Appleは6月22日の月曜日に、WWDC(世界開発者会議)を開催した。そこで発表されたiOS14において、広告識別子のIDFA(Identifier For Advertising)を利用するのに、アプリごとにユーザーから許可を得ることが必須となった。

今年、アドテク業界は事の成り行きをオンラインで見守っていた。業界には、Appleが広告識別子のIDFAを廃止するのではないかという憶測が飛び交っていたからだ。IDFAは、広告主がiOS端末のアプリ内でユーザーのターゲティングとトラッキングを実行するための唯一の手段となっている。

IDFAが使えなくなれば、特にそれが完全な廃止となると、推定2000億ドル(約21兆円)超のモバイル広告市場に多大な影響を与えることになる。モバイルOSの世界市場に占めるAppleのシェアは26.7%だが、同社のユーザー基盤には富裕層が多く、そこにリーチしたい広告主は割高な広告費を支払う傾向がある。IDFAに関する今後の動向について、おさえておきたい要点を以下に掲げる。

──IDFAとは何か?

IDFAはAppleがユーザーのデバイスにランダムに割り当てる固有のIDで、広告主やデータ企業はこのIDを活用してユーザーと広告のインタラクションを計測する。ただし、データは集計値で、個人を特定することはできない。

これまで、IDFAは既定値では「オン」になっているが、デバイス上で「追跡型広告を制限」の設定を有効化すれば、IDFAを「オフ」にすることができ、このような広告の配信からオプトアウトできる。マーケティングインテリジェンスプラットフォームのシンギュラー(Singular)によると、米国で「追跡型広告を制限」の設定を有効化しているユーザーは、30%をわずかに上回る程度という。

この秋にリリースされるiOS14では、このIDFAについて、アプリごとに利用の許可をユーザーに求める必要が出てきた。アプリデベロッパーは、自発的にダイアログを表示して、ユーザーにその利用の可否を問わなくてはならなくなる。

──なぜAppleはIDFAを制限したいのか?

Appleはユーザーのプライバシーを自分たちのブランドの中心に置いている。最高経営責任者(CEO)のティム・クック氏は、データプライバシーに関連して不祥事を起こしたFacebookのマーク・ザッカーバーグ氏をはじめ、プライバシー問題に関連してライバルたちを片端から非難してきた。

Appleは2017年に、トラッキング防止機能のITP(Intelligent Tracking Prevention)を同社のウェブブラウザであるSafariに導入し、ユーザーを追跡するためのサードパーティCookieを既定値でブロックするようにした。以来、同社は、アドテク企業やデータ企業による回避策を阻止するため、ITPの更新を重ねている。

モバイル端末に振られるIDが、Cookieよりもはるかに持続的であることを考えれば、IDFAはいささか異端ではある。しかも、データブローカーたちが自社のSDK(ソフトウェア開発キット)をアプリ内に組み込めば、建前上は匿名のこのIDを、ロケーション情報のみならず、名前や電子メールアドレスなど、ほかのシグナルと連携させて、ユーザーのプロフィールを作成することも可能だ。それは、ニューヨーク・タイムズ(The New York Times)が昨年の調査報道で詳しく報じた通りである。データベンダーは、ロケーションなどの情報を収集する前に、ユーザーの同意を求めているという。だがそれは、どのような企業が何の目的でそのデータを使用しているのかについて、ユーザー本人が十分に理解していることを必ずしも意味しない。

「SafariのITPの目的がほんとうにプライバシーの保護だというなら、IDFAは3年前になくなっているはずだ」。デジタル広告会社のID5でCEOを務めるマチュー・ロシュ氏はそう語る。

──なぜ、いまなのか?

実は、昨年のWWDCの前にも、IDFAが廃止されるのではないかという憶測はあったのだが、この噂が現実になることはついになかった。その代わりに、AppleはApp Storeの開発者向けガイドラインを改訂し、子ども向けアプリにおけるサードパーティの広告配信および分析を禁じた(この改訂以前、子ども向けのアプリで禁止されていたのは行動ターゲティング広告に限られていた)。

その後、業界ではふたつの重要な出来事があった。ひとつは「カリフォルニア州消費者プライバシー法(California Consumer Privacy Act:CCPA)」が1月に施行されたこと。もうひとつは、同じく1月に、GoogleがChromeでのサードパーティCookieのサポートを2年以内に打ち切る計画を発表したことだ。さあ、次は君の番だ、Appleよ。

──Appleが強硬手段に訴えて、明日にもIDFAを廃止したらどうなるか?

十中八九、大混乱だ。

iOSアプリの開発者の多くは広告収益モデルに依存しており、IDFAの廃止は彼らのマネタイゼーションを甚だしく混乱させ、新規ユーザーのダウンロードを促進するためのマーケティング戦略にも困難を来すだろう。Appleが適切な代替策を講じないのであれば、ログインなど、何か別の方法でユーザーにデータ共有を勧奨する必要があるかもしれない。

「もともとアプリのエコシステムは、大手ブランドから見ると、投資という観点でかなり過小評価されている」。そう指摘するのは、プログラマティックエージェンシーのインフェクシャスメディア(Infectious Media)でマネジングパートナーを務めるダン・ラーデン氏だ。IDベースのターゲティングと効果測定ができなくなれば、アプリの領域は「ウォールドガーデンの外側では、これまで以上に扱いが難しくなる」と同氏は言う。

モバイルアトリビューションとアプリ広告のターゲティングは、アドテク業界において、いまだに数百万ドル規模の投資やM&Aを引きつける、数少ない領域のひとつなのだが、この領域のプレイヤーたちにも、甚大な影響がおよぶ。基本的に、IDFAは彼らの製品の屋台骨なのだ。

自社のモバイルアプリのエコシステムを繁栄させるという点では、Apple自身もステークホルダーには違いない。Appleによれば、同社のApp Storeを通じて、2019年には「5000億ドル(約54兆円)規模の経済活動を促進」したという。Appleはその15%で手数料を徴収している。IDを排除して、広告に対するコントロールを強めれば、Appleは「ウォールドガーデン」的なプレイヤーとして位置づけられるかもしれない。ただし、精密なターゲティングやトラッキングよりも、コンテクストやサーチを重視することにはなるだろう。リターゲティングに依存しないだけで、Amazonのようなものだ。

反面、この動きにはリスクもともなう。今月、欧州連合は、App Storeにおける反競争的と疑われる行為と決済事業に関するふたつの調査を開始した。

──IDFVのような代替策は?

IDFVの「V」は「vendor(ベンダー)」を表す。アプリ開発者は、たとえばゲーム会社のジンガ(Zynga)のように、このアプリベンダー用の端末識別IDを、自社のアプリ全体で活用することができる。ちょうど、ウェブにおけるファーストパーティCookieのような使い方だ。この手法は、複数のアプリをまたいでユーザーの行動を相互に関連づける際、中間業者の関与を潜在的に排除する。

──SKAdNetworkとは何か?

2018年、Appleは、「ユーザーのプライバシーを尊重しながら、広告キャンペーンの成果を計測する」手法として、アドネットワークAPIのためのドキュメンテーションを公開した。コンバージョンの発生はアドネットワークに通知するが、ユーザー固有または端末固有のデータは送らないというのが基本的な考え方だ。

この手法は、やや単純化しすぎではあるものの、一部の広告主にとっては合理的と思われる一方、モバイルアトリビューションのプロバイダーにとっては大打撃となりうる。Appleがすべての情報を自社独自の環境に囲い込むことになるからだ。とはいえ、SKAdNetworkに関しては、この2年ほど、顕著な動きはない。

──IDFAをリセットすればよいのでは?

昨年4月、Firefoxブラウザを提供するMozillaは、Appleに要請文を出して、ユーザーのIDFAを毎月リセットするように求めた。要請文の内容は、「ユーザーに関連のある適切な広告が配信されることにかわりはないが、ユーザーのプロフィールを経年的に構築することは実質的に難しくなる」というものだ。Appleはこの要請文に返答していない。

──AppleがIDFAをいずれ廃止することはあるだろうか?

もしAppleがほんとうにIDFAに大幅な変更を行うと決めたなら、「一定の猶予期間を設けるだろう」と専門家は見ている。

「ただちにボタンを押すようなことはしないだろう。そんなことをすれば、壊滅的だ。アプリ開発者がSDKを変更して、別のメソッドを使用できるようにするには長い時間がかかる。半年から1年はかかるだろう」。データテクノロジー企業のインフォサム(Infosum)でCEOを務めるニコラス・ハルステッド氏はそう語る。

だが、と同氏は続ける。「GoogleのChromeで分かった通り、2年という期間が与えられても、エコシステムの大部分にとっては恐怖を禁じえない事態だろう」。

LARA O'REILLY(原文 / 訳:英じゅんこ)