「抗生物質はなぜウイルスに効かないのか?」を専門家が分かりやすく解説
抗生物質の代表ともいえるペニシリンは、1942年に医薬品として実用化されて以来無数の人々の命を細菌感染症から救ってきたことから、「20世紀における偉大な発見」の1つに数えられています。しかし、そんな抗生物質もウイルスの前には無力です。微生物学の専門家が「なぜウイルスには抗生物質が効かないのか?」を分かりやすく解説しています。
Why are there so many drugs to kill bacteria, but so few to tackle viruses?
「新型コロナウイルスが大流行してからというもの、多くの研究者や製薬会社が抗ウイルス薬の開発に向けて努力を続けています。抗ウイルス薬を発見するのがこれほど難しいのは、一体なぜでしょうか?その答えは生物学の中にあります」と指摘するのは、西オーストラリア大学の生物医科学者クリスティン・カーソン氏と、イーストカロライナ大学の微生物学および免疫学准教授のレイチェル・ローパー氏です。両氏によると、ウイルスを抑制するのが難しいのは、ウイルスの持つ「人間の細胞を使って数を増やす」という特性が深く関係しているとのこと。
一部の耐性菌以外には目覚ましい効果を発揮する抗生物質がウイルスに作用しない理由を知るには、まず細菌とウイルスの違いを知っておく必要があります。
細菌はそれ自体が独立した細胞なので、ある意味では人間の細胞に似ていますが、違いもあります。例えば、大腸菌などの真正細菌の多くはペプチドグリカンという高分子化合物でできた細胞膜を持っていますが、人間の細胞膜にはペプチドグリカンがありません。そのため、ペプチドグリカンの合成を抑制するペニシリンを使用すれば、人体の細胞に影響を与えることなく細菌の増殖を抑えることが可能です。この、特定の生物にのみ致命的な毒性を発揮するという性質を選択毒性といいます。
一方、ウイルスは宿主となる生物の細胞の中に入り込んで増殖機能を乗っ取り、細胞内で増殖します。そして、細胞がウイルスで一杯になると、細胞が破裂してウイルスの粒子がばらまかれます。ウイルスがよく「厳密には生き物ではない」とされているのは、他の生き物の細胞なしでは自己増殖ができないことが主な理由です。
ウイルスの増殖を抑制するには、基本的に人体の細胞が自己複製する仕組みを標的としなければならないため、選択毒性のある抗生物質とは違い、抗ウイルス薬は人体にも毒性がある可能性が高くなります。抗ウイルス薬開発の困難さについて、カーソン氏らは「実は、ウイルスを抑えること自体は簡単です。難しいのは、宿主を生きたままにしておくことなのです」と説明しました。
細胞の複製プロセスを利用するというウイルスの性質上、抗ウイルス薬は「ウイルスにだけ特異な構造やプロセス」を標的とするものでなくてはなりませんが、ほとんどのウイルスにはそうした性質をほとんど持っていないとのこと。
また、細菌はすべて二本鎖DNAを持っているのに対し、ウイルスはDNAを持つ物もあればRNAを持つ物もあり、ゲノムも二本鎖のものと一本鎖のものがあります。そのため、「幅広いウイルスに効く抗ウイルス薬を作ることは事実上不可能です」とカーソン氏らは述べました。
有効な抗ウイルス薬の開発は難しいながらも、ウイルスと宿主細胞の複製プロセスのわずかな差を手がかりとした開発例は存在します。例えばA型インフルエンザウイルスの治療薬であるアマンタジンやリマンタジンは、細胞内に侵入したインフルエンザウイルスがRNAを細胞内に放出するのに必要なM2タンパク質を阻害することで、効果を発揮します。
また、タミフルという商品名で有名なオセルタミビルや商品名リレンザとして販売されているザナミビルは、細胞内で増殖したインフルエンザウイルスが細胞の外に出る際に必要とするノイラミニダーゼという酵素を阻害することで、A/B型インフルエンザウイルスの増殖を最小限に抑えます。
by Richard Sunderland
カーソン氏らは「新型コロナウイルスに有効な抗ウイルス薬の開発には、ウイルスが増殖する複雑な過程と人間の細胞の相互作用を知ることが重要です。新型コロナウイルスに独特な性質を特定できれば、その弱点をついた効果的な抗ウイルス薬を作ることができるでしょう」と述べました。