「希望者全員に毎月20万円の給付金を配れ」京大教授が訴える最強のコロナ対策
※本稿は、田原総一朗・藤井聡『こうすれば絶対よくなる!日本経済』(アスコム)の一部を再編集したものです。
■財政破綻論は「完全にデマ」である
【田原】藤井さんが掲げる提言「プライマリーバランスの黒字化にこだわるのをやめよ」、という問題を中心に話したい。2012年暮れに首相に返り咲いた安倍晋三さんは13年春以降、黒田東彦(はるひこ)・日銀総裁と組んで「異次元の金融緩和」をやった。
政府がお札を刷り、日銀が市中の国債はじめ株式や債券をガンガン買い入れ、出回るおカネを増やし、インフレターゲット2%を設定して、内需を拡大させようとした。「機動的な財政政策」で公共事業もやった。「成長戦略」と合わせて、アベノミクス三本の矢で日本経済をよくすると。
ところが『日本銀行「失敗の本質」』という本を書いた朝日新聞の原真人編集委員によれば、その結果、日本の長期累積債務は1200兆円、GDP比で220%に膨れ上がった。このままいけば間違いなく財政破綻で「第二の敗戦」だ、早ければ2025年にもそうなるという。藤井さんの反論を聞きたい。
【藤井】その話は完全にデマです。いたずらに危機を煽(あお)って人を不安にさせて注目を集めようとしているに過ぎません。本を買って嘘を読まされた人は、賠償請求をしなければいけないくらいです。
なぜか? 簡単なところから申し上げますと、財政破綻論者は、かつて政府の累積債務がGDPと同じ水準に達すれば破綻するといった。800兆円になったらとか、1000兆円を突破したらとか、ずっと「破綻する。破綻する」といい続けてきた。にもかかわらず、日本政府はまったく破綻していない現実があります。
■緊縮財政が景気を悪化させた
【藤井】そして、理論的な視点から説明するとすれば、彼らはいろいろなところで間違っていますが、最大の間違いは、「破綻する。破綻する」と叫んで財政を緊縮させ、景気をますます悪化させ、その結果、税収が減って財政を悪化させてしまっているところです。つまり、原さんたちが心配で心配でしかたがないといっている財政悪化という状況を作っているのは、他ならぬ彼ら自身なのです。
彼らが騒がなければ国債をもっと出して政府支出を増やしたり消費税を減税・凍結したりでき、それを通して経済がよくなって、財政問題が自ずと解消するのですが、彼らが騒ぎ立てることで、そういう改善プロセスを邪魔してるんです。これが彼らの最大の間違いです。
【田原】2021年1月末の朝日新聞に、原編集委員は「金融緩和、出口見失った日銀 重なるベトナム戦争の泥沼」という記事を書いていた。黒田総裁は異次元緩和を2年間の短期決戦と説明したのに、8年近くたっても出口戦略がない。こうも泥沼化させたのは日本政府のひどい財政状況で、世界最悪水準の借金依存がさらに悪化。日銀がお札を刷り国債を買い支える「打ち出の小づち」が、どこまで持続可能か誰にもわからないと。
政府の借金が雪だるま式に増え続けてよいはずがない、といいたいわけね。これは世の中の“常識”といえば常識でしょう。
■「コロナ禍は有事である」という発想がない
【藤井】おっしゃるとおり。しかし、重要なのはその常識こそが間違いだという点。そもそも原さんは、ある意味で的確な意見を開陳している。それは“ミスター財務省”の主張です。
政府の借金は理屈抜きに悪い。でも、1000兆円超もの借金を一気に返すのは無理。だから、とにかくプライマリーバランス黒字化で単年度の借金をなくし、増税もして、借金を減らす方向に持っていかなければならない。こういうのがいま世間の常識になっていますが、これこそ完全に間違った考え方。その“常識”が間違っているんです。「コロナ禍は有事である」という発想がない!
【田原】日本の“常識”をもう一つ。2020年4月に安倍晋三首相が新型コロナで緊急事態宣言をした。僕は一対一で会って「緊急事態宣言は、なんで欧米に2カ月以上も遅れたんですか?」と聞いた。
マスコミがずっといってきたのは、日本の財政状況は先進国でも最悪で、このままいけば10年くらいで政府が財政破綻しかねない。ここで緊急事態宣言をすれば、100兆円200兆円というカネが必要になる。ほとんどの閣僚、与党公明党、野党は、「そんなことをすれば財政破綻を早めるだけだ」と反対した。
【藤井】安倍さんはちょっと違う考え方だったと思いますけれども、結果的にはそうで反対が通った。
■アメリカも欧州も、青天井で個人と企業を支えている
【田原】でも、財政事情が必ずしも日本よりよいとはいえそうにない国でも、ドカンとカネを出している。ようするに彼らは「これは有事だ。戦争と同じだ」と。「有事を放っておいたら国がつぶれてしまう。いまは財政の健全性なんて考えているときじゃない」と対応した。
日本は戦後、戦争をやらず、有事が起こらないことを大前提として生きてきた。有事の発想がないから、有事には平時のルールを破ってもよいのだという考えもない。ルールはルールで、いつだって守らなければならない、とこうなるわけね。
日本以外の国は、緊急事態に違反した場合の罰則規定がある。日本だけがありません。なんで罰則規定がないんだと安倍さんに聞いたら、「田原さん、罰則規定なんか作ったら政権がもちません」といった。つまり、国民のなかにも、やっぱり有事という発想がないんです。
【藤井】しかしながら、もし2020年4月の段階で、安倍さんが徹底的な政府補償を提供することができ、「緊急事態です。徹底的に自粛してください。そのかわり毎月20万円を配ります。毎月必ず払います」といったとしたら、国民はほとんど何の文句もいわずに自粛したでしょう。実際、ヨーロッパの国ぐにもアメリカも、それに近いことをしています。
■日本だけがやっている“真逆”の政策
【藤井】諸外国のコロナ不況対策をご覧ください。
EU各国は2020年3月末までに事実上「財政規律の凍結」を宣言しました。いわば、僕の「提言」をコロナ禍が始まった瞬間に実現させているんです。そもそもEUは、域内各国に財政赤字をGDPの3%以内に抑えるよう義務づけ、きりきり遵守を求めていたんですが、これを停止。財政規律を棚上げにして、企業や個人への支援や新型コロナ感染対策などを、青天井で実施できるようにしました。
先進国も開発途上国も、多くの国が消費税の減税を断行しています。しかも2020年4月や5月から始めています。日本では、各国はこうしているという報道すら見かけませんでした。いったいマスコミは何をやっているんだ、と思いましたね。
【田原】日本とは、まったく逆なんだ。
【藤井】逆です。日本では同じ時期、麻生太郎財務大臣がプライマリーバランス規律に関する国会答弁で、驚くべきことに「堅持する」と断言したんです。このときの目標は、2025年度のプライマリーバランス黒字化です。
これを堅持する以上、仮に緊急事態宣言の期間限定とはいえ、毎月20万円なんて到底、支払うことができない。10万円を1回出せばそれっきり。カネを払えなければ、経済は回復しない。
しかも政府がカネを払わないからコロナ病床も増えず、感染が少し拡大しただけで医療崩壊が叫ばれ、緊急事態宣言がすぐ出され、ますます経済は冷え込む。政府がプライマリーバランスを守り続ければ、何重もの意味で経済が冷え込むんです。
■財政規律を守っても景気は回復しなかった
【田原】各国の徹底的なコロナ不況対策の成果は?
【藤井】グラフと図表をご覧ください。フランスは一目瞭然のV字回復をしています。載せていませんが、アメリカも同じようなグラフです。
G7各国の2020年第2四半期と第3四半期のGDP実質成長率を比べ、どのくらい回復したか──新型コロナ第1波による2020年春の経済落ち込みが夏までにどうなったかを見ると、驚くべきことがわかります。なんと日本は7カ国中、経済的な落ち込みがもっとも小さかったにもかかわらず、もっとも回復できなかったのです。
【田原】消費税を下げるでもなく、給付金も少なかったからですね。おまけに布製マスクを全世帯に配るなんて、とんちんかんな施策を、大騒ぎでやっていた。
【藤井】財務省が愚かなのは、経済をダメにして財政基盤を破壊していることに、彼ら自身が気づいていないという点です。
【田原】どういうこと?
【藤井】出すカネを絞って緊縮をすればするほど、消費税を増税すればするほど経済がダメになって最終的に税収が減るんです。すると日本政府の財政赤字が増えていく。
彼らがプライマリーバランスの赤字を減らそうとすればするほど、逆にプライマリーバランスの赤字が増え、累積債務が膨らんでしまう。財務省はそんな、まことに愚かなことをやっているんです。最悪ですよ。
■財務省というこの国の宿痾
【田原】諸悪の根源は財務省? 財務省のプライマリーバランスへの執着?
【藤井】そうです。日本がG7でもっとも回復できなかったのは、プライマリーバランスが安倍内閣のくびきとなって、さまざまな政策を強力に制約した結果です。結局、財務省問題が、じつは日本という国の宿痾となってしまっています。
長期政権を築きたい安倍さんは、国内で財務省、国外でアメリカという二大スーパーパワーに、最終的には「逆らう」ことができなかった。そのことで、安倍政権下の日本はがんじがらめになっていた、というのが僕の世界認識です。
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田原 総一朗(たはら・そういちろう)
ジャーナリスト
1934年、滋賀県生まれ。早稲田大学文学部卒業後、岩波映画製作所へ入社。テレビ東京を経て、77年よりフリーのジャーナリストに。著書に『起業家のように考える。』ほか。
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藤井 聡(ふじい・さとし)
京都大学大学院工学研究科教授 元内閣官房参与
京都大学大学院工学研究科(都市社会工学)教授、京都大学レジリエンス実践ユニット長。1968年、奈良県生まれ。京都大学卒業、同大学院修了後、同大学助教授、東京工業大学教授等を経て現職。2012年より2018年まで安倍内閣・内閣官房参与にて防災減災ニューディール政策を担当。専門は経済財政政策・インフラ政策等の公共政策論。文部科学大臣表彰・若手科学者賞、日本学術振興会賞等受賞多数。著書に『MMTによる令和「新」経済論』(晶文社)、『令和日本・再生計画』(小学館新書)など多数。「正義のミカタ」(朝日放送)、「東京ホンマもん教室」(東京MXテレビ)等のレギュラー解説者。2018年より「表現者クライテリオン」編集長。
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(ジャーナリスト 田原 総一朗、京都大学大学院工学研究科教授 元内閣官房参与 藤井 聡)