないというストレスから社員を解放しつつ、数値目標のクリア自体ではなくクリアするための方法に目を向けさせる。その方が、仕事の質を高め、会社の体質を長期的に強化することに繋がる、と解釈すればいいだろうか。
■人当たりのいい集団がハイスペック人材を凌ぐ
では、上司と部下の関係はどうだろうか。吉田さんが言う。
「上司と部下の関係の核にあるのは、相手に対する尊敬だと思います。部下とはいえ、自分とは違う人間ですから、必ずどこかに自分より優れたものを持っているはずです。日常的によく会話をしていれば、必ずそうしたものが見つかるので、私自身、そうした部分を尊敬もするし頼りにもしています。
ワークマンはハイスペック人材のいない、凡庸な人間の集団です。だからこそ足りないところを互いに補い合いながら目標を達成していくわけで、その基礎になるのは、社員同士が競争する雰囲気がないことと、お互いを尊敬し合っていることだと思います」
いささかきれいごとに過ぎる気はするが、「部下を尊敬する」というパワハラと正反対の言葉は、決して凡庸な人間からは出てこない気がする。
しかし一方で、社員同士に競争する雰囲気がなく、数字を上げることにガツガツもしないとなると、いったいどういう人が出世するのかという疑問も湧いてくる。鈴木さんが言う。
「やはり人当たり、でしょうか。採用も昇進もそこが基準の1つになっています」
ワークマンでは「人当たりのいい人」を採用し、人当たりのいい人が出世する。これもあながちきれいごとではなく、人当たりのいい人の集団は、時にハイスペック人材を凌ぐ力を発揮するのかもしれない。10期連続最高益更新中という実績が、それを証明していると言ってもいいだろう。
■何を言っても否定されない安心感
「上司(吉田さん)には、何を言っても否定されないという安心感があるので、自分の頭で考える機会が増えていると思います」(稲富さん)
「私自身、これまで上司から自分の提案をないがしろにされた経験はありませんね。自分の提案がワークマンプラスや#ワークマン女子といった新しい業態に反映されていくことがむちゃくちゃ楽しくて、それが、仕事のやりがいの根幹になっています」(吉田さん)
まだ漠然とはしているが、ワークマンが時間的に社員を追い込まないことによって、社員をさまざまなストレスから解放していること、そして、社員同士が競い合うのではなく、尊重し合い補い合うことによって集団として高いパフォーマンスを発揮しているということも見えてきた。
しかし、なぜワークマンにそのようなことが可能なのか、そして、ワークマン方式は他の業種、業態でも可能なのかという疑問が残る。
後編では、2012年に三井物産からワークマンに移籍してワークマンの「しない経営」を一躍有名にした土屋哲雄専務に、この点を伺うことにしよう。
----------
山田 清機(やまだ・せいき)
ノンフィクションライター
1963年、富山県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、鉄鋼メーカー、出版社勤務を経て独立。著書に『東京タクシードライバー』 (朝日文庫)、『東京湾岸畸人伝』『寿町のひとびと』(ともに朝日新聞出版)などがある。
----------
(ノンフィクションライター 山田 清機)