「イニエスタとのタイミングが合ってきた」。選手が語る神戸の変化
「(小川)慶治朗がループで決めるか!」
アジアチャンピオンズリーグ(ACL)初戦のジョホール・ダルル・タクジム戦。ヴィッセル神戸のベンチは先制点に沸き立っていたという。
小川が裏へ抜け出し、ロングパスを受け、GKの頭上をループで破った。冷静に、水が上から下に流れるように、滑らかに決めた。小川は勢いのまま振り切るシュートが多いが、この時は導かれるようだった。
5−1で快勝を収めた一戦の先制点の場面に、神戸の変化と実像が見えた。
ジョホール・ダルル・タクジム戦でゴールを決めた古橋亨梧を祝福するアンドレス・イニエスタ
イニエスタは、次元が違う存在と言える。
しかし特筆すべきは、小川がイニエスタのメッセージを読み取って、応えた点にある。
「アンドレスとのタイミングが合ってきた」
神戸の選手たちはそう言う。アジア制覇だけでなく、あらゆるタイトルを狙う神戸にとって、これほどいい兆候はない。
昨シーズン後半、トルステン・フィンク監督が率いるようになった神戸は、練習から「イニエスタ・シフト」を積み上げている。イニエスタがどこにポジションを取るかで、その空いたスペースを補完する動きを調整。イニエスタの感覚は天才的なだけに、周りはそれに従い、プレーの質を向上させてきたという。その鍛錬がひとつの実を結ぼうとしているのだ。
イニエスタ自身のコンディションも明らかにいい。やはり勝ち続けることで、消耗が少なく、士気が高まるのか。バルセロナのような常勝クラブにいた経歴は伊達ではない。今年1月の天皇杯、2月のゼロックススーパーカップ、そしてACL開幕戦と連戦連勝。そのプレーが充実していることで、神戸全体が大きく旋回しつつあるのだ。
「アンドレスとのタイミングが、昨シーズンまではまだまだ合わないところが実はあって……」
神戸で4年目になるディフェンダー、渡部博文はそう言って変化を説明する。
「アンドレスとしては、たとえば味方が自分を追い越しても、そこ(でのパス)はタイミングが違う、というのがあったんだと思います。でも、そこのタイミングが合ってきたな、というのを今シーズンは感じますね。
自分たちとしては、アンドレスのプレーはよく見ていて、練習が終わったあと、『なんであそこ見えた?』と分析したり、解説したりしています。『どうやったらああなるんだ』って、それは刺激ですね。自分たちはアンドレスに合わせよう、というのはありますが、アンドレスも歩み寄ってくれていて、お互いのタイミングが去年より合ってきて、いい関係性ができてきています」
ACLのジョホール戦でも、左サイドでイニエスタがボールを持つと後ろに引いて、酒井高徳がインサイドで前をとるタイミングは”あうん”の呼吸だった。一瞬にしてサイドを深く崩し切って、だめ押しの3点目を決めた。
イニエスタを中心に左サイドの攻撃の威力が増すことによって、左に相手の守備を集められるようになった。その結果、右サイドでドウグラス、西大伍の攻撃力も向上。左右の両輪で攻撃に迫力が出たのだ。
率直に言って、守備面の不安はある。前がかりの陣容で、守備のフィルターは弱い。ジョホール戦と同じやり方で強豪と戦った場合、かなり苦しむだろう。”格下”のジョホール戦でも、インサイドを破られるシーンはあったし、ゴール前まで何度か攻め込まれていた。
しかし、チームとしてのストロングは出せるようになっている。
「これだけの選手がいるチームなので、ボールは自然に回るんですよ」
渡部は言う。
「アンドレスはもちろんすごいですけど、トーマス(・フェルマーレン)も、イメージが伝わるプレーをしますね。パスひとつとっても、日本ではあまり経験したことのない速さです。しっかり止められたら、次のプレーで余裕が出る。正しい状況判断というのを、彼らとプレーすることで学べている。今の神戸は相手を走らせて、主導権を握れるようになってきています」
神戸はイニエスタ、フェルマーレンという世界標準の選手がいることで、ほかの選手が正しいプレーに確信を抱きつつある。酒井、山口蛍はベストプレーを取り戻し、古橋亨梧は攻撃感覚を研ぎ澄ませている。また、GK飯倉大樹のプレーも、横浜F・マリノス時代よりも洗練されている。各選手に影響が伝播しつつあるのだ。
「アジアナンバー1が目標なので、さらに気持ちを引き締めて戦いたいです」
ジョホール戦でハットトリックを記録した小川はそう言って、勝って兜の緒を締めていた。2月19日のACL第2節。神戸は韓国の強豪、水原三星の本拠地に乗り込む。