JR東日本は2021年春に終電時刻の繰り上げをすると発表した。これについて交通技術ライターの川辺謙一氏は「終電繰り上げは、東京の活力低下の要因になる。海外の大都市の多くは公共交通が24時間動いている。東京も24時間移動しやすくするべきだ」と指摘する--。
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帰途に就く通勤客ら=2020年10月21日午後、東京都港区 - 写真=時事通信フォト

■終電繰り上げは東京衰退の要因になりうる

東京の夜が早くなりそうだ。10月21日、JR東日本が来春に最大37分の終電繰り上げを実施すると発表。これに続くように、11月4日には小田急、11月9日には西武、11月10日には東急がそれぞれ終電繰り上げを発表。11月13日時点では、京急も終電繰り上げを検討していることが報道されている。東京は鉄道に大きく依存する都市なので、予定通り鉄道の営業時間が短縮されれば、人々の活動時間が変わり、夜が早くなる。

いっぽう国や東京都は、東京の夜を遅くしようとしていた。鉄道をはじめとする公共交通の営業時間を拡大して、深夜の経済活動(ナイトタイムエコノミー)を活性化するだけでなく、他国との時差に関係なくビジネスをしやすい環境を整えることで、東京の国際競争力を高めようとしていたのだ。

つまり鉄道会社が、国や東京都の意図に反して、東京の夜を早めようとしているのだ。この動きに反対する声は少ないので、このまま来春終電繰り上げが実現する可能性は高い。

鉄道会社の都合で終電を繰り上げ、東京の夜を早めて本当にいいのだろうか。筆者は、それは鉄道を支える現場の働き方改革につながる一方で、今後東京が衰退する要因になりうると考える。

なぜそう考えるのか。今回は、海外の都市における公共交通24時間化の事例や、東京の将来像にふれながら、その理由を説明しよう。

■世界の大都市が24時間運行をする理由

まず海外の都市における公共交通の24時間化についてふれておこう。公共交通の24時間化は、日本では元旦などを除いて実現していないが、海外には実現している都市がある。たとえばニューヨークでは地下鉄とバスが通年で、ロンドンでは地下鉄が週末限定、バスが通年で終夜運行している。また、パリやベルリン、シンガポール、香港、ソウルなどでは、バスの終夜運行を実施している。

こうした終夜運行は、もともと労働者の輸送を目的として開始された。ニューヨークでは港湾地区で長時間働く労働者を運ぶため、1904年に地下鉄が開業したときから終夜運行を開始。ロンドンでは郵便局などで働く労働者を運ぶため、1913年からバスの終夜運行を開始した。

現在は、公共交通が24時間動いていることがナイトタイムエコノミーを活性化させ、都市の価値を高める要因になっている。たとえば他国との時差に関係なく昼夜問わず活動できることは、グローバルなビジネスをする上で有利だ。また、ニューヨークでミュージカルをはじめとするエンターテインメント産業が発達した背景には、24時間いつでも移動できる環境が少なからず関係している。

現在、ニューヨークやロンドンをはじめとする世界の複数の都市で公共交通が24時間化されているのは、そのメリットに気づいているからであろう。そうでなければ、わざわざコストと労働力を注ぎ込んで深夜に地下鉄やバスを動かす必要はない。

■東京は「衰退」の可能性がある

となれば、東京でも公共交通の24時間化が検討されるのは当然であろう。東京は、日本最大の都市であるだけでなく、アジアを代表する国際都市であり、もともと夜に活動する人が多いからだ。

東京は今後衰退する可能性がある。東京都では、これまで増え続けた総人口は2025年(23区では2030年)から減少に転じ、2040年代には3人に1人が65歳以上の高齢者になると予測されている。また、国際都市としての地位を維持する上では、シンガポールや香港などの海外の都市とのきびしい競争にさらされており、今後追い抜かれる可能性がある。これでは東京の立ち位置の現状維持は難しい。

このような衰退を回避するには、東京の国際競争力や、都市としての価値を今よりも上げる必要がある。他国で実現している24時間活動できる環境を整え、アジアを代表するビジネスセンターとして機能させることができれば、人口が減っても東京は輝き続けることができる。

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※写真はイメージです - 写真=iStock.com/MarsYu

■羽田空港が24時間化しても、バスの終夜運行は実現しなかった

ところが東京では、そのための第一歩である公共交通の24時間化が実現していない。厳密に言うと、2013年12月から社会実験として、東京都が六本木・渋谷間で都営バスの終夜運行を実施したものの、利用者数の低迷を理由に1年足らずで中止に至った。

また東京の鉄道では、今年期間限定で終電繰り下げを実施する予定があった。これは、東京2020大会の観戦者を輸送することを目的としたもので、コロナ禍による大会の延期によって本年中の実施が見送られた。

なお、大阪の地下鉄では今年2時間程度の終電繰り下げが実現したものの、1日限定で終わってしまった。1月24日に国土交通省が主導して、大阪メトロ御堂筋線で終電繰り下げを実施したものの、利用者数が少なかったため、2月21日に実施予定だった終電繰り下げは見送られた。

このように日本では、国や東京都が公共交通の終夜運行や終電繰り下げを試み、結果的に定着しなかったという過去がある。

いっぽうバスに限ると、深夜・早朝に東京都心から羽田空港や成田空港にアクセスするバスの運行本数が、近年少しずつ増えていた。ところが羽田空港の24時間化や発着枠の拡大が実現しても、そこにアクセスするバスの終夜運行は実現しなかった。

■日本は「24時間化」への説明が不足している

なぜ公共交通の24時間化が定着しなかったのか。筆者は、説明不足が原因であると考える。筆者が調べた限り、その必要性を一般にわかりやすく説明した公式資料がなかったからだ。

必要性を伝えるヒントは、海外にある。たとえばロンドン交通公団(TfL)は、2016年8月から週末限定で「ナイトチューブ」と呼ばれる地下鉄の終夜運行を実施しており、その約2年前の2014年9月に、その必要性を説くリポート(全47ページ)を公表した。このリポートには、計画の実施概要が記されているだけでなく、「ナイトバス(終夜バス)の利用者数が2000年とくらべて170%に増えた」「1965人の雇用が創出される」「30年間以上で36億ポンドの経済効果が見込まれる」などと必要性や導入効果がきわめて具体的に記されている。

残念ながら日本では、終夜運行や終電繰り下げに関して、これほど具体的な内容を記した公式資料はない。批判を回避するために物事を曖昧にしたまま進めるのは、いかにも日本の「お役所的」なやり方だが、それでは実施する目的が伝わりにくい。

■「終電繰り上げ」は理由がわかりやすい

もちろん、ロンドンのやり方が東京でもそのまま通用するわけではない。両都市では文化が異なるので、ロンドンのように導入効果を具体的に示す説明は、東京にはなじまない可能性がある。

もし導入効果を具体的に示さないとなると、国際競争力やナイトタイムエコノミーといった、一般にはわかりにくい抽象的な概念を説明しなければならない。それは一般の人々や交通事業者の理解と協力を得る上で大きなネックになる。

写真=iStock.com/Boarding1Now
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Boarding1Now

その点、JR東日本が終電繰り上げに踏み切った理由はわかりやすい。深夜の営業時間外に行う線路のメンテナンスの現場では、もともと深刻な人手不足に陥っていた。そこへコロナ禍がやってきて、深夜の鉄道利用者数が大幅に減少した。これを機に鉄道の営業時間を短縮することができれば、メンテナンスにかける時間が増え、少ない労働力で必要な作業を終わらせることができる。だから終電繰り上げに踏み切った。鉄道にくわしくない人でも理解しやすいシンプルな論理だ。

わかりやすいことは常に正しいとは限らない。ただ、メディアがこのわかりやすさに同調するような報道を繰り返したこともあり、終電繰り上げに賛同する声が多く聞かれるようになった。そもそも都市全体の将来よりも、鉄道における働き方改革のほうが、多くの人がイメージしやすくて理解しやすい。

■国や東京都が「24時間移動」の必要性を説明すべきだ

東京は、世界でも類を見ないほど鉄道が特異的に発達した都市であり、鉄道に大きく依存した都市なので、鉄道が動くリズムが変われば、社会の動きも変わる。このため、JR東日本をはじめとする鉄道会社の意図通りに来春終電繰り上げが実現すれば、東京の夜は確実に早くなる。それは、鉄道を支える現場の労働環境の改善につながる一方で、人々が活動する時間が短くなり、深夜に働くエッセンシャルワーカーの移動が制限されてしまう。そのことは、都市全体で見ればマイナスで、活力が低下する要因になりうる。

この動きを回避するには、国や東京都がしっかりと説明する必要がある。「なぜ東京を24時間移動しやすい都市にする必要があるのか」という理由を明確に述べ、一般や交通事業者にわかりやすく説明し、理解や協力を得る。それができなければ、東京が国際競争力において海外の都市の後塵を拝したまま衰退するという、誰も望んでいない結末が待っている。

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川辺 謙一(かわべ・けんいち)
交通技術ライター
1970年生まれ。東北大学大学院工学研究科修了後、メーカーに勤務して独立。鉄道・道路・都市をテーマにして活動中。近著に『東京 上がる街・下がる街』『日本の鉄道は世界で戦えるか』など。
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(交通技術ライター 川辺 謙一)