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「中野信治が占うF1・2020年シーズン後半戦」後編 

メルセデスとハミルトンがチャンピオンシップを独走する中、中団グループで史上稀に見る熾烈(しれつ)なバトルが繰り広げられている。"ベスト・オブ・レスト"になるのはどのチームか? また、シーズンの折り返しを過ぎ、2021年のランナップに関する噂も飛び交っているが、F1直下のFIA F2選手権で活躍するミハエル・シューマッハの息子ミックや日本人ドライバーの角田裕毅らのステップアップはあるのか? 元F1ドライバーの中野信治氏に、後半戦、そして今後のF1の見どころを聞いた。 


中団グループが接戦を繰り広げている今季F1

 今シーズンのF1は、メルセデスを除いた中団グループの戦いが本当におもしろい。いわゆる"ベスト・オブ・レスト"という集団があって、それが毎戦のように入れ替わります。マクラーレンが速いと思ったら、次のレースはルノーやレーシングポイント、今度はアルファタウリと......。これがトップ争いだったら、今のF1はどれだけおもしろいんだ、というぐらいおもしろいです(笑)。

 予選から決勝までタイムが接近して、一時も目が離せません。その中団グループで注目選手をあげるとすれば、まずはレーシングポイントのランス・ストロール(21歳)ですね。彼はイタリアGPで初めて表彰台に上がりましたが、最近、着実によくなってきました。

 彼の持ち味は、「おぼっちゃま」の思いっきりのよさ。父親が所属チームのオーナーということもあるので、失うものがありません。あれは負けても何も失わない強さですよね(笑)。ノープレッシャーでのびのびと戦っています。まだ安定性に欠ける部分がありますが、とにかく勢いがあっておもしろい存在です。

 マクラーレンのランド・ノリス(20歳)はすごく速いし、高いセンスを感じます。彼は本当に今どきの若者という感じで、F1を楽しみすぎというぐらいにすごく楽しんでいます。そこは非常に好感を持っていますが、もともとのセンスだけでは生き残っていけないのがF1です。

 やっぱり常に進化していかないと、そこそこのドライバーというレベルで終わってしまう可能性があります。彼にはハミルトンのような勝利に対する貪欲さを学んで、ブレークすることを期待しています。 


「中団グループの争いは本当におもしろい」と話す中野信治氏(photo by Sportiva)

 中団グループで苦しんでいるフェラーリのセバスチャン・ベッテル(33歳)も気になっています。最近、よくベッテルが遅くなったとか、衰えたという人がいますが、僕はそんなふうには全く思っていません。ベッテルが能力を引き出す環境が今のフェラーリにはなくなってしまっただけだと考えています。

 ベッテルは今シーズンが始まる前にチーム代表から電話で「契約を延長する意思はないと告げられた」と話しています。その時点で、ベッテルはチームから「あなたにはもう期待していません。シャルル・ルクレールに力を注ぎますよ」と言われたようなものです。

 そんなふうに言われて、ドライバーがこれまでどおりのモチベーションを保てるのか? 僕は100%無理だと思います。チームのスタッフにしても、ベッテルに対して力は入らないと思います。たとえ表面的には昨年と同じように仕事をしていたとしても、空気が変わっているはずです。わずかでもそういう流れがチーム内にできてしまうと、もうドライバーは何もできないんです。

 ベッテルの胸中には「この野郎。見返してやる」という気持ちがあるかもしれませんが、F1はチームスポーツです。ドライバーがいくら必死に頑張ろうと思っても、周りが動いてくれないと戦えない世界なんですね。

 しかも今年のフェラーリは車体が原因なのか、パワーユニット(PU)が原因なのか、僕にはわかりませんが、パッケージとして完全に"外して"しまっているように見えます。今のフェラーリの苦境を象徴していたのが第8戦の地元イタリアGPでした。

 フェラーリのPUは明らかにパワー不足でストレートが遅いので、ダウンフォースをギリギリまで減らしていました。そうすると当然、コーナーが厳しくなり、負担はドライバーにかかっていきます。マシンがコーナーで不安定だと、ドライバーは多少無理してでもアクセルを踏んでいかざるを得ません。その結果、ルクレールは高速コーナーのパラボリカでコースを外れて大クラッシュ。僕は、ドライバーがかわいそうだと思いましたね。

 それでもルクレールはエースの座を任され、すごく高いモチベーションの中で戦っているので、わずかなスキをついて今シーズン2度(開幕戦オーストリアGPと第4戦イギリスGP)も表彰台に上がっています。

 だけどモチベーションが下がっているドライバーが乗ると、パフォーマンスはダダ下がりになってしまう。本来はベッテルとルクレールの差がコンマ1秒しかないはずなのに、1秒近くも開いてしまう。それだけF1はシビアな世界ですし、メンタルが重要なんです。

 もともとベッテルは性格的に逆境に対してはもろいタイプだと思います。すべてがうまく回っている時の速さは、すばらしいものがありました。でも自分の思いどおりにいかなくなった瞬間に崩れ落ちてしまうことがあります。

 そんな彼の性格が今、本来の力を発揮できない状況を招いてしまった一因になっているように見えます。だからといって、ベッテルが遅くなったということでは決してないんです。僕はまだ十分にやれると思っています。

 ベッテルは来年からアストンマーティンとして参戦するレーシングポイントへ移籍することが決まりました。気持ちを新たにして、まだF1で十分に戦えることを証明してほしいし、再びルクレールと同じレベルで戦う姿を見たいです。

 来年のラインナップについてもいろいろな動きがあり、FIA F2選手権から何人かのドライバーがステップアップするかもしれないというニュースが出ています。F1直下のF2選手権では今、ホンダの育成ドライバーの角田裕毅(つのだ・ゆうき/20歳)がフェラーリやルノーの育成ドライバーたちと激しいチャンピオン争いを演じています。

 現在のF2を見ていると、かつてのルクレールのような飛び抜けた存在はいません。それでもフェラーリ・ドライバー・アカデミー(FDA)のカラム・アイロット、ロバート・シュバルツマン、ミハエル・シューマッハの息子のミック、そしてレッドブル・ジュニア・チームに所属する角田らのランキング上位につける選手たちは、すでにF1でもそれなりに活躍できるレベルにあると思います。

 レッドブルとホンダの育成プログラムからサポートを受けている角田は、今年F2でランキング4位以内に入れば、F1をドライブするためのスーパーライセンスを取得できます。角田はすでにF2で2勝していますが、このままでいけば、F1昇格のチャンスは十分あると思います。

 彼はレーサーとしての速さがありますし、海外の文化や生活にもなじんでいます。メンタルも強いですし、いい意味でのふてぶてしさがあります。彼はむしろ海外向きの人間だと思います。

 ただ彼がF1で勝ち、長く活躍するドライバーになるためには、ホンダだけでなく、日本のさまざまな企業の支援が絶対に必要になってきます。

 (佐藤)琢磨が今でも海外で活動できるのは、人間的な魅力があり、周りを惹きつけ、動かす力があるからです。だから43歳になった今でも現役を続けられ、結果的にインディ500で2度も制覇できました。そういうところを角田には今から身に着けてほしいと思っています。

【プロフィール】 
中野信治(なかの・しんじ) 
1971年生まれ。F1、アメリカのCARTおよびインディカー、ルマン24時間レースなどの国際舞台で長く活躍。現在は日本最高峰のスーパーフォーミュラとスーパーGTに参戦する「TEAM MUGEN(チーム・ムゲン)」の監督を務めながら、SRS(鈴鹿サーキットレーシングスクール)の副校長として若手ドライバーの育成を行なっている。世界各国での豊富なレース経験を生かし、DAZN(ダゾーン)のF1解説も担当。