楽天、携帯事業でいきなり「軌道修正」の誤算
3月上旬の発表会で楽天の三木谷浩史会長兼社長は「衝撃的、革新的な料金プランを実現できた」と、自信満々に語った(写真:楽天)
世界中がコロナショックに揺れる4月8日、ひっそりと携帯事業を開始した楽天モバイルが初日からいきなり、サービス内容の軌道修正を発表した。
楽天モバイルは自社の通信網でカバーできない大半のエリアは当面、KDDIへのローミング(楽天モバイルがKDDIに利用料を払い通信回線を借りることで、利用者に通信サービスを提供する)に頼ってしのぐことにしている。その通信量の月間上限を当初、2ギガバイトとしていたが、4月22日以降から順次、5ギガバイトに引き上げることにしたのだ。
自社通信網での提供は一部地域のみ
楽天モバイルは、NTTドコモ、KDDI、ソフトバンクに次ぐ第4のキャリアとなったものの基地局の整備はまだ途上で、自社の通信網でサービスを提供できるのは東名阪など都市部の一部に限られる。さらにその都市部でも、地下や大型の建物内など圏外の場所が多いのが現状だ。こうしたエリアもローミングとなる。
サービス開始に先立って行われた3月3日の発表会見で明らかにされた当初のプラン内容は、「料金は月額2980円(税別)で楽天モバイルの通信網エリア内ではデータ通信が使い放題。ただしKDDIのローミングエリアでは月間2ギガバイトまで」というものだった。
ローミングエリアの上限データ容量を超えた場合は通信速度が最大128kbpsに制限される。これはネットがまともに使えないスピードで、回避するためにはデータ容量を追加購入する必要がある。その場合、1ギガバイトあたり500円の料金がかかる。
プランはシンプルにこの1本きりとし、ユーザー獲得のため開始から1年間は先着300万人に限り通信サービスを無料で提供するキャンペーンを展開する――。これが、楽天の三木谷浩史社長が壇上で「衝撃的な価格を実現できた」と豪語した内容だった。
だが今回、楽天モバイルは三木谷氏が自画自賛するプランを早くも修正せざるをえなくなった。ローミングエリアの月間上限の見直しだけではなく超過したときの速度制限も最大1Mbps(多少読み込みに時間はかかるがSNSなどは使えるレベル)へ引き上げる。
楽天モバイルは今回の変更について、「お客様のご要望を伺い、もともと計画を進めていたが、(新型コロナウイルスの影響による)在宅ワークや教育機関などのオンライン授業状況を勘案し、今回のタイミングでデータ通信の増量とデータ通信を使い切った後の通信速度を1Mbpsに増速させることを決定した」(広報)と説明し、あくまで既定路線であることを強調する。
だがこれは建前で、不可思議なタイミングでの変更の背景には足元の苦戦がある。楽天モバイルは現時点での携帯事業のユーザー数を公表していないが、関係者によるとキャンペーンの上限300万人をはるかに下回っているという。通信サービスを1年間無料にすると大きく謳いながらもユーザーの獲得がうまくいっていない背景には、2つのボトルネックがある。
1つは、楽天モバイルのサービスが実際には無料では使えないことだ。楽天モバイルは1年間の通信サービス無料キャンペーンの条件として、同社指定のスマホ端末を使うことを条件としている。ほぼすべてのユーザーはまだ持っていないため、楽天モバイルが発売しているスマホ端末を新たに購入しなければならないのだ。
通信業界に詳しいMM総研の横田英明常務は、「指定のスマホ端末は安いもので2万円くらいするが、楽天モバイルの通信品質はまだどれほどのものになるかわからない。お試し感覚のユーザーからすればその初期コストがバカにならない」と指摘する。
ローミング費用という重荷
そしてもう1つの難点が、前出のKDDIのローミングエリアで使えるデータ容量の少なさだ。MM総研の調査によれば、平均的な月間のデータ使用量は5〜6ギガバイトだという。「自社の通信網エリアがまだ狭いのに、ローミングエリアの月間上限が2ギガバイトでは明らかに足りなかった」(横田氏)。
楽天モバイルもさまざまな市場調査をしてきているはずだが、ローミングエリアの上限を低く設定していたのは、コスト面の問題があるからだ。KDDIが公表している約款によると、楽天モバイルはKDDIへのローミングで1ギガバイトごとに465円の使用料を支払うことになっている。キャンペーンで1年間は通信料金がほぼ入らないため、このローミング費用は非常に重い。
そのため楽天モバイルは、ユーザーへの訴求効果とコスト面の両方を見てローミングエリアの上限を決める必要があった。それをプラン発表からわずか1カ月でいきなり引き上げるということは、元々のプランで一定のユーザー数を獲得できるという見通しが甘かったとしか言えない。
決して順風満帆とは言えない現状を表す象徴的な出来事も起こった。楽天モバイルの常務だった大尾嘉宏人氏、副社長だった徳永順二氏が2020年3月、相次いで退社したのだ。大尾嘉氏は長年、楽天モバイルの格安スマホ事業を牽引してきた大きな存在だった。徳永氏は元ソフトバンクの渉外担当で、2019年8月に招聘したばかり。電撃退社の背景には方向性をめぐる対立があったとみられる。
自社通信網の整備加速にも限度があるとみられる中、ローミングが続く間のユーザー獲得と採算のバランスを今後、どのように取っていくのか。楽天モバイルは船出から早々に難題に直面している。