命をも奪う世界一過酷なヨットレース「ヴァンデ・グローブ」 自然の脅威、鯨との激突…アジアから唯一参戦する日本人選手・白石康次郎が語る
11月8日よりスタートする、4年に一度、単独・無寄港・無補給の世界一周ヨットレース「ヴァンデ・グローブ(Vendée Globe)」。
たったひとりヨットに乗り、どの港にも寄らず、食糧・燃料の補給もせずに世界一周――。
前回大会(2016年)はレース途中でマストが折れ無念のリタイアをしたが、今回新チーム「DMG MORIセーリングチーム」で自身2度目の挑戦、アジアから唯一の参戦となる日本人選手・白石康次郎をはじめ、33人のセーラーが“世界で最も過酷なヨットレース”に臨む。
◆ときに命をも奪う…信じられないような難所が点在
「ヴァンデ・グローブ」が創設されたのは1989年。2020〜21年の今大会で9回目を迎える。
そのコースは、フランスの“レ・サーブル・ドロンヌ”をスタート地点に大西洋を南下。南極海を東まわりで一周し、2カ月半から3カ月、およそ80日間をかけてゴール(=スタート地点)を目指す。
これまでの計8回大会で延べ167人が出場し、完走者は89人。完走率は半分程度だ。
そしてヴァンデ・グローブには、常人には信じられないような難所がいくつも点在。大自然の脅威は、ときに命をも奪ってきた。
そのひとつが、赤道直下の無風地帯「ドルドラム」。大西洋の赤道直下は北半球と南半球の貿易風がぶつかり合うため、ヨットを動かす原動力の風がなくなってしまう“魔の海域”だ。
そよ風さえ吹かないこともあるといい、白石も「進まないんですよ。そのなかでいかに風のあるところを見付けて一歩抜け出すかが課題。走りながら、赤道のどこを通過しようかをずっと考えながらやる」とその難しさを語っている。
◆「鯨の背中に乗った」白石康次郎が振り返る危機
無風地帯があるかと思えば、海が“吠える”ポイントもある。「吠える40度」とよばれる、アフリカ大陸最南端の喜望峰付近から現れる南緯40度から50度の海域だ。
ここは風を遮る陸地が周囲になく、強風と大波が暴れ、特にインド洋南部で猛威を振るう。船の破損が多発し、セーラーの体力をむしばむ地帯だ。
白石は、「ケープタウンから波が巨大になります。6〜7mの巨大な波の中で、どうやって走るかですね。あんまりスピードを出すと前の波に突っ込んで船を壊してしまう」と話す。
そして、最も遭難事故が多いというのが南極海。南極海で生まれた氷山や流氷は、セーラーたちの大敵だ。
白石によれば、“鯨の激突”にも深く注意しなくてはならないという。
「鯨はエラ呼吸してないので、必ず息をしに上がってこなきゃいけない。ヨットは基本的にエンジンを回してないから、音がしないんですね。だから鯨も、当てにくるんじゃなくて、自分が息をしに上がってきたら突然(ヨットに)ドーンと当てられる。
僕は(鯨に)3回当たってるかな。(当たるにも)いろんなパターンがあって、僕はヨットごと鯨の背中に乗りました。ちょうど真ん中に乗ったから外れなくて、ずっと押されて最後セールを下ろしてスピードを緩めようかなと思って、鯨が暴れて離れるときに舵折られちゃいました。尻尾でバキンって」
◆過去8回フランス人選手が制覇。歴史は塗り替えられるか
聞いていると頭に思い浮かぶのは、いつか大作映画のCGシーンで見たような壮絶な光景だ。
難所に終わりはない。
ニュージーランドの南、南緯50度から60度にかけた海域は、「吠える40度」よりさらに強烈な嵐に見舞われる「狂う50度」とよばれ、風速30m以上の暴風と7〜8mの波が“狂う”。切り抜けるにはミスが許されない。
さらに、南米最南端のホーン岬周辺には、大航海時代に多くの船乗りが命を落とした「帆船乗りの墓場」とよばれるエリアが待ち構える。
鯨だけでなく、漂流物との激突にも注意が必要だ。貨物船から落下したコンテナ、自然災害で流された車や建造物……海には思いもよらない漂流物が無数にあるが、そんなものに激突したらひとたまりもない。
あるセーラーは、こう話す。「船がバラバラになったり漂流物にぶつかったら……なんでこんなことをしているのか時々わからなくなるよ」――。
それだけ過酷なレースとあって、また過去8回大会すべてをフランス人選手が制していることもあり、スタート(ゴール)地点であるフランスでは、ヴァンデ・グローブはまさに“国民的イベント”として大人気だ。2016年のスタート時は35万人もの観客が見守り、毎日その日の順位を速報する小学校もあるという。
今大会もフランス人選手が優勝するのか。はたまた、歴史は塗り替えられるのか。
20代から60代まで、男性選手も女性選手も、そして生まれつき左手首から先がないという隻腕セーラーも。33人の選手がハンディなしで挑むヴァンデ・グローブ。白石康次郎のアジア人初の完走なるかを含め、この世界一過酷なヨットレースに注目したい。