ガラガラの車内で女性の隣に…

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 あなたが毛糸のセーターを着て電車に乗っていたとき、隣に座った男性がセーターの毛玉をつまみ始めたらどうしますか。多くの人は席を移動するか、あなたが女性であれば、「痴漢です!」と助けを求めるでしょう。障害者の悪気のない行動が誤解を招き、「犯罪者」にされかねないケースについて、私が見聞きしてきたことをお話しします。

「不審者」と間違われ、通報も

【ケース1:毛玉】

特別支援学校で、保護者と警察の交流会があったときのことです。ある母親が「息子は毛玉にこだわりがあり、隣に座っている女性のセーターに毛玉が付いていたら取ろうとすると思います。痴漢扱いされて、逮捕される可能性はあるのでしょうか」と質問しました。

警察官は「あくまでも『相手が嫌な思いをした』なら、障害児であっても逮捕される可能性はあります。犯意(その行為が犯罪となることを知りながら、行おうとする意思)があったかどうかが焦点となりますが『障害があるから、絶対に逮捕されない』ということはありません」と答えました。

【ケース2:バス】

普段、特別支援学校高等部のスクールバスに乗るとき、「奥から順番に座りましょう」「座席は詰めて座りましょう」と教えられていた男子生徒が公共のバスに乗ったときのこと。車内はすいていて、乗客はわずか3人でした。

しかし、彼は学校で教えられてきたルールを厳守して、女性の横にピタッと座ったのです。空席がたくさんあるのに見知らぬ男性が隣に座ってきたので、女性は恐怖を感じたのか、逃げ出したそうです。

【ケース3:気になるロゴ】

自閉症児である息子は幼い頃、『コーチ(COACH)』のバッグのロゴに執着していました。私がコーチのバッグを持っていたわけではありません。どこかで見て、興味を持ったようです。

ある日、電車内でコーチのバッグを持っている女性を見たとき、息子はロゴをペタッと触りに行きました。当時は幼かったので、特に問題になりませんでした。幸い、現在はそのこだわりは消えましたが、もし、成人した今もこれが続いていたら、すりと間違われて通報されるでしょう。

【ケース4:ボール】

知り合いに25歳の自閉症の青年がいます。その彼の話です。公園に行ったときのこと。彼の足元にボールが転がってきたので、拾って、幼い子に渡しました。「人に会ったらあいさつしましょう」としつけられていたこと、そして、「遊びたい」という気持ちもあったのか、ボールを渡した後、笑いながら幼児に「一緒に遊ぼうよ」と声を掛けました。幼児の母親は「不審者だ」と思い、警察に通報しました。

本人に悪意がなくても、見知らぬ子どもにむやみに声を掛ける行為は誤解を招く可能性があります。このような行動をする人を見かけたら、「不審者だ」と思い、通報するのが今では自然な流れだと思います。

 私は息子に「悪いことをしたら、お巡りさんに捕まるよ」などと話して、しつけたことはないのですが、身近なところでこうしたことが起こっているのを息子は知っています。警察を「市民を守ってくれる存在」とは思っておらず、「僕を逮捕しにくる怖い存在」と思っているようです。街中でパトカーを見ると身をこわばらせます。

福祉とつながっておく

 保護者会では警察から、「李下(りか)に冠を正さず」との言葉がありました。「疑われるようなことはあえてするな」という意味です。警察官も痴漢と間違われないように、電車に乗るときは手を上にしたり、自分の胸の辺りで組んだりしているそうです。

「毛玉を取りたい」というこだわりがある人や、教えられてきたルールの応用ができない人がもし、これらのことで注意されたら、混乱して警察を怖がることにつながってしまうかもしれません。

「こういう場合はこう」と臨機応変に対応できない障害児や、見た目は健常者に見える障害児にとってはなかなかハードルが高いですが、「毛玉を取るのは自分とお母さんのセーターだけにしようね」「スクールバス以外では知らない人と離れて座ろう」「同じマンションに住む人にはマンション内であいさつしても、外で知らない人にはあいさつしないようにしよう」などと根気強く教えていかなくてはならないと思いました。

 また、発達障害を持つ人が逮捕されたとき、誘導尋問にかかりやすいと聞いたことがあります。例えば、逮捕された場合に次のようなやりとりがあったとします。

刑事「君がやったんだね?」
本人「君がやったんだね」

 もし、このように完璧な「おうむ返し」をすれば、知識がある刑事なら、「あれ、おかしな日本語だな。もしかして、この人は自閉症かな」と分かるかもしれません。また、大人になってもこの状態であれば、恐らく、療育手帳を幼児期から持っているでしょうから、障害者であることが証明されます。

 しかし、知的障害の度合いが軽過ぎて療育手帳を持っておらず、刑事が発した言葉の後半部分、さらに「ね」を省略して「やったんだ」と返したり、刑事から、「君がやったんだね」と詰め寄られて、条件反射で「やりました」と反応したりしたら…もしかすると、誤認逮捕されるかもしれません。

 日本の福祉は自己申告制です。親がわが子の障害に気付いて、積極的に動くことで療育手帳を取得できます。療育手帳が取れなくても、障害福祉サービス受給者証や精神障害者保健福祉手帳を取って、福祉とつながり、発達の凸凹があることを第三者に知らせておくことは可能です。それがわが子を冤罪(えんざい)から守ることにつながるのです。